第十節 再会 the other vision — 猫屋敷 玉藻
「前置き」という文字を見ると、いつも「長い」という文字をその後ろにつけたくなる。
「私は、貴女の命が欲しいの。」
その言葉を聞いた最後、私・猫屋敷 玉藻は死んだ。
何故死んだのか、どうやって死んだのか、何も分からずに一瞬で死んだ。
まだお屋敷の仕事も残ってるし、お嬢様もきっとグランドで私を待っている。バカ親父と喧嘩別れして、まだきちんと謝っていないし、折角お嬢様の専属に成れて、給料もボーナスもがっつり貰えそうだし......未練が沢山残ったままで、突然死んだ。
次に目覚めた時、私は巨人の国にいた。
この国に住む全ての人々は私の何倍も大きい体をしていて、簡単に私を抱き上げられる。
私は口を開けれるが、「にゃー」という音しか出せなくなった。体は動けるが、四つん這いでしか動けなかった。
言葉に出来る音が出せないから、魔法も使えなくなった。身体能力に関しても、走ると跳躍以外、全部弱くなった。
最初は混乱して、無我夢中で走った。当てはなかった、感覚に従って走った。記憶の中にあるお屋敷似ている場所に足を止めた、あんまりの広さにびっくりして、正門の前でうろうろした。
「仔猫?珍しい事も起こるものね。」
空からゆっくりと降りて、私に近寄る一人の巨人が現れた。すぐに逃げようと思って身構えたが、目にした巨人の姿が赤羽 真緒先輩に似ていて、足を動かす事を忘れた。
「この子、捕まえて売れば良い金になりそうだが、柳の『怠慢』にも使えそうね」
私は赤羽先輩が苦手。初日でいきなり喧嘩を売ってきた所為もあるが、何かと私のミスを早苗メイド長に報告する嫌な奴だ。
「ねぇ、猫ちゃん。こっちに来て」
赤羽先輩に似た巨人がしゃがんで、私に手招きするが、私に良い事しようとしていないのは分かる。
言葉が喋れなくなったが、巨人の言葉は分かる。この巨人が私にとっての「害」だと、さっきの彼女の言葉で分かる。
「シャー!」
これ以上私に近づけば、私はお前を殴るぞ!という意味を込めて、赤羽先輩巨人に威嚇した。
「あは、生意気な猫め!殺して標本にしたら、価値は下がるか。」
巨人の赤羽先輩は小さなナイフを服から取り出して、刃先を掴んで上に投げて、落ちてくるナイフを見ずに、また刃先を掴んで、また上に投げる。
行動までも本物と同じ。まるで、赤羽先輩が巨人になってるみたいだ。
「あれ~、真緒。何しようとしてるの?」
「げっ、モコ先輩...」
またも巨人が現れた。
その巨人は変なカチューシャを掛けていて、メイド業に慣れていない私をよく気遣ってくれたある人に似ている。
高村 桃子。同僚であり、屋敷に入ってからの初めての友人であり、そして、赤羽先輩よりも苦手な相手でもある。
「なっ、何もしていないですわ。柳さんが仕事をサボっている証拠を見つけただけです。モコ先輩こそ、どうしてここに?」
「敷地内で騒いだら、気付くでしょう、私なら?小さな独り言も、もちろん聞き逃さないわ。」
「ギクッ。」
耳がよく、そして悪戯好きな性格も本物にそっくり。少し懐かしく思う気持ちになった。
「おおう、これまた可愛らしい仔猫ではないか!どうしてこの子に対してナイフを取り出してるの、真緒?まさか、今日のお嬢様の晩餐にこの子を使うの?残酷~!」
「ざっ、ちっ、ちょ...」
桃子先輩巨人が楽しそうに笑う、赤羽先輩巨人があたふたしている。二人のやり取りも、私がよく見かける光景だ。
ここはまるで巨人の国の守澄邸。それなら、きっと奥には...
私は駆け出した。二人の巨人に捕らえる前に、屋敷に入ろうとした。
しかし、私は中に入れなかった。正門を通る手前で、透明な壁にぶつけた。
これは柳先輩の結界だ。他所の人が勝手に屋敷に入れないように、個人個人の魔力から特徴を見つけ、知らない特徴を持つ人を通さない、彼女だけが作れる魔法結界。
でも、どうして私も通れないのだ?敷地内に入れたなら、柳先輩も私に気付いている筈では?
「あー、阻まれたのか。人間どころか、動物一匹も通さないとは、流石柳さんだね。」
「ふっ。結界くらい、あたしだって作れる。」
「お嬢様に何の影響も与えない結界だよ。本当に出来るの、真緒?」
「こ、今回の侵入者に気付いていないじゃないですか!サボりです!サボり!」
「それについては返す言葉もありません。何の違和感もありませんでしたので、見逃してしまいましたわ。」
柳先輩の巨人が現れた。その隣に藤林先輩の巨人もいた。
私は瞬く間に四人の巨人に囲まれた。みんなが私に興味津々で、逃がさないように詰めて私を囲んだ。
逃げ場はない、最悪な状況だ。やはり闇雲に動くべきじゃなかったと私は思った。
その暫く後の時だったか、ななえお嬢様に似た巨人が現れた。
この時、私は分かった!実は私、死んでなんかいない、動物になっただけなんた!
私はその事をななえお嬢様に伝えようと、一所懸命に鳴いたが、結局、最後まで私の言葉を理解して貰えなかった。
また元の場所に連れ戻される!そう思うと恐ろしくて、恐ろしくて、全力で逆らったが...無駄だった。
必ずまた逃げ出して、ななえお嬢様のところに行くと心の中で誓った。絶対行くと、誓った。
しかし、再びお嬢様の姿を目にする今日まで、私はその事を「すっかり忘れて」いた。
......
ななえお嬢様はとても優しい人だ。優しくて、自分より他人を思う人だ。
私が本当の意味でその事を理解したのは、実は今日だった。優しい人と分かっているが、どこにでもいる「優しい人」なのだと思っていた。
バカ親父と一緒に現れた時に本当に驚いた。曖昧に覚えていた事が鮮明に見えるようになっていき、その途中で急に別れを告げられた。
私も「猫屋敷」の人間、「猫屋敷一族」が貴族となった経緯を聞いている...よく覚えていないけど。
その中に、「死人の魂を一時的に人形に宿す」という特殊な魔法が使える事を知っている。魔法の才のない私が唯一興味を持った魔法だからだ。だが、馬鹿にされるのが怖くて、メイドになるまで「練習」もしていなかった。
そして、私はメイドになってから、よく一人で、隠れてその魔法の練習をしてた。何年も続けた末に、遂にその魔法だけは使えるようになった。
魔法の特性を理解して、難しさを理解して、意味を理解して...
だから分かる、お嬢様がバカ親父と一緒に私の前に現れた事が何を意味するのかを。屋敷を離れる事になっても、ご自分の体質に関する事を知らない人に会っても、憑依時間が短くて寧ろ成功して欲しくないと思える事をしても、ななえお嬢様は私に会いたい。
あの出来事はお嬢様の優しさの証明だよね!一年も経っているのに、お嬢様は私の事を忘れていなく、私を探しに来た!私自身の死もそれで証明されたが、今ではそれもどうでもよく思えるくらいに嬉しい。
死んだ私の抜け殻も大事にしてくれて、ぞんざいに扱わない。お荷物でしかないのに、その抜け殻を連れて逃げようとする。
そんなお嬢様を何としても守りたい。自分の全てを使って、守ってやりたい。
だけど、出来ない。だって、今の私は人間ではない、動物。記憶も碌に保てない、ただの猫。
......
でも...
私はそれでも、ななえお嬢様を守りたい!
猫のままでは、お嬢様の敵を倒せない。気にされてすらもらえない。
なので、私は何としても自分の抜け殻に戻らなければいけない。
その抜け殻を押して、噛んで、上に乗って...試せる事は全部試す!しかし、効果がない上に、時間もなくなった!
お嬢様が敵に喰われてしまう!
泣き叫んだ。大声でお嬢様の名前を呼び、「やめてくれ!」と何度も鳴いた。
しかし、そんなことしても無駄だとすぐに理解した、「すぐ」に理解しないといけないからだ。
お嬢様の敵は他の人間を自分の玩具としか見ていない!泣き叫んでも無駄だ!
頭を回せ!自分で答えを見つけろ!これは試験じゃない、「落ち」たらななえが死ぬ!
必死だった。だからなのか、神様が私に答えを教えてくれた、「猫屋敷一族の力を使え」と。
私はようやく気付いた、「自分がまだ生きている」と自分が思っている事に。
だから、私は自分の抜け殻に「戻ろう」としていた。死んだ人間が決して生き返れない事から目を逸らしていた。
だから、私は自分が死んだ事を受け入れた。私は自分の抜け殻を死体と認識した。
その時、私は方法を見つけた。お嬢様の敵のお陰で、「魂は物にも移せる」事が分かった。なぜ私の魂を「物」に移したら、私が猫になったのかは分からない、そんな事を考える余裕もない。
私は自分の死体を「模倣人形」に見立てて、自分の魂を「降ろす魂」に見立てる。「依り代」は自分の死体、「憑依」させる魂は自分自身。
「依!」
何とか猫の口で魔法を使えた。




