第十節 脱獄④...人生百年
語彙力のある人達が羨ましい。その人達なら、きっとこの物語も面白く書けるのでしょう。
作者が私で申し訳ない。
無慈悲に俺を女の子にした神様、今、俺はとても困っているのを、もちろんご存じだよね。
クソ食っとけ、神様!
当然な事だが、今は「お嬢様」だから、汚い言葉使えない。世の男達の為にも、使っちゃういけない。
ため息に似た短い深呼吸をして、荒ぶった心を落ち着かせる。
今は神を呪う暇なんてない、この最悪な状況を脱する事が最優先だ。
「やあ、弟さん。元気だった?」
まず、試しにタマの弟に話かけてみた。しかし...いや、予想通りにタマの弟は無反応に、俺を冷たい視線で見つめるだけだった。
魔族の魔法、か。仕組みは分からないが、恐らく掛けた本人でないと解けないモノだろう。
となると、この場はあき君に期待するしかない。
「あき君、大丈夫?生きている?」
返事は来なかった。
「あき君!」思わず大声を出したが、それでも返事は来なかった。
「魔力が見える、命に別状はない。」と、余裕が出来たからなのか、敵の紅葉先生がゆっくり歩いて来て、代わりに答えた。「気を失っているでしょう。」
「気を使ってくれてありがとう。この際だから、私も解放してくれない?」
「後で。」
紅葉先生は俺のおふざけに耳を傾けず、俺の体を抱き上げた。
また「キス」が来る。「死」という言葉を実感する、謂わば「死の接吻」、「ポイズンリップス」。
「リップ、変えた方が良いよ。」
自然と紅葉先生の唇に視線を向けた俺は、彼女のガサガサした唇を見て、我慢できずに言った。
メイド隊のみんなに半ば無理矢理に覚えさせられた「化粧術」を身につけてから、化粧に手抜きする女性を見ると苛立ちを覚える。紅葉先生はその中で特に酷い方なので、口出しまでしてしまった。
「使ってない。」
俺の(余計な)親切を無下にする紅葉先生は、そのまま口を俺に寄せる。
俺はこの時理解した、彼女に生半端な「時間稼ぎ」が通用しないのだと。
もう諦めるしかないのか?
いやだな、絶対いやだ。特にあの「密室」脱した直後だから、あの苦労を無駄にしたくない。
「遺言、言わせてくれない?」
なので、最後まで足掻く!駄々をこねても「遺言」を言い、無駄に長くして「キス」させない!
ペンも紙も用意させて、メモさせる!文字の綺麗さに文句をつけて、何度も書き直させる!
絶対諦めない。悪足掻きでも、足掻き続ける。
「メイド隊のみんなと、お父様と、そこのあき君にも一杯話がある!このままでは死んでも死にきれなくて、お化けになって出でくるよ。」
悪足掻きが功を奏したのか、紅葉先生の動きが一旦止まった。今にも触れてしまいそうな距離で、中身男の俺が逆に衝動に身を任せ、彼女の柔らかい唇に触れたくなった。
微かな吐息を感じる、女性ホルモンが満ちた汗の匂い、そして、私の先生であるという今のシチュエーションでは背徳的な立ち位置...やばい、「男」が目覚めりゅ〜!
「私は...奈苗様を死なせようとしてない!生かせようとしている!」不意に、紅葉先生がそう言った。
「え、」と口にして、俺は紅葉先生の顔をマジマジと見つめた。
そこには、何かに怯えているか弱い女の子の顔があった。
何故そんな顔になる?どうしてこのタイミングで、その顔になるんだ?
よりによって、あの時のあの人達と同じ表情...
なんたか、訳が分からない。今の俺は、「何か」が知らない。
俺は何を知らないんだ?それを知れば、怯え顔になっている今の紅葉先生の心が理解できるのか?
紅葉先生は一体何を考えているんだ?予想だけなら、幾らでも思いつくが、俺が知りたい真実は一つだけ。
その「真実」は紅葉先生が知っている。彼女自身の事だから、知らない筈がない。
俺がそれを知りたいなら、聞き出すしかない。
紅葉先生を上手く俺の口車に乗せられればいいんだけど...
「ありがとう、先生。私も生きたいわ。」まずは相手の意見に賛同の意を示す。
「でも、無理矢理されるのは嫌いよ。死にたくなるくらい、嫌いよ。」次に、小さく脅しを掛ける。
「今、私は生きているよ。それなのに、どうして『生かせよう』としているの?」最後に、さりげなく質問する。
自分の考えに同意する仲間が欲しいと思うのは、俺の世界では誰にでもある思い。その思いを上手く利用すれば、一部の人を除けば、ほぼ全員が「秘密」をばらしてくれる。
それがこの世界でも同じかどうかは分からない。同じであっても、紅葉先生が「一部の人」の一人であるかどうかは分からない。ちょっとした賭けだ。
賭けは賭けでも、もう失うものがない今、負けでも何も変わらない。それなら、「とりあえず賭けてみる」のは普通だろう?
「奈苗様は『自分も百歳まで生きられる』と思うのか?」
「え?」
百歳まで生きられる?何の話だ?
百歳まで生きられたら、「まぁ、ラッキー」くらいしか思わない。その前に「老衰」で死ぬのもおかしくない。
そんな先の話を今考えても、何になるのだ?
「今の弱い体で、百歳まで生きられると思う?」
「あ~...」
なるほど、「体質」の問題か。
「確かに、この病弱な体では、いつ死んでもおかしくないね。」
今まで、何度も死に掛けた事がある。しかも、「え、ソレで死ぬ?」というようなありえない小さい理由で、だ。
確かに、「百歳」所が、二十歳前に死ぬ可能性だってある。
「不公平だと、思わないのか?」
「不公平?」
「『夭折子』が生まれるというこの世界の理不尽、不公平だと思うわない?」
「......」
夭折子。生まれつきに魔力がなく、ほぼ百パーセントで産まれた時点で死ぬ不完全な人間の事。
俺は...いや、「私」は初めて「魔力ゼロ」なのに、「夭折」しなかったこの世界の人間。まだ俺が会った事のない双子の妹のお陰だそうだが、それでも「私」が生きているのは「奇跡」だ。「神様のお慈悲」だそうだ。
きっと、この体の元の持ち主は「五歳まで生きられないだろう」と、「学校に入る前に死ぬだろう」と色々言われてきたんだろう。俺の世界にもこういう「病弱キャラ」はいるので、「私」の苦労が想像できる。
しかし、「不公平」か。どちらかというと、俺はこの世界の「不完全なら早いうちに死んだ方がいい」という仕組みが好きだ。大人になっても、結局「欠陥品」は「欠陥品」のままで、何一つ良い事はなく「死んだ方がマシ」な人生を過ごす事になるくらいなら、「生」を理解する前にさっさと死んで、早めに来世に行く方が良いし、本人の為にもなると思ってる。
この考え方、まず来世があるかどうかも分からないし、考えているのを公に口にしたら、酷く叩かれるに違いないから、ずっと俺の心の中に秘めたままで、誰にも教えていない。心が読める人がいたら、ちょっと困るね。
...心読める人、居た!
「この世界を作った神は無慈悲で、様々な『理不尽』を私達に押し付けた。なのに、私達『人間』は神に近こうと、自分達の特徴を捨て、長生きする権利を捨て...実にバカバカしいと思わないか?」
「バカバカしい、か。」
紅葉先生は俺を放して、語り出した。俺自身は今のうちに逃げたいが、紅葉先生に解放された瞬間、タマの弟が透かさず俺の腕を掴んだ。それだけで、俺はどれだけ力を入れても、逃げられなくなった。
だから、俺は「したい事」じゃなく、「出来る事」をした。
考えるんだ。
考えて、考えた事を伝えるんだ。
「『人生百年』。神はみんな百歳で死に、別の神として生まれ変わるという根拠のない『歴史』を信じ、私達人間は自分達の寿命を『百歳』に制限した。反対する人達を獣に変えて従わせ、反抗する人達を追い詰めて命を奪う。
何故人間は『人生百年』というルールを勝手に作り、『常識』とし、各種族の違いなど気にもせず全世界に通用させる?何故理不尽な世界を作った神に憧れを抱く?何故反対意見を無理矢理にでも変えようとする?何故力で人を従わせようとする?
理解できない、納得いかない、許せない。」
紅葉先生が高ぶっている。それなら、今が最大のチャンスだ。
ヒスイちゃん。もし俺の心が聞こえるのなら、あき君に伝えておいて欲しい事がある。シイちゃんこと神月 椎奈に関する情報だ。
神月 椎奈。
その母親と同じ「オーロックス」という種族だが、父親の種族である「ジョロウクモ」の種族特性も引き継いでいる。
その種族特性とは「網張り」、自分の周りの一定範囲内なら、「動くもの」を全て感知し、無自覚に反応するというものだ。
この特性を発揮している間、シイちゃんに不意打ちは通じない。必ず反応して、避けたり、防いだりして、何かをする事になる。シイちゃん本人ですら、何をするのか、自分では分からない。
そして、「オーロックス」族だから、シイちゃんはかなり力が強い。普段は「魔力銃」を使うだそうだが、本当の彼女は「殴る」のが得意だ。
更に厄介な事に、シイちゃんは「奇形児」に産れた彼女の母親の特性、「痛覚遮断」というスキルまで使える。彼女の母親から始まった「血統魔法」、痛みを消す・感じられなくする魔法。彼女はその気なら、痛みを無視して戦う事もできる。
バーサーカーだ。「直感」と「強引さ」で戦うんだ。考えずに戦おうとしたら、または考えすぎて裏をかいて戦おうとしたら、痛い目を遭う事になるよ。もう一度なっているけどね。
なので...頑張って、あき君!戦う事に関して、私はからきしだから、君に戦う相手の情報を教える事しかできない。
あ、いや、応援もできる。頑張って!シイちゃんを傷つけないでね!
と、こんな感じかな?
「血統魔法」と「種族魔法」の二つの単語、前にタマの親父さんから聞いた。それを知らなかったら、早苗から聞いたシイちゃんの情報も上手く伝えられなかったんだろう。
...全てが「ヒスイちゃんがこの場にいる」事が前提だけど、ね。
確認する術はない。だけど...期待しているよ、ヒスイちゃん、あき君!
「奈苗様、自分の今の体を...どう思う?」
「『どう』とは?」
「『カメレオン』だから、種族魔法もなければ魔力も弱い。体の造りも柔らかくて、運動向けじゃない。それは仕方ない。
女の子だから、男よりか弱く、魔力の容量も伴って少ない。それも仕方ない。
その上に、生きているのが奇跡の『夭折子』。病気したら、魔法での治癒も許されぬ、魔力耐性ゼロの体。それも仕方ない!生きている事自体が奇跡だから!
仕方ない、仕方ない、仕方ない...頑張っても、強くなれない。努力しても、突然全部無くすかもしれない。長年努力して、飛び級できるまで得た学力が、『記憶喪失』と共に一瞬で消えた。今は『考古学』に関心し、短い間で随分と多く学んだと思うが、それもまた急に無くなるかもしれない。
それに耐えられる?こんな生を与えられて、不公平だと思わない?」
「不公平、か...」
紅葉先生、君は一体何と戦っているのだ?
どうやら紅葉先生は俺の想像を超えた高い理想をお持ちのようだが、未だに「目的」について話していない。そして、俺について少し勘違いもしているっぽい。
ふむ...どう返事をしようか?
返事するのは簡単だが、ただ自分が今考えている事を伝えるだけでは味気がない。
紅葉先生に「目的」を話させたいし、少し時間稼ぎもしたい。
何より、俺自身の気を晴らす為にも...
「あのね、紅葉先生。私、『男だったら良いな』と思った事がある。」
嘘はつかない。しかし、本当の事も隠す。
「男だったら、こんな事も出来るし、あんな事も出来ると、したい事が一杯あった。」
何故が俺と一緒のお風呂に入りたがるメイド達に何度ムラムっ...イライラさせて来たか、「ただの女」と「ただの男」では絶対に分かるまい。
「体が柔らかくて、変なところに脂肪が溜まる。愛用した物が無くなった事も何度もあった。好きなように振る舞っていたら、『小悪魔』と揶揄される。知らず知らずに、女子に嫌われていたらしいね。」
ゆっくりに喋って、無駄話して、時間を出来るだけ稼ごう。
「体も弱い、魔法も使えない、魔力量の多い人に触れられない、魔力豊富な場所で吐き気がする。頑張って体を鍛えようとしても、カメレオン族であるから、体の成長期もう終わっていて、鍛えてももう変わらない。勉強も、記憶喪失だから、一から学びなおす事になった。
それなのに、偶~にストーカー被害に遭う。ナンパされて攫われそうになったり、温泉に入ってて気絶したり、合宿して次の日に病気になったり...本当、良い事ないね。」
「それなら、私の言いたい事も、分かるね。」
ここで話を終わらせたら、会話シーンが終わり、次のステージに進むのだろう。
それで、先生の目的を聞く事も出来るかもしれないが、時間稼ぎも出来ていないし、俺の気も晴らせていない。
なので、少し話をややこしくしよう。
「いや、分からない。不公平なんて、思わない。」
はっきり、力強く言った。
「お嬢様...?」
紅葉先生が俺を「お嬢様」、または「奈苗様」と称するが、基本動揺する時に「お嬢様」と口にする。使い分けしている訳ではない、意識して俺を「お嬢様」ではなく「奈苗様」と呼ぶ事にしているようだ。
どうして「様」に拘るのか、それは分からない。俺にとって、今重要なのは、「紅葉先生が動揺している」という事だけだ。
「確かに、私は多くのハンデを背負って生きている。カメレオン族である事も、女の子である事も、『魔力耐性ゼロ』である事も。
誰しも普通に出来る事も出来ないし、生活場所も、使用する生活品も、万全な注意を払わないといけない。お母様から貰った指輪がなければ、生きる為の魔力も体内に留められなくて、魔力涸竭して死ぬだろう。
お母様も、お父様と離婚して、妹と一緒に暮らしているらしい。私はその離婚の理由も知らないし、一緒に暮らした記憶もない。
お父様と殆ど顔も会わない、会えない。着替えも手作業で、化粧も魔法が使えないから時間が掛かる。」
長く、長く、意味もなく話を長くする。
別に「お父様」と会いたくない。イケメンだし、若い頃に遊んでいたらしいし、会っても怒りが沸くだけ。
でも、「お母様」とは会ってみたい。美人だろうし、双子の「妹」とも会いたい。
化粧なんて、そもそもしたくない。着替えは手間だが、それを俺の世界では当たり前の「手間」だから、苦労だと思わない。
だけど、話を長くするには丁度いい材料だ。話の長い人はみんな、このように中身のない長話をして、時間を無駄にする。時間稼ぎの極意!
俺はこういうのは得意じゃないが、ある程度の真似が出来なくはない。
だけど、そのうちボロが出るから、話のネタが尽きる前に、別の話に変えないといけない。
「それでも、私は『不公平』だと思っていない。寧ろ、恵まれている方だ。」
「恵まれっ...!」
この世界の人達は種族によって分けられている。それ故なのか、俺はよく「弱い女の子」とバカにされる。
推測するに、この世界は昔、「王族」が「貴族」をバカにするや、「貴族」が「平民」をバカにするだろう。今は何かの理由でそう見えないが、「元貴族」とか、自分を他者と区別する言葉は沢山ある。それで、何となくそんな過去があると推測できる。
ムカつくね。
この世界の「人間」は「見下し」が好きらしい。
「私は死んでもおかしくない命、まだ生きているだけでも十分に『恵まれている』と言っていい。その上、私は間違いなく両親に溺愛されている。
滅多に会えないお父様とお母様だが、豪華なお屋敷に住まわせて、沢山の召使いに囲まれている。
学園も屋敷の近く、というか敷地内。先生達も選りすぐれのエリート、環境も最高。
死んでもおかしくない命に、沢山のお金を注ぎ込んでいる。お金持ちの特権かもしれないが、それでも私に関しては『割に合わない』と言えるじゃない?いつ死んでもおかしくないから。」
だから、不公平じゃない。
そう言おうとしたが、慌てて口を閉じた。言いたい事だけ言って終わりにしたら、時間稼ぎにならないからな。
もう一捻りしよう。
「私がこんな体で産れたのは、きっと運命なんだ。例えば、前世では罪を犯して、その罪を償う為に神様にこんな体にされたとか、そう思わない?」
「う、運命!?お嬢様はそんな迷信を信じているの?」
「信じてはいないが、ロマンチックじゃない?」
信じてはいなかったが、今は「運命」を信じている。
そう。きっと、俺は「罪滅ぼし」の為に、か弱い異世界の女の子の中に、神に「投げ込まれた」んだ。
「前世で人を殺してしまったから、今生でその償いをする。その為に『夭折子』になって、苦しみを味わうのだ。」
自分で言ってて、何だかムカつく!何で「前世の罪」を「前世」ではなく、今償わなければいけないんだ?
アホらしい。自ら償いの道を選んだのなら、別に文句はないが、神といえども、他人に「償え」させられるのは嫌だ。
逆に思い切り幸せな人生を過ごして、見返してやろうかしら?
「それでは、私の両親も『罪を償う』為に殺されたと、そういう事になるのか?」
「え?」
紅葉先生の両親?殺された!?初耳なんだけど!
「私がこん成ったのも、『罪を償う』為?私に殺された人達も、『罪を償う』為?」
「ちょ、紅葉先生?」
紅葉先生が俺を見ないで、地面だけ見つめている。その所為で、紅葉先生の顔がよく見えない、今何を考えているのか、よく分からない。
やばい。一捻りのつもりだが、捻りすぎて話の流れが変な方向に曲げてしまった。
どうしよう?余計な事をしなければよかった!
「っ!」
紅葉先生が突然、右手を高く上げて、掌に分かりやすい魔力の球を作った。その同時に、彼女は両目を大きく開いて、俺を睨む。
殺される!
そう思った俺はすぐに逃げようとしたが、この時でもタマの弟は俺の腕を放さなかったので、逃げられなかった。
死ぬのか?余計な事を言って、紅葉先生の地雷を踏んでしまって、俺は自分の所為で死ぬのか?
せめて苦しむ暇もなく死にたい。そう思いながら、俺は紅葉先生から目を逸らした。
「...お嬢様は『お優しいお方』ですから...」
「むっ!」
紅葉先生の魔法攻撃は来なかった。その代わり、俺の唇は再び塞がれた。
柔らかい。見なくても、俺の唇を塞いだ柔らかいモノは紅葉先生の唇だと分かる。
そして、目を開いて、見て、確認した。
俺はまた、紅葉先生にディープキスされた。
「むっ!むぅう!」
先と同じように抵抗した。もちろん、効果はなかった。
まただ。また、吸い取られていくような感じがした。
このままでは、死ぬ。キスされて、死ぬ。
「うにゃあ!にゃああ!にゃあああああ!」
切羽詰まった猫ちゃんの声が聞こえた。後ろから伝わってきたから、恐らくタマのベッドの近くにいるのだろう。
そういえば、紅葉先生の未知の「魔族の魔法」はアキラ君を支配したが、あの猫ちゃんの名前はなかったな。今までどこに行ったのだろう?
猫ちゃん、名前は何というのだろう?何故が俺の為に飼い主の紅葉先生に威嚇する猫ちゃんだが、そのモフモフを死ぬ前に、もう一度堪能したい。
...というか、何で紅葉先生はしつこく俺にキスをする?俺を殺すなら、別に「キス」以外の方法でも、普通の方法でも殺せるだろう!
まぁ、死に方を選べられるのなら、「キス」で死にたい。だけど、紅葉先生は確か、俺を「生かせよう」と言ったよね。なら、何故俺を殺そうとする?
結局、紅葉先生の目的も聞けず仕舞い。時間稼ぎがもし効果があるなら、今すぐその効果が見たい。
助けて、あき君!
俺はそう強く思った。
......
「依!」
...頭がぼうっとして、夢を見ている気分だ。
「ななえから離れろ!」
「むっ!」
...口の中が寂しい。先まであったものが強引に抜かれた感じだ。
舌...紅葉先生の柔らかい舌、感じられなくなってる。
...俺の目の前に猫耳の女の子が立っていた。
「いい加減目を覚ませ、正ちゃん!」
俺の腕を掴む手が強引に剥がされた感じがした。
...足を掴む小さい「重み」はそのままだが。
そして、ようやく頭の中がクリアになった。
「え、タマ?」目の前の人間を見て、俺は思わずそう言った。
茶色の髪の毛、幼さが残る丸い顔、大きな緑の瞳、贅肉のない引き締まった体。
そして、ピョンピョンと跳ねる猫の耳...
「遅くなりました、お嬢様。守澄メイド隊十番、猫屋敷 玉藻!何とか戻れました~!」
長い間に探していた、俺と「私」の大好きな笑顔、ようやく見つけた。




