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第二節 タマ②...乗られて嬉しいお馬さん、舐めて楽しいお犬さん

リンにお仕置き?

メイド長ちゃんからのお話し。

 リンは足が速い。資料を持ってこいと言ったら、必ず五分以内に戻ってくる。

 流石メイド隊一の速さを持つ子、その速さに申し分はない。

 しかし、足の速いリンは優秀なメイドだという訳ではない。


「なにこれ?」

 俺は手にした資料を見て、反応に困った。


 後ろからモモとオジョウが覗き込んできた。俺はその二人にも見えるように、少し体を資料から離れた。


「一次合格者リスト?」オジョウが資料のタイトルを読んだ。

内山うちやま 千咲ちさき、種族は『ゴブリン』?」モモが一枚目の資料を読んで、そのまま感じた疑問を口に出した、「この子、メイド隊のメンバーに居ましたか?」

「いいえ、これはおそらく、新規募集するメイドの候補者の資料で御座いましょう。」オジョウが答えた。

「なるほど、だからか・・・って、これは機密資料じゃないですか?」モモが驚いて大声を出した。「大げさだな」と俺は思う。


 メイドが一人減ったことで、今屋敷を管理するメイドの数が足りなくなった。その為、早苗メイド長が早速新しいメイドの募集を行った。俺の手にあるこれが応募した人達の資料だ。

 俺はリンに求めたのは「現メイド隊のメンバー」の資料、「将来」の人達の資料ではない。


「リン、この資料はどっから持て来た?」

 リンは「あぁ」、「えぇっと」などの言葉を出して、誤魔化そうとしている。


「お嬢様、これはきっと早苗メイド長の部屋から持ってきたもだわ。」

 モモがあっさりリンが誤魔化そうとしたことをばらした。


 リンはモモを威嚇した。モモは俺の後ろに隠れてリンに向かって舌を出した。リンは怒ってモモに向かって跳んだ。跳んできたリンをオジョウが団扇を使って叩いて止めた。

 実はリンが資料を取りに行っている間に、俺はもう十分リンで充分楽しんだということで、セバスチャンを先にお茶会から「解放」したのだが、その結果、リンまで「解放」してしまったようだ。

 だがリンよ、俺への「無礼」は兎も角、メイド長ちゃんの部屋から勝手にものを盗んだ事、メイド長ちゃんにばれたら大変なことになるよ。


「モモ、今日メイド長ちゃんがどこに居るの?」

「早苗さんなら、今日一日自分の部屋に居るはずですわ。」


 ん?


「では、リンはメイド長ちゃんの許可を取って、この資料を持ってきたの?」

「取れるとは思いませんが、もし取れた場合でも、早苗メイド長は自らお嬢様に資料を渡しに来るはずです。」オジョウが答えた。


 となると、メイド長ちゃんがいない短い間に、リンがこの資料を勝手に持て来たのか。勇気あるな。


「あの、お嬢様。」

 リンが話しかけてきた。

「できれば、お嬢様が手に持っている資料を今オレに返してくれない、かな。」

 どうやら、今になってようやくリンは身の危険を感じたようだ。


「どして?」

 敢えて弄ってみた。


「その、早苗殿が居ることを知らなかったのです。お願い、お嬢様。オレ、早めにその資料を返しに行きたいんだが...」


 ふーん、「居る事」を知らなかったのか。

 居ようか居まいか、勝手に人の部屋へ侵入し、本人の許可を得ずにそこから物を「借りる」のはいけない事だと思うな。


「リンが足が速いもんな。仕方ないもんな。足が速すぎたのがいけなかったもんな。」

 俺はリンに資料を差し出した。 


 しかし、リンが「ありがとう」と言い資料を受け取ろうとした時、オジョウがリンを絶望させることを言った。


「お嬢様。早苗メイド長なら、おそらく凛ちゃんが勝手に自分の部屋に入った事に、すでに気付いていますわ。」


 俺とリンは同時に「え」と言う声を出して、オジョウはすぐにそれに対しての回答をする。


「早苗メイド長は常に自分の部屋に何種類の魔法を施しています。その中には侵入された時に自分に知らせる『探知魔法』と侵入者の情報を残す『記録魔法』がございますので、例え早苗メイド長が帰る前に盗んだものを返しても、侵入した事自体はもう記録されていますわ。」

「だからか・・・」


 自分がメイド長ちゃんの部屋の近くにいた時のことを思い出して、俺は頷く。それに、魔法に長けているオジョウが言うのなら、間違いはないでしょう。

 そうなると、リンは説教を免れないということになるな。

 可哀想なリンに目を向くと、リンはすでに力が抜けた状態で地面に座っていた。両目からはすでに生気が抜かれていて、口が半開きしていた。試しにその口に指を突っ込んでも、全く反応しなかった。


「あぁ、お嬢様、一つお知らせしたいことがありますわ。」

 モモが俺に声をかけた。


「何?」と訊いたら、モモが自分の右手を右耳から外した。


 この世界の人間は電子機械を使わない、従って「携帯電話」と言うものはない。その代わりとして、この世界の人達は「テレパシー」という魔法を使う。「携帯電話」のように誰にも使えるものではないが、「携帯電話」を持ち運びしなくていいというメリットがある。

 誰にも使えるものではないと言っても、使えないのは「魔法が使えない俺」だけ、実際は俺以外誰でも使えるとても簡単な魔法らしい

 その魔法の名前は「念話」、手を同じ側の耳に当てるだけで相手に「電話を掛ける」ことができる。呪文は手が耳に当てる時に発した小さな音、もはや口を使うまでもないくらいに進化していた。


 先ほどまで耳に手を当てているのなら、もしかしてモモはメイド長ちゃんと話していたのだろう。そして、今話が終わり、俺に何かを報告するつもりだ。


「早苗メイド長はお嬢様に報告することがあって、今こちらに向かっています。」


 予想通りメイド長ちゃんからだ。


「そして、『藤林がそちらに居たら、逃がさないようにお願いします』だそうですわ。」


 モモの伝言を聞いて、地面に座っているリンの体が一回跳ねた。そのまま「終わりだ、終わりだ」と繰り返し言いながら涙を流し出した。あまりにも可哀想なので、俺は彼女の頭を自分の足に乗せて、なく彼女の頭をなでて、短い安らぎを与えた。

 俺も何回メイド長ちゃんの「説教」を受けたことがあるが、「お嬢様」という身分もある為、大して辛い説教を受けたことはない。

 けど、その威力はボーイッシュのリンを静かに泣かせる程のものだと今わかった。


 しかし、なぜリンはメイド長ちゃんの部屋を侵入した?侵入したのに、なぜ関係ない資料を持ってきた?

 ・・・もしかして、リンはマゾなのか?実は「説教」を貰う為に、敢えて「よくない事」をしたとか?


「リン、泣かないで。私からもメイド長ちゃんに口添えしとくから、何で勝手にメイド長ちゃんの部屋からこの資料を持て来たの?」


 もし、リンはお仕置き欲しさでこんなものを持て来たのなら、今後もっとリンを構いであげなくちゃ勿体無いから。

 じゅるり...


「だって、お嬢様がメイドの情報がほしいと言ったのだぞ。オレはただその資料を持ってきただけなのに、メイド長の恨みを買っちまったよ。」


 ...と、リンが抜かした。

 俺の所為!?


「リン?私は『メイド隊のみんなの資料』を持ってきてと言ったが、早苗さんから『履歴書を盗んで来い』とは言っていないよ。」

「でも、メイド隊の資料はないよ。なんでそんなものを『持ってこい』と言った、です?」


 ない?


「え?待て。メイド隊の皆の資料はないの?」

「ありませんよ。」


 ないのかよ!


「私、そもそも『資料がない』ことすら知らなかった。なんで先に言わない?」

「『持ってこい』と言ったから...」

「ないものは持って来れないでしょう?」

「メイドの情報がほしいなら、『なる予定』の人達のでもいいじゃん。」


 よくねぇよ!どうやってそういう考えになるんだ?


「あのね、リン...私は別に『メイド』の情報がほしいわけじゃない。タマの情報がほしいんだよ。」

「そんなこと一言も言わなかったじゃん!言ってくれれば持ってくるのに...」

「ちゃんと確認もせず走って行ったから、てっきり知ってると思ったよ。」

「知る訳ねぇだろう!なんで『球』の情報がほしいのにメイドの資料がいるんだ?」


 パッ!

 私たちの段々大きくなっていく喧嘩の声が何かが重い叩かれた音によって止められた。一瞬何か起こったのかが分からなかったが、暫くして周りを確認したら、なぜかリンが顔を地面につけて俯せていた。


「凛ちゃん、言葉遣いがなってませんわよ。」オジョウがリンの後ろで微笑みを浮かべていた。


 もしかして、リンを地面に叩きつけた?何を使って?

 流石「微笑む暗殺者(アサシン)」ごと、柳玲子。恐ろしい!

 因みに、この「微笑む暗殺者(アサシン)」という「通り名」は俺が今思いついた。流行らせたいね。


 それにしても、今日初めてリンというメイドのことを少し知った気がする。時々出てくる男言葉で彼女をただの「オレっ子」と決めつけていたが、実は彼女、「バカ」なんだ。

 時々いるよな。言われたことに元気よく「はい!わかりました!」と返事するのに、邪魔しかしない「バカキャラ」。まさかリアルでそういうキャラに出会うとは...

 となると、彼女が「罪」を犯したことに俺の責任もある訳だな。彼女の馬鹿さ加減を考量せず、曖昧な指示を出して、それで彼女が見当違いなものを「盗む」までして持ってきた。


 なんか、こう...

 バカだな...

 本当に!

 バカだな...


「リン、ごめん。私の指示がきちんとしていなかった。約束通り、ちゃんと口添えをするよ。」

 リンはゆっくり立ち上がって、手で顔についている土を叩き落して、「オレも別にもうお嬢様を責めるつもりはありません、分かればいいです」と偉そうに言った。


 イラつく事を言う子やねぇ!


「リン、そこで四つん這いになれ。」

「え?どして?」

「命令だ。」


 この世界では「王族の時代」から「貴族の時代」へ、「貴族の時代」から「平民の時代」の二回の変革が起きたが、一回目と違って、二回目の変革に「流血」はなかった。それは人々が社会の体制に不満がないことを意味し、しかし序に「貴族の時代」からいくつの「悪習」を残した。

 その中の一つは「主人の命令は絶対」というもの。

 だから、「命令」と聞いたリンは渋々、両手を地面につけ、俺の目の前に四つん這いになった。


 俺はリンの背中に乗り、彼女の体を椅子にして座った。


「あの、お嬢様。どうしてオレの背中に乗るのですか。」

「罰だ。重いでしょう。」

「いいえ、全然。」


 今の自分は軽い。でも、別にそれについてなんとも思わないよ。


「でも屈辱でしょう。」

「はぁ、別に屈辱じゃない。寧ろ相手がお嬢様なら、嬉しいことだよ。」


 嬉しい!?どういう意味?


「オレ達メイド隊に興味がないお嬢様がこうしてオレの背中に乗っているんだ、なんだか嬉しいんだ。」


 そんな理由で!?可愛いメイド達に興味ないはずがないが、もしかしてそれを隠す為に無意識に興味ないフリをしたのか?

 そうだとしても、背中を乗られることに喜ぶのはおかしいと思う。


「リン、私に乗られて楽しい?」

「はい!とっても楽しいんです!」


 理解できない。

 どうして彼女はその程度のことで喜ぶのだろう。どうしてそのようなことで喜べるのだろう。

 これは、「私」の時も理解できなかった価値観だ。人が人に屈服していることが想像できない、あり得ない。

 でも、目の前に「事実」があるのなら、認めるしかないのだろう。


 人は、人に屈服することがある...

 俺はそう納得しようとした時、オジョウから一枚写真を見せられた。その写真に映っているのはリンの背中を乗って楽しく笑っている子供のものだった。

 問題は彼女がこの写真を念写した(撮った)時間は今、写真にいる「子供」は他でもない俺だった。

 こうして写真にして見ると、俺がリンをお仕置きしているというより、大人に甘い「お馬さんごっこ」しているように見える。

 恥ずかしい。そして同時に理解した。

 リンは別に俺に「屈服」した訳ではなく、単純に俺の「お仕置き」が緩かっただけだった。


 くそぉ、ナメやかって...


「えい!」

 俺はリンの背中に座ったまま跳ねた。少しでもダメージを与えるように何回も跳ねた。

 しかし、俺は逆にリンに宥められた、「危ないからあんまり暴れないでください」と...


「危ない」ってなに?落ちるから!?落ちて怪我するかもしれないから!?そこまでやわじゃねぇよ!どこまで人を馬鹿にするのだ!

 ...罰を与えるつもりで行動したら、逆に喜ばれて、自分のプライドが傷つけられた。

 なんじゃこりゃ...


「何をなさっているのでしょうか、お嬢様?」

 俺はプライドが傷つけられてリンの背中に座って動かないまましていたら、いつの間にか早苗メイド長ちゃんが来た。


「早苗...」

「メイド長ちゃん」と茶化す気力もない。



 早苗この屋敷を管理するメイド隊のリーダーで、この屋敷の全権任された「メイド長」。使用人であれば、すべて早苗に従わなければならない。苗字のない彼女は名前すらお父様がつけたものなので、なの種族はわからない。苗字を持たない人間は今時珍しいことではない、何せ後一代で種族が終わるから、継がれない苗字を持ってもしょうがない。勿論、それでも苗字を名乗る「最終世代」もいるが、早苗は「そうじゃない」方だ。

 ただ、早苗の種族は「崖ですら道である」というワイルドな種族らしい。一度「トカゲじゃないか」と思ったことがあるが、早苗の「人間らしい」部分は頭の上の「犬耳」だけだ。「トカゲ」らしい部分は少しもないので、「トカゲ」じゃないだろう。だから早苗は「壁を登れる犬」の種族だ。


 ...どういう「犬」だろう...


「平民」は色々な動物の英語の読みだが、「貴族」以上は「神獣」・「幻獣」等の生き物の英語?の読みだ。俺は元の世界でもそう言ったものに大して興味もなかったから、知識が乏しい。そもそも俺は英語が苦手だ。「平民」の方でもいきなり俺に自分の種族名を教えられても、その意味している動物がわからないことが多い。


 こんな感じで、俺は早苗の種族名に興味はあったが、自力では分からなかった。早苗自身も孤児な為、更に己の両親に関する記憶もわないから、自分がどういう種族はわからないだそうだ。

 ちなみに、彼女の全身上下に「人間」らしい部分は「犬耳」だけなのは間違いない。何せ俺は彼女とお風呂に入る時、嘗めるようにあのナイスバディを隅々まで見たからだ。


 早苗メイド長ちゃんが元気のない俺の側に来た。彼女は優しく俺の髪を撫でて、「何がございましたら、早苗で良ければいつでもご相談に乗ります」と言った。

 俺はその時、自分が座っている「椅子」が震えていることに気が付いた。

 俺は自分の下で四つん這いになっているリンにチラッと視線を一瞬向けたら、そこにはさりげなくリンの手を踏んでいるメイド長ちゃんの足があった。驚いて頭を上げてメイド長ちゃんの方に視線を変えると、メイド長ちゃんは「どしたの?」って感じで俺を見て微笑んでいた。

 そう言えば、彼女は俺に微笑みしか見せなかったけど、メイド隊の他のメンバー達に恐れられていたな。その怖さの片鱗を今見たような気がする。


「あの、メイド長ちゃん。もうリンを許してあげて。」

 俺はすぐにリンに助け舟を出した。

「事情は知ってる。リンも反省しているし、こうして私も罰を与えている。だから、もうその足を、ね。」


「お嬢様がそう仰るなら...」

 メイド長ちゃんは渋々足を退かした。


「しかし、『罰を与えている』と仰るのなら、一体どのような罰を藤林に与えて下されたのでしょうか。無知の(わたくし)にも教えて頂けませんか。」

 俺がこうしてリンを四つん這いにさせて、その上に座っているのに、早苗には「罰」として認識されてない。なぜだろう?


「ほら、『人間椅子』。」

 俺は自分の下にいるリンの背中を叩いて、早苗に説明した。


「『人間椅子』ですか。」

「うん。屈辱的でしょう。」


 なぜ見てわからない?なぜ俺が説明している?

 隣で「お嬢様はアレって罰のつもりだわ」、「高村さん、お嬢様に失礼よ」というモモとオジョウの話し声が耳にしたが、今はメイド長ちゃんと話している為、聞こえないフリをした。


「ほかの種族はともかく、バイコーンの藤林にとって、それは罰にならないと思います。」

「え?どして?」メイド長ちゃんの言葉はとても驚くものだった。


 俺の疑問を解くべく、メイド長ちゃんは「これは『種族』の授業で学んだはずの知識ですけど...」と言って、説明を始めた。


「『バイコーン』の種族は自分の背中に人を乗せることを親愛の表現の一つとしています。親しくない相手には勿論乗せませんが、お嬢様なら藤林も喜んで乗せるでしょう。」

「そうぅ...いうもの...なのか。」

「はい。種族毎違うけれど、どの種族にも自分なりの『愛情表現』があります。もしお嬢様が藤林の背中に乗ったまま体を跳ねたりでもしたら、『求愛行動』として受け取られます。」

「え?したけど...」


 あれは「求愛行動」になるのか!


「あぁ、だからか...」

 言いながら、メイド長ちゃんはリンを見下したまま顔の方に視線を向けた。


 地面に向けて俺に見せないリンのその顔は今どうなっているのだろう。一瞬「はぁはぁ」するリンの顔を想像したら、体がぞっとした。

 ...けど、悪くないかも...


「早苗。」

「あ、はい!」


 名前で呼ばれるのは久しいか、メイド長ちゃんはすぐに返事できなかった。

 俺は気にせず、自分の話を続けた。


「早苗にとって、どういった行為が親愛の表現なのだ?」

(わたくし)ですか。私なら、相手の体の一部を口の中に含むことになるのでしょう。」

「ふーん。」


 流石に噛み千切って口に入れるような行為じゃないと思うのですか。


「早苗。」

 俺は自分の右手をメイド長ちゃんに向けて差し出した。

「舐めて。」


 メイド長ちゃんは返事をしなかったが、すぐにこれは「忠誠の誓い」の意も含めた「命令」だと気づいた。

 彼女は口を開けて、手を使わずにゆっくりと俺の右手の人差し指と中指を口に含んだ。


 長い時間をかけて、早苗は俺の二本の指を口の中で舐めた、舐めながら顔も段々と赤くなっていく。

 そして、遂にとろけた顔を見せた彼女は目を半開きして、俺の他の指を求めて一度離れた。俺はそのタイミングで手を引っ込もうとしたが、彼女は俺の手を掴んで阻止、続けに俺の薬指と小指を自分の口に入れた。

 これは良くない!

 俺は直感で気づいた――直感がなくても気づくんだが――このままでは彼女に「食べられてしまう」。


 実は俺、元の世界に帰る術が見つからない為、加えて男に戻る術もわからなかった為、女の子として生きようと思ったことがある。でも、女に「女にしてほしい」と思っていない。

 やっぱり「そういう行為」は異性ってないといけないと思うから、メイド達に手を出さないようにしてきた。

 しかし、実のところメイド達の方が俺に手を出そうとしている筋がある。彼女達の誰もが俺と風呂に入りだがるし、俺の体を触ろうとしている。

 心はともかく、俺の今の見た目は男女に受けのいい可愛い女の子である。「綺麗」ではなく「可愛い」女の子だから、女性の「母性本能」を刺激してしまう...らしい。

 あり得ない大きさの胸をしているから、男女のどっちの好奇心をも刺激してしまう。


 その上に、俺の体は力が弱い。

 女の子なのだから、無力のも当たり前だと思うけど、この世界では強弱を一番左右するのは「種族」である。だから、女の子なのにメイド隊の皆はとても強い。

 それと反比例するかのように、俺は身体能力最底辺にいる「カメレオン」の種族である上に、夭折するはずの「無魔力」子だから、「か弱い女の子」よりもか弱い。

 だから、メイド達と親しいしすぎると、実はやばいんだ!貞操を守れない!


「もういい、早苗。ストップ!」

 俺は強引にメイド長ちゃんの口から手を取り出した。彼女も本気で俺の手を掴んでいない為、力を入れたら抜け出せた。

 そして、俺の強引の動きにびっくりしたか、メイド長ちゃんもようやく目が覚めて、自分がしていたことに怯え出した。


「申し訳ありません、お嬢様!(わたくし)はなんてことを...どうか、(わたくし)に罰をください!」

 メイド長ちゃんが勢い良く土下座した。


 俺は唾液まみれの手を見て、それを舐めるのを耐えて、静かにモモ...ではなくオジョウに差し出したら、オジョウはすぐに俺の意に気づき、自前のハンカチで俺の手を拭いた。

 手が拭かれている間、俺は土下座しているメイド長ちゃんに「立ち上がってくれ」と言った。


「私も悪ふざけが過ぎた。君の『親愛表現』を知って敢えてそれを私にするように『命令』した。私の方こそ謝るべきだ。だからメイド長ちゃん、立ち上がって私の詫びを受け入れてくれ。」


 俺の言葉を聞いたメイド長ちゃんは「ありがとうございます」と言って、ようやく土下座を止めて、スカートについている土を叩き、背筋を伸ばした。


 元の世界ではあり得ない詫び方だが、「お嬢様」としてこの世界にいる俺はメイドに真剣に謝ったらダメなんだ。

 上下関係の厳しいこの世界では、元貴族でも、(しもべ)になったら主人に完全服従しなければならない、逆らってはいけない、主人に恥を掻かせてはいけない...

 だから、「主人」が本気で「(しもべ)」に謝る場合は「許せ」とかいう命令を出す形になる。


 ...良くない悪習だと思うが...


 手が綺麗にされた後、俺はリンの背中から降りた。そのままリンの背中に手を乗せて、メイド長ちゃんに向き合った。

「記憶喪失したからか、私は君たちのことを知らない。間違った命令を出してしまうことも、さっきのように易々としてはいけない事など、きっと沢山あるでしょう。

 だが、私の間違った命令で君たちの仲を悪くしたくない。リンは私の曖昧な命令を従って、それを叶うに一所懸命頑張った結果、君に迷惑をかけた。

 だから、彼女を罰さないでほしい。彼女は何も悪くない、私が悪いのだ。」


 都合よく「記憶喪失」のことを使った。実際は「喪失」ではなく、「私」の記憶は「無い」のだが、わざと皆に真実を言うほど俺はいい奴じゃない。

 それにしても、言葉は面白いよな。

 俺はリンの馬鹿さ加減がわからないから、彼女に「曖昧」な命令を出した。無駄な努力をした彼女がメイド長ちゃんに迷惑をかけた「かもしれない」が、それは俺が彼女の馬鹿さ加減が分からなかったから、そうなってしまったので、彼女は悪くない。

 そんな悪意を込めた言葉を「綺麗な言葉」に変えたら、ここにいる四人のメイド達が「お優しいお嬢様」とても言っているような顔を見せた。


 メイド長ちゃんは深いため息をして、「お嬢様がそう仰るなら」と言って、リンの方に話しかけた。


「藤林。今回はお嬢様の厚意によってあなたを許すが、次に同じ事をしたら、『警察に突き出します』。」


 何故か「警察」という言葉に過剰反応したリンは四つん這いの体勢からあり得ない速さで直立の体勢に変えて、「はい!」と言ってそれ以降びくともしなくなった。


「では、お嬢様。お嬢様のご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか。」


 メイド長ちゃんの言葉のお陰で、俺は彼女に言い忘れた「頼み」を思い出した。

「タマに関する資料を後で私の部屋に持ってきてくれない?」


「猫屋敷の資料、ですか。すでに『いない』彼女の資料を見て、どうしたのです?」


 その言葉に少しイラッとした。

 メイド長ちゃんにとって、タマは肝心な時に俺の側にいない、俺を裏切ったメイドだから、タマのことを良く思っていないのだろう。それで、タマに関して少しきつい言葉を「うっかり」口に出してしまったのだろう。

 だが、俺もタマに関する時、いつもの冷静さを持っていられない。


「いいから、言われた通りにタマのすべての資料を私の部屋に持ってこい。理由を聞くな。」

 きつい言い方をしてしまった。


 メイド長ちゃんは一瞬眉毛を顰め、何かを言いたげそうなのだが、結局俺に一礼をして、「かしこまりました」と言った。

 ようやく事が終わり、もういい加減部屋に帰ろうと思ったが、その前にメイド長ちゃんに呼び止められた。


「お嬢様。実は伝える要件がありまして、お嬢様を探していました。」


 うん?なんだろう?


「明日、旦那様がお時間がありましたので、お嬢様に会いたいと仰いました。放課後にでも、会いに行って頂けませんか。」


「お父様」か。

 実の父とも長く喋っていなかった俺にとって、「お父様」と会うのはかなりのムリゲーだ。

 でも、一度目あった時からもう半年近く会っていない。あの人にとって、本当に久しぶりの娘と会うチャンスだ。それを潰したら、あの人があんまりに可哀想だ。


「わかった。お父様に『明日放課後に行く』と伝えて。」

 仕方ないから会いに行ってやろう。中身が違うとも体は彼の娘だ、せめて彼の心を傷つかないように、彼のいい娘を演じてやろう。


「では、明日の放課後、学園にお迎えに参ります。」

 その言葉を言った後、メイド長ちゃんは庭から去った。ようやく緊張が解けたリンは俺を泣きながら抱きしめたが、やりすぎて俺の尻を触った瞬間に、オジョウに団扇で叩かれて飛ばされた。


 え?団扇で?


 たったさっき、俺に「求愛」されたばかりだから、リンも冷静じゃないだろうが、だからと言ってえろい触り方はやはり勘弁願いたい。


 流石オジョウ、グッジョブ。


 俺はリンとモモを解放して、オジョウと別れを告げて、メイド長ちゃんが持ってくる予定のタマの資料を待つ為に、自分の部屋に向かって歩き出した。


 ...明日、「お父様」か...

 鬱だ...

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