第十節 脱獄②...密室脱出は協力が大事
密室脱出ゲーム と 千条院 輝君のお話
紅葉先生の裸を見た後、俺は暫く思考停止した。
いや、寧ろ思考しすぎて、体が動くのを忘れていた。
綺麗だったな。メイド隊の皆さんと引けを取らない。
だけど、メイド隊のみんなと違い、紅葉先生の裸は初めてだ。
狙いが全く読めないが、実は特に狙いがないとかも考えられる。
女の子だからの特権かな?同じ女性なら、相手の裸を見放題とか、素晴らしいぞ!
半分閉じてる目、無気力にダラ〜とした立ち方、白過ぎて栄養がきちんと取れていなさそうな肌、だらしなくちょっと贅肉が出ているお腹、目の下にある深い隈。
今、紅葉先生のマイナスな要素しか脳に浮かばないが、それでも「綺麗だ」と思った。
いいな、女の子。欲しいな、彼女。
「はっ!」
ダメダメダメ!今の俺は女の子だ。彼女を欲しがる訳にはいかない。
恋人が欲しいなら、「彼女」じゃなく「彼氏」を求めるべきだ。
彼氏か...俺、一生独身でいいよ。
「あの、お姉ちゃん?」
自分の近くに声がした。
幼い女の子の声だ!
「お姉ちゃん?」
お姉ちゃんか。きっと姉のいる妹キャラでしょう。
可愛い女の子の声だ。その声の妹キャラなら、きっと美人なお姉さんをお持ちでしょう。
羨ましい限りだ。
「お姉ちゃん!」
突然、大きな呼び声と共に、服の裾を引っ張られた。
え、誰かが俺の服を引っ張ってる?誰?
と思って確認すると、そこには小さな男の子がいた。
声の主は「妹キャラ」ではなく、「男の子」だったのか。まだ声変わりが始まっていないのだな。
そして、「お姉ちゃん」というのは彼の姉ではなく、女の子になってる俺の事か。紅葉先生の所為で、軽く忘れちゃった。
ここで一つ明言しておきたい事がある。俺、男の子が特別に好きという訳じゃないのだ。将来、女の子と男の子、どっちが欲しいと言われたら、「断然女の子!」と迷わずに言える。
だけれど、そんな理由で人を差別したりしない。男の子も女の子も、みんな等しく「子供」というカテゴリーに分類されてる。
だから、俺はしゃがんで、優しくその男の子に返事した。
「ご、ごめんね。お姉ちゃん、ちょっと考え事をしていた。何、お姉ちゃんに何が用?」
「お姉ちゃんが、えっと、止まってだ。あのババァにへんな事、されたと、思って...」
たどたどしく喋るが、きちんと自分の意思を伝えられるしっかりした男の子だ。子供だからか、頭と口が小さく見えて、逆に両目が大きく見える。
見た目から、ヒスイちゃんよりも幼く、まだ学齢前のようだったから、この程度の事で「頑張って喋りましたね」と褒めたくなる。
しかし、「ババァ」か。紅葉先生の事だろうな。子供なのに、この言葉使いは良くない。
「あのね、ショタ君。『ババァ』はダメだよ、良くない。両親の教育が行き届いていないと思われるよ。」
「む~、両親いないもん!『ショタくん』じゃないもん!ボクには千条院アキラという立派なお名前があるもん!」
男の子が頬を膨らませて、少し怒ったようだ。
ただ軽く指摘しただけのつもりだったのに、何故か怒らせてしまった。子供はこういう所があるから面倒くさいけど、怒った顔も可愛いから嫌な気分になれない。
「千条院 アキラくんか。アキラってどんな文字なの?」
「あ、えっと...アキラという文字。」
それで説明したつもりらしいおバカな男の子。
まあいい。帰ったら、星に確認しておこう。
どうしても目に入る特徴的な金髪と、パッと見では見つからない「神」と異なる動物の部分。初めて目にした時から、なんとなく、この男の子は誰の親戚か、予想がつく。
「アキラ君。お姉ちゃんは大丈夫だから、心配しなくていい。アキラ君の方はどうしてここにいるの?」
「ボクも分からないよ。ひかり姉ちゃんの手伝いがしたい、だから早く帰った。気づいたらここに...お家に帰して...」
言いながら、アキラ君が段々と涙目になっていく。子供のこういう所が困りもので、また面白いのよね。
理由が分からない、か。紅葉先生は何故こんな幼い子を攫ったのだろう?
それはともかく、まずはこの子を泣かさないようにしなくては...
「あ~、大丈夫だから、落ち着いて。ね?」
優しく声を掛けて、俺は手でアキラ君の髪の毛を撫でる。
が、その金髪を触ろうとした途端、避けられた。一瞬「可愛くない」と思った。
星といい、アキラ君といい、千条院一族は他人に触られるのが嫌いらしい。
「やはり、アキラ君は『弟君』だったのね。」
別の方法で気を逸らそうと、話題を変えてみる。
「弟じゃない、お兄ちゃんだ!妹いるもん!」
謎な理由で怒られた。
「でも、せい...千条院 星の弟だよね。」
「それでもお兄ちゃんだ!妹二人いるもん!」
意地っ張りに自分が「お兄ちゃんだ」と言う。もしや、「お年頃」?
何だが、可愛いな。しっかりしていて、しかしやはり歳の所為でまだまだ「おバカさん」。これが「弟」というモノか。
「分かった。『お兄ちゃん』よね?うんうん。」
面倒くさいと思って、適当にあしらった。
立ち上がって、大きな欠伸をする。それだけで、全ての感覚がリセットされた気分。
紅葉先生の裸という衝撃的出来事があったが、一番考えるべき「囚われている」というこの状況が何も変わっていない。可愛らしい囚われ同士が一人増えたが、特に何かの役に立てそうに見えない。
どうすればいいんだろう?どうすれば、この部屋から出られるのだろう?
「ドア!一つしかない。」
俺は指でドアを指す。
そのドアを使う以外、ここから出られる方法はない。壁を掘り抜くという方法も考えられるが、「生き埋め」という結末が怖いので、出来ればソレを避けたい。
それに、壁を掘るって、どんだけ時間を掛けるつもりだ?と、ドアの開錠が簡単そうに思える。が、そのドアの開錠も試みた結果、「無理だ!」という結論を出している。
何か「捻れば形を変えられて、鍵の代わりに使えるちょっとだけ固い金属」があれば...
そもそも、あの時に鍵を手に入れられれば...
「無理か、そもそも。」
よく考えれば、紅葉先生はタマを運ぶのを手伝いに来た時、恐らくアキラ君がその隙に逃げられないように、鍵でドアを一度施錠したんだ。だから、俺はその時に、鍵を目にする事が出来た。
しかし、紅葉先生がまた外に出る時、施錠したそのドアをまた開錠しなければならない。その時、必ずまた鍵を探しに、手をポケットに入れる。例え俺があの時、彼女から鍵を盗めたとしても、彼女はその時、必ず鍵がなくなっているに気が付く。
俺に「秒速でスペアキーを作るスキル」とかあれば、ばれても問題はないのだが...
いや、そんな限定的なスキル、欲しくないな。もし、何かスキルを貰えるのなら、手っ取り早く「ドアを消すスキル」を貰うぞ。
ん?
ドアを消すスキルがなくても、ドアを吹き飛ばす「魔法」があるじゃない?前、星に助けられた時に、星が使っていた爆発する魔法。
そして、俺は魔法を使えないが、この世界で俺以外の人は全員魔法が使える、よね!
「アキラ君?」
一人で地面に謎の絵を掘るアキラ君を呼んだ。
「な~に?」
「ちょっと、そのドアを破壊してくれない?魔法で。」
「え?ひかりお姉ちゃんが『だめだ』って...」
ひかりお姉ちゃんというのは星の事だろう。きっと、「魔法で何かを破壊するな」というような感じで、弟君を教育しているかも。
あまり彼女の「子育て」に邪魔したくないが、一度だけ弟君に「悪い事」をやらせる。後でちゃんと謝るから。
「今回だけ、一度だけだよ。ここから出たいでしょう?ひかりお姉ちゃんに会いたくない?」
「会いたい...ふぇ...」
「あ、ごめん!ごめん。大丈夫だから、会えるから。だから、一度だけ。あのドアを破壊して、ね?」
「うん」
アキラ君は少し涙を含んだ目で俺を見つめて、頷いた。
そういえば、星は知っているのかな、アキラ君がこの場所にいる事?
知らないだろう。知っていたら、絶対、ここに来る筈だから。
もしかして、今回の合宿に参加しなかったのはアキラ君を捜すためなのかな?教えてくれれば、力になってあげられるのに。
...何も教えてくれなかったな。いつもクールな感じを出して、何も喋らない。気づかせる事すらさせてくれない。態度も、行動も冷静で、無感情なマシンのように。
俺、彼女が弟も妹もいる事すら知らなかった。彼女は俺と親友になりたいと言っているのに、自分の事を何も喋っていない。
何故だろう?帰ったら星に確認しよう。
その前に、まずは「帰る」事だ。
「爆!」
ピュという音と共に、ドアの中心辺りに小さな火花が出た。
「...え?」
ピュって、可愛らしい音だな...じゃなくて!
あの時、星が発した魔法はこんな弱いものじゃなかったぞ!ポーンという、もっと大きな音だったし、ドア自体がぶっ飛ばされて、風圧もすごかった。
なのに、今回のは何だ?ピュ?しかも小さな火花が出た程度?
「終わったよ。」
幼い男の子が頭を上げて、俺を見つめて無邪気に報告する。
「あ、あぁ。ありがとう...」
自分でも分かるくらい、ぎこちない返事をした。
しかし、純真なアキラ君はその事に気づかず、「任務達成」みたいな顔して、嬉しそうに元の場所で謎の絵の作成に戻った。
「ま、まさか...」
あまりにも落ち着いた態度だから、俺は思わずドアノブに手を添えた。
カチャカチャ。開かない。やはり。
そりゃそうか。あの程度の事で、このドアが開く訳ないよな。
アキラ君があまりにも自慢げにしていたから、一瞬期待しちゃった。
「はぁ...」
またまた詰んだ。何だろう?この「全ての希望が絶たされた」という感じ。どんな方法を思いついても、必ず上手くいかない。
「むーん」
タマが横になっているベッドに顔を埋めて、意味もなく頬を擦る。
あの鍵があればな~、せめてスペアキーがあればな~。
......
...ん、スペアキー?
「スペアキー、作れないかな?」
かなり追い詰められているのかな?俺はありえない事に期待し始めた。
スペアキーを作るスキル...今はそんなスキルすら欲しい状況だ。基となる鍵とスペアキーを作れる道具があれば、すぐにやってみたい。作った事がないし、基となる鍵も道具もない。何もかもがない。
今、ここにあるのはドライバーやハンマーみたいな何の役に立つかが分からない道具。そして壁!これで何が出来るんだよ!?
「すーはー」深呼吸する。
落ち着け、俺。落ち着くんだ。冷静を失ったら、頭が動かなくなる。
正直、八つ当たりにしょうもない事を考えたが、意外と何かに役に立ちそうだ。何かが閃きそう、何が本当に役に立つ事を思いつきそう。
ハンマーとドライバー。この二つの物があれば、彫刻が出来る。
先程、「いっそ壁を掘り抜いて出てやる」とアホな事を思ったが、「壁を掘る事」が出来る。
この二つを合わせて...ハンマーとドライバーを使って、壁を掘って...「石の鍵」みたいな物が作れるじゃない?
「いいね、いいね。何だか楽しくなって来たぞ。」
とはいえ、肝心の鍵がないから、何も作れない。せめて、あの鍵の3Dモデルでもあれば、それを見ながら、穴が開く程に見て、同じ形の石の鍵を作れなくもない。
この世界にストーカーはいるが、撮影機材がないんだよな。この世界のストーカー達は、きっとねっちりとストーキングした後、鮮明な映像を脳内に保存しておかずに使うだろう、写真とか取れないから。
...あれ?
写真、取れるよね。
自分自身が思い出せていない時期、俺は一度ストーカーに攫われて、写真のようなものを見せられた事があるよな。
星に助けられたお陰で、すっかりそっちの方の記憶が薄れて、パッと思い出せなくなっているが、間違いなく、あれは「写真」というものだ。
それは機械で撮った写真ではなく、恐らく何かの魔法によって念写された「写真」だ。流石魔法と言うべきか、その「写真」の鮮明度は俺の世界の機械で撮った写真と同じレベルだ。
「アキラ君、念写出来る?」
「念写?けっとう魔法の?」
「血統魔法?」
多分、「血」に「統」と書いて、「血統魔法」の事だろう。確か、特殊な変異で生まれ、その血を引いた子孫にしか使えない特殊な魔法だが、ただの「念写」がそのレベルの魔法なのか?
いや、「念写」という魔法があるだけで「万々歳」と思うべきだ。
「使える?」
「使えないよ。」
「そう。」
やはり使えないのか。
アキラ君のさっきの魔法を見た時から、俺はあまりアキラ君に期待しないようにと決めた。
やはりまだ子供という事があるからだろうか、魔法の威力が星と比べられるレベルではなかった。
だから、ダメ元で聞いてダメだったとしても、特にショックを受けなかった。
子供に頼ろうとしている時点で、俺はダメな大人だ。
少し遡ろう。「念写」という魔法があるけれど、それが血統魔法であり、アキラ君——恐らく星も使えないのだろう。
撮影機材が欲しいと、先程に思った。しかし、それがない。だけど、写真みたいなものがある、だから、「念写」の魔法がある。
写真じゃなく、3Dモデルが欲しい。画像じゃなく、録画が欲しい。
録画、録画、録画...星って、チャンピオンだったよな。
...何故「チャンピオン」という単語が脳に浮かんだんだろう?
「その全国放送が見たいな。後でビデオで見たいな。」
俺はそう思った。そして、試合自体を開いたお父様は商売人で、元の取れないイベントを催す筈がない。
「お父様最低。」
勝手によく知らないお父様に新しい設定を入れて、勝手に嫌う俺である。
しかし、実際はそうじゃないのか?最初の一回は宣伝かもしれないが、二回、三回と続けば、元を取れるようにしない筈がない。
入場者数だけで元を取れるとも考えられるが、それ以上のものも欲しいと、誰だって思う筈だ。
なら、やはり録画みたいな事をする筈だろう。それが何なんだろう?何の魔法だろう?
「アキラ君?」
「はい?」
「あ、いや!ちょっと待って。」
「?」
アキラ君を呼んでおいて、急に何かを思いつきそうだったから、「待った」した。
俺、前に色んな人に色んな魔法を見せられた。俺が気持ち悪くなるような大魔法もあるが、特に影響のない小さい魔法も一杯見せられた。
中に、特に印象深いのはタマが見せた小鳥や小さな馬の幻覚だが、幻覚と言えば桃子が俺の部屋で見せた「過去の映像」がある。
「あ!」
右手を拳に、左手をパーに、そして、右手で左手を叩く。
「アキラ君、この部屋の『過去の映像』、出せる?」
「出せるけど、何で?」
「ここから出られそうなんだ。」
「え、ほんとう?」
「えぇ、本当よ。だから、ちょっとついさっきの『過去の映像』を見せてくれない?」
「分かった!『現れ』!」
魔法の言葉と共に、俺と一緒にタマを運ぶ紅葉先生の幻影が現れた。
「おお!」拍手した。
まさか成功するとは思わなかった、成功してよかった。
「もうちょっと先、私の手が紅葉先生...あの女性に掴まれた時まで進んで。」
「うん。」
アキラ君が素直に「過去の映像」を先に進ませた。まるで3D映像を見ているようだ。
そして、望む「瞬間」に着いた。
「ここ、止めて!」
「うん。」
俺の目の前に、紅葉先生に手を掴まれた俺がいる。
その俺の手には、この部屋を開けられる鍵がある!
「あは、あははは。よっしゃ!」
大きな勝つポーズをした。
やっとだ!やっと可能性が芽生えてきた!
いや、もう勝利だろう!鍵を作れる道具があり、鍵の形が隅々まで見える幻影がある!
これで、石の鍵が作れる。
「アキラ君。この映像、どのくらい持つ?」
一応時間制限を確認しておきたい。
「え?」
アキラ君が無邪気に俺を見つめる。
なんだか、今のアキラ君が凄く可愛く見える。だけど、今はこの子を可愛がる時ではない。
「魔力を使うでしょう?いつ魔力が使い切るの?」
「魔力使わないよ。お姉ちゃんなのに、そんな事も知らないの?」
「むっ。」
憎たらしい事を言う。しかし、今はそれも可愛く見えるから、許す事にした。
「なら、この映像をずっと維持しといて。今から、『合鍵』を作るから。」
「?」
ハンマーとドライバーを手に持ち、壁の岩に当てる。
今から、俺は彫刻家になる!
......
...
「出来た...」
何度も何度も、何十回も、何百回もトライして、ようやく石の鍵を作り出せた。
彫刻って、予想以上を超えて、予想の以上の以上の以上の以上の以上に...難しいのだな。
力が弱いと彫れない、しかし強すぎると割れる。ドライバーで形を掘るより、ハンマーの力加減が一番難しい。
しかも、鍵は...形が平らじゃないんだ!鍵穴に差し込む部分は牙みたいに尖ったり凹んだりして、その上に溝もある。
綺麗に牙を彫り終われば、溝を彫る時にうっかり割らせた事は何十回もあった。その度に頭で壁ドンをしたくなる!
綺麗に全部彫れたと思ったら、大きさが間違えて彫り続けたり、彫り直したりって、また割っちまったりと、心がすり減らされる!
でも、出来た。びったりの鍵が出来て、綺麗に鍵穴に嵌った。
「後は回すだけ...」
疲れたけど、この鍵を回せば、外に出られる。
そう思うと、疲れたのに、わくわく感が止まらない!
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「え?」
何故か子供のアキラ君に心配された。
「大丈夫だよ。どうした?」
「汗、すごいよ。」
「汗?」
ポタッと、自分の頬から手に水滴が落ちる。
俺その時、初めて自分が疲れ汗ではなく、冷や汗を流している事に気が付いた。
自分の手が震えている事にも、ようやく気付いた。
俺は、何かに怯えているのだ。
俺はその何かに気づいていなくて、気づかない事にして、考えないようにしていた。
そして、俺は気付いた。俺は「失敗」に怯えている。
「はぁ、はぁ、はぁ...」
もし、今回も失敗したら、どうなるのだろう?折角彫った石の鍵も、実はサイズが合っていなくて、掘り直さなきゃいけないのかな?
いや、もっと大事な事を忘れているじゃないかな?石の鍵は「石」の鍵、彫れるくらいに「軟らかい」石の鍵。
その石の鍵でドアを開けようとしたら、捻った瞬間に壊れて、石がそのまま鍵穴の中に残ってしまい、二度とこっち側からドアを開けなくなるんじゃないか?
生唾を飲む。
これが成功すれば、ここから出られる。だけど、失敗したら、紅葉先生が出してくれるまで、二度とここから出られなくなる。それでも...捻るのか?
成功する光景ばかり考えてはいけない!失敗する光景も考えに入れなくてはいけない。「成功」ばかり考えるから、俺は人を轢き殺してしまってるじゃないのか?
「どの道...もう自力で出る方法はこれしかない!迷うな!」
しかし、本当なのか?
俺は何度も「出る方法」を思いついて、それが失敗する度に「もう打つ手がない」と思ってきたが、暫くするとまた別の「方法」を思いつく。今回も、実はそうなんじゃないのか?
実はもっといい方法がある。だけど、今の方法を試して失敗したら、その「もっといい方法」もダメになる。そういう事って、よくあるじゃないのか?
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「え、あはは...大丈夫大丈夫。お兄ちゃんは...お姉ちゃんは大丈夫。」
やばい。手が震えている。
震えすぎて、鍵を壊してしまいそうだ。
「おっと!」
一度鍵を放した。
「お姉ちゃん、どうしたの?開けないの?」
「あ、あはは、あははは...」
怯えて出来ないと、大人の俺が子供にそれを言うのか?
言う訳がない。言える訳がない。
「実は、捻ったら、鍵が壊れてしまうじゃないかって、怖くて...」
しかし、口が勝手にポロリと弱音を吐いた。子供のアキラ君に今の悩み事を話した。
「ごめん、あき...ら君。ちょっと休憩。」
俺はドアから離れて、ベッドに横たわった。
疲れた、本当に疲れた。
暫く休んだら、きっとまた勇気が出てくる。きっと、その時に鍵を捻れる。
また、その時に「もっといい方法」に思いつけるかもしれない。もっと安全な方法を思いつくかもしれない。
今はまず休んで、呼吸を整える。冷静になる。落ち着く。
「硬。」
アキラ君が変な単語を口にした。その後、カチャッという音がした。
ん?カチャッ?
「ちょ!アキラ君、何した?」
「お姉ちゃん、出られるよ。ドア、開けたよ。」
アキラ君が開いたドアを指差して見せた。
本当だ。ドアが開いている。外に出られる。
でも、今の俺は出られる喜びよりも、怒りの方が上だった。
「何で勝手な事したの?鍵が壊れるかもしれないって、言ったでしょう!」
「うん。だから、硬くした。」
「かた、く...」
硬くしたって、何を?
いや、分かるだろう?鍵の事だ。
勝手に鍵を硬くして、つまり強度を増やして、捻っても壊れる心配がないように魔法を使って、そしてドアを開けた、って事?
そういう事だろう。危険な事だが、無事に成功してよかった。
そう思うべきだろう。
「アキラ君。」
「な~に?」
俺は無言でアキラ君に近づき、ガシッとその小さな体を抱きしめた。
「な、お姉ちゃん!?」
「ありがとう!可愛いよ!もう!ありがとう!もう!」
流石このくらいに幼い男の子なら、か弱い俺の体でもしっかりと捕まえられる。
星め、こんな可愛い男の子を隠してやがったな!もう、この子もウチの子にしたい!
千条院アキラ。名前の漢字がまだ分からないが、この子のお陰で、俺は脱獄に成功した。
まだ完全に成功した訳じゃないけど。