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第十節 脱獄 Another View — 竜ヶ峰 紅葉

竜ヶ峰紅葉はヒロインではありません。

 自分の体と記憶を他者の魂に与える。その仮説を思いついた時から、私はギリギリまで他人の「寿命」を喰わないようにしていた。

 健康な者ももちろん、夭折する他人の魂も極力手を出さないようにしていた。

 それでも、いつももうすぐ百歳になる時に、慌てて誰かの「寿命」を喰らってきた。仮説が証明させるまで、私はまだ「死ぬ」のが怖い。

 もう既に純血種ドラゴンである自分が死んでいるかもしれない、これ以上生きる意味は何なのだろうと。ずっと...何度もその事を考えていた。

 その時期に、奇跡的に生まれてすぐに死ななかった「夭折子」の話が耳に入った。恐らく、この世で最も長く生きてきた私でも、生きている「夭折子」の話は一度も聞かなかった。

 それ故に興味が沸いた。私はその「夭折子」の家族に近づき、厳しい試験に合格し、そのお家の四番目のメイドになった。


 正直、私はそのお家のメイドになったが、極力目立たないようにするつもりだった。ただ、仕える旦那様は大金持ちであるが、「貴族」ではない成り上がりの元「平民」の出身だ、雇うメイド達のクオリティも低い。

 当時のメイド長は「メイド」というより、「お手伝いさん」程度の仕事しかできていない。頭はよく回るみたいだが、メイドとして「言葉遣い」すらダメな人だった。

 他の二人のメイドもまだ幼い事もあって、「メイド」というより「メイド見習い」だ。二人共、覚悟はあるみたいだが、我が儘に育てられたのか、時々、主人より自分の意見を優先する事はある。

 長く生きている内、どこかの貴族に仕える事もあった。なので、先輩メイド達の酷さに耐えられなくて、余計な口出しを何度もしてしまった。すると、何故が代わりに「メイド長」をやることになった。

 恐らくその時からでしょう、私がそのお家・守澄家に情が移り始めた。



 何かが変だ、何かがおかしい。

 私はこのダンジョン「ジェーニーマルニーサン」の事をよく知っている。私はここで多くの人の命を奪ったし、私の両親もここで命を失った。

 私はこの呪わしい場所を倉庫にし、研究所にし、そして、いずれ自分の墓場にするつもりでいた。

 十数年前、私は名前を変え、ダンジョンの所有権を求め、「ダンジョン管理者権限」を申請した。そして、この区の警察組織を統制する貴族が「魔道具革命」に乗り遅れて、没落し掛けたお陰で、買収しやすかった。少しの賄賂で、簡単に私の申請を承認してくれた。

 ダンジョン管理者になるの前は一人で、そしてなった後は大々的に宣伝し、探検愛好家を集めて、この「ジェーニーマルニーサン」を調べた。

 悪魔から魔物の作り方を教えてもらい、ダンジョンが踏破されないようにした。自分のドラゴンとしての魔法才能と、不死故に得られた膨大な「太古の知識」、その両方を合わせた罠を数えきれないくらいに設置した。

 もはやこのダンジョン、私より熟知した人はいないと、そう思っていた。

 なのに...


 白川(しらがわ)輝明(てるあき)


 彼は一体何者なのだろう?

 彼はXクラスの生徒だ。成績の方はそれ程酷くはない、他の学校なら中の上くらいの普通レベルだ。

 しかし、普通レベルでは私立一研学園に入れない。彼が高校生になってこの学園に編入できたのは、この学園に「一技の長」があれば入学可能のXクラスがあったお陰だ。

 彼が持つ「一技の長」は「比類なき剣捌き」。あの「全国チャンピョン」である千条院(せんじょういん)家ご令嬢と互角に渡り合える程のものだった。

 つまり、それが彼の「全部」だ。魔力量も微々たるもの、悪魔のように人の魔力が見える能力も持っていなさそう。


 それなのに、どうして彼は簡単に私の罠を見破り、どんどんダンジョンの奥に進められたのだろう?


 剣技を極めし者は「達人の域」に達する。見えないものも気配を感じ取り、目を閉じても斬る事が出来る。最初の魔物による奇襲を完璧に防いだのはそれ故だと思っていたが、その後の彼はまるで危険を予知できるかのように、楽々と罠を避け、そして魔物達の奇襲を次々と防いできた。


 まるで、壁の向こうが見えて、人の思考が読めるようだ。

 奈苗様があげた眼鏡を大事に掛けている。同行者の女の子が近寄って話しかけても、決して油断せず前だけを見つめる。きっと、真面目で慎重な人なのだろう。


 そんな人を相手にするのは心苦しいが、奈苗様を隠すこのダンジョンを踏破される訳にはいかない。

 なのに、どれだけ罠を増やしても、魔物を追加投入しても、彼の歩みを止める事が出来なかった。

 彼がどんどんダンジョンを降りて、奈苗様に近づいていく。

 私に残された研究時間も、どんどん無くなっていく。



 私は捕らえた人を極力別々に監禁するのだが、優秀すぎた劣等生の所為で、仕方なく全員をダンジョンの最深部に移す事にした。使える部屋が足りなくて、最後の一人を奈苗様と同じ部屋にした。

 複数人を同じ部屋に監禁するのは危険であるが、まだ子供のアキラくんと魔法が使えない奈苗様なら、何とかなると考えた。

 だけど、心が騒ぐ。最適な配置ではあるが、奈苗様の顔を見るのが怖い。

 守澄家に情が移ったのは理解している。自分自身が誰であるのか、記憶通りに「竜ヶ峰紅葉」という人なのか、その自信が失くした私がまだ「情」があるのは、正直、嬉しいと思う。

 そして、三年未満とはいえ、私はそのお家でメイドをやっていた。丁度奈苗様と雛枝様が生まれてすぐの可愛い時期で、母親でもないのに余計の程に気を掛けていた。


 だけど、奇跡的に生きられた奈苗様が体が弱くて、魔力の多い私は一度も彼女に触れる事はなかった。夭折する筈の子だから、可愛がってあげられないと、奥様も一緒に残念がっていた。

 みんな、どことなく諦めていた。どうせ「夭折子」は早死にすると、覚悟していた。

 神を嫌う私だからか、同じようには思えない。何故一部の生まれたばかりの赤ん坊に「夭折」という運命を与えるのか、どうしてどうせ生まれたらすぐに死ぬ事になるという不完全な人間を作るのか、その事を理不尽に感じていた。

 せめて私がその命を使おうと、いつも「夭折子」を見つければその「寿命」喰らってきた。しかし、段々と大きくなっていく奈苗様を見ていると、私は考えを改めた。

 奈苗様は同年齢の他の子と同じように成長した。好きな物を貰うとぱっと笑い、パセリを目の前にあると嫌がる。どこにでもいる「子供」そのものだった。

 だけど、言葉を覚えた頃、彼女は初めて自分の異質に気づいた。

 彼女は、魔法が使えない。

 辛い思いをした彼女は、実の母親に抱いて貰えない。

 その頃から、彼女は急に大人しくなった。一人で静かに本を読む時間が増え、他人と会う時間が減った。

 大人になるには、まだ全然早い時期だ。


 私はそんな奈苗様を見ていられなくて、メイドの仕事を辞める事にした。代わりに「教師」の仕事をする事になったが、屋敷に顔を出さないようにしていた。

 奈苗様の顔をもう見ない事に決めた、自分の中に、奈苗様に全てを捧げたい自分がいる事に気づいたからだ。



 十数年が過ぎ、教師の仕事やダンジョンの管理など、色々と忙しかった。だから、もうすっかり熱が冷めたと思っていたが、高校生の奈苗様が会いに来た時に「そうならなかった」と理解した。

 誘拐されて、記憶喪失までした事は聞いている。敢えて関わらないようにしていた。

 しかし、そんな辛い事があったにも拘らず、奈苗様はとても元気な女の子に育った。好奇心旺盛で、特に私の得意分野である「考古学」に興味を示していた。

 死んでいた猫屋敷を発見した時、私は慌てて自分の倉庫にソレを隠した。きっと奈苗様を悲しませたくない自分がいるからだと、自分を疑わずにいられなかった。

 一メイドにすぎない猫屋敷をいつか忘れてくれる事を祈ったが、「ダンジョン探検したい」と子供のように燥ぎ、その裏で猫屋敷の家族と接触していた事を知って、私は理解した。

 奈苗様は猫屋敷を見つけるまで、決して探す事を止めないのだろうと分かった。


 案の定、奈苗様に猫屋敷の死体を見せると、彼女は自分の体調など顧みずに猫屋敷に近寄った。死んでいると伝えても、「死んでいない!」と現実を見ようとしない。

 アキラくんを連れていた時も、そう。奈苗様はただの死体である猫屋敷をベッドに寝かせようとしている。

 力のない奈苗様はもちろん猫屋敷を運ぶことは出来なかったが、それでもその体をぞんざいに扱わず、掛け布団を使ってソレを包んだ。

 その布団の汚れから、奈苗様が何をしたのか、一目で分かった。彼女はそれ程に猫屋敷を大事にしている事も、その時に分かった。

 だから、私は奈苗様に全てを捧げたいと思ってしまうんだ。彼女は最も愛されるべき人間なのに、彼女は最も他人を愛している、とても心優しく、そして可哀想な「夭折子」。

 まだ実験を重ねる必要があるが、私の心はもう決まっていた。


 私は、自分のタフな体を奈苗様に捧げたい。

 ただ、自分の仮説が本当に正しいかどうか、まだ不安だ。


 やるべき事は決まっている。

 奈苗様の魂を自分の体に吸い込んで、だけど自分の記憶を上書きしない。

 そうする事で、奈苗様は自分自身のままで、魔力も使える私のタフな体を得られる。

 本人の意思も確認した。迷ってるみたいだが、その気になっているみたい。

 突然別人になったら、きっと色々と慣れない事が出てくる。その覚悟を決める為の時間をあげたいが、優秀すぎた劣等生の所為で、余裕がなくなってきている。

 もっと研究を重ねて、自分の体は確かに奈苗様にあげられると、その確証が欲しい。だけど、その時間がない。

 もし、私の仮説が間違っていたら?もし、奈苗様の記憶を持つ私が「生まれた」だけだったら?

 嫌な想像が浮かび、覚悟が揺さぶられる。

 もう少し時間が欲しい、もっと多くの実験を行いたい。

 しかし、今はそれが出来なくなっている。


 白川(しらがわ)輝明(てるあき)

 彼さえいなければ...

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