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第十節 昏睡 Another View — 竜ヶ峰 紅葉

 人生百年・・・それは私達が「人間」でいられる最低条件、「人」が作った社会ルール。


 このルールが作られた一番の理由は伝説上「神々」という存在によるものである。

 かつて、神々は獣を己と同じ姿にさせ、人間という高い知性を持つ生物を作った。

 神々はその後、もっと高みに登るため、人間に世界を譲り、この世界から姿を消した。

 以後、人間は知性のある生物として、全ての生き物の頂点に君臨し、世界を支配したのだと。

 それが人類誕生に関する「歴史」である。


 この仮説では沢山の疑問が生じる。

 例えば、神々は人間を作った理由として、もっと高みに登るためにこの世界を去った神々は、残された世界の為、自分の代わりを作ったのだとされている。しかし、その「高み」というものは私達人間の想像で作った「理由の理由」、神々が本当にその為に「去った」のか、誰も証明できない。

 例えば、神々はどうして獣を己と同じ姿にさせたのか、立てられた全ての仮説は人間本位によるものである。


 神々という存在も疑わしいものではあるが、その神々の手によって建てられた「太古の遺跡」が世界各地に散在する。例え「神々」というものが幻想上の者であっても、人間より先に世界を君臨する知性のある生物は間違いなく存在していた。

 私達人間が生まれた理由は未だ解明できない今、「神々の手によって作られた」という宗教的考えが逆に一番あり得る。


 神々に近づきたく、神々が求めた高みに人間の私達も行ける様に、私達人間は私達に「神々に似せる事」を強要した。

 姿を真似し、神々と異なる部分を恥とする。

 生活を学び、種族の違いがあれと、「朝動き、夜眠り」が基本とする。

 そして、神々が己の寿命を「100年」と定めたように、私達人間も同じく、「百歳以上生きる事勿れ」。


 最初、反発はあった。多くの種族の平均寿命は百年左右であるが、何百年も生きられる種族もあったからだ。

 しかし、その数は所詮九牛一毛。声高に訴えた所で、「和を乱す」に「向上心がない」等と叩かれ、終いには「人間ではない」と獣扱いされる。

 最後は、長寿の種族に生まれた人間は「人間」になるのか、獣に成り下がるのかという選択を迫られた。「人間」になるなら百年まで生きられるが、獣になるなら知性を奪われ、死ぬまで「人間」の為の家畜にされる。

 殆どの長寿人間はそれで仕方なく「人間」になる事を選んだ。契約を結び、年に一度の「寿命検査」魔法を受ける事になった。百歳になると、その魔法により命を奪われる事になった。

 やはり「人生百年」ルールに拒む人間は「討伐」される事となり、全員が「はぐれ人間」となった。

 その「はぐれ人間」の数は皮肉にも、平和の世になってから激減した。戦争が終了し、同じ人間同士がお互いと戦わなくなった。それで人間達と戦える敵がいなくなったからか、「はぐれ人間」の「討伐」がしやすくなったのだ。


 私の両親はその時に殺された。

 そして、私はこの馬鹿馬鹿しいルールが作られた年に生まれて、そして今も生き続けている唯一の「人間」。ドラゴン族純血種、竜ヶ峰(りゅうがみね) 紅葉(もみじ)


 ・・・・・・


 階段を下り、薄暗い部屋に入る。壁に付けられた突起物に指で触り、次の瞬間、部屋の中が光に充満された。黒色に隠された白いベッド、張られたカラフルの壁紙、壁にくっつけられた二足の机に、鉄と木材で出来たシンプルな椅子、見たことのない水受け器・・・ここは日の国宇摩山区にある「太古の遺跡」・「ジェーニーマルニーサン」の最深部にある部屋。私の倉庫でもある。


「調子はどうだ、アキラくん?」私は隅っこに縮こまっているモノに声を掛ける。

「おうちに、かえして。」モノが私に懇願する。


 それは人の形をしているが、人ではないモノ。私の多くの実験体の中で、珍しくまともに思考できる個体、しかし、恐らく「失敗作」だ。


 ・・・・・・


 人生百年・・・そのルールに従わない人間は獣とされ、または命を失くす。

 人間である以上、そのルールに従わなければならない。しかし、どうしても従えない種族もいた。それが、ドラゴン。「五大王族」と同等な強さを持ちながら、「人生百年」のルールに逆らい「平民」とされた種族。

 私の両親が最後までそのルールに逆らったのは、別に「理念」などというものを持っていて、それの為とかではない。

 亜種なら、「人生百年」のルールに従っても、「長生き出来ない」程度しかならないが、純血種はそれだけでは済まない。

 純血種ドラゴン族は尤も長生き出来る代わりに、成長が他の人より何倍も遅い。生まれてから八九十年経って、ようやく喋れる純血種ドラゴンも居たそうだが、私は運よく「早熟」していた。


 それでも、両親が殺された時、私はようやく二本足で歩けるようになったばかりだった。そんな私を、両親はどうしても放って置けなかったのだ。

 私を抱えて、必死に追手から逃げて、逃げて、逃げて。結局逃げ切れなくて、私の目の前で無残に殺された。

 私はその後、無理矢理に「契約」をさせられて、殺された両親の側に残された。彼らにとってルールが一番大事、他人の命なんて大して気にすることではない。

 私はその時、「人間」を人間と思わなくなった。


 一年、また一年。

 私は生きたいという欲望に従い、恐ろしい事に・・・・・・自分の両親を、「食料」にした。

 偶々通った人間も「捕食」し、獣のように生き続けた。

 そうして、私も遂に百歳になった。契約を結んでしまった私は、両親のように逃げる事は出来ない。百歳になった瞬間、私は魔法で殺される。

 まだまだ人間への復讐が足りないと思っているのに、人間が作ったルールに殺される。それが許せなくて、しかし何もできない故、私は神を呪い、悪魔に魂を売った。


「欲深いねー、あたしより欲深いねー」少女の姿をした悪魔が楽しげに私を見る、「同胞の『体』だけでは物足りず、『魂』まで欲するのね?」


 まさか「魂」が実在するという事に興味を持つも、悪魔の彼女が素直に真実教えるとは思えない。ただ、どうやら人の「魂」を体内に取り込めば、「寿命検査」の魔法に「嘘」を付けれるらしい。


「定期的にあたしに魔力を提供すると約束するなら、魂を摂る方法を教えるよ」


 悪魔の囁きは甘美で、復讐心に囚われた私が拒否する筈もなかった。一つの契約を「騙す」為に、別のもう一つの契約を結んだ。


「契約成立。今日から、あなたはあたし達と同じように、魔力が見えるわ。その魔力の色から、寿命を判断して。

 都合の良い年齢を持つ魂を見つけたら、魔力を全部吸い取れば、魂を取り込む事になる。取り込んだ魂に自分の記憶を上書きすれば、その魂と同じ年齢になるわ。

 その後、魔力も自動的に同じになるわね。魔力(こっち)は『上書き』じゃなくて、『上乗せ』になるわ。更に強くなって、人間に復讐できる。」


 私は、その時から半ば「不死」な存在となった。


 ・・・・・・


 太古の時代にある未知な箱を使って、私は彼の「記憶」を複製した。初めて悪魔を召喚するまで、「記憶」というものは形のあるものに変えて、更に複製できる事なんて、考えもしなかった。

 複製したその記憶を流体に変え、尖った先端のある容器に入れる。


「な、何をするの?」

 彼は怯えている。

 それも仕方のないもの。


 彼は元々幼い男の子であったが、今は二十歳越えの大人の女の子。だから、混乱が収まって今でも、まだ現実と向き合う事が出来ないのであろう。

 しかし、それは私にとって「どうでもいい事」だ。


「お注射は嫌!近づかないで」

 そう怯える彼の気持ちを無視して、私はまた彼に「彼の記憶」を注入した。


「アァ、ガアアア」

 彼は激しく体を揺らした後、糸の切れた操り人形のように突然動きを止めて、気を失った。


 一秒、二秒・・・凡そ一分が経った頃、彼は目を醒ました。


「あ、え?お姉さん、誰?」

 彼は私を見つめて、無邪気な声を発した。


「ボク、ヒカリお姉ちゃんの手伝いがしたくて、一人先に家に帰って・・・」

 周りを見て、現状の確認をし乍ら、攫われた時の事を思い出していたのだろう。


「え、ボク・・・女の子になってる?どうして?」

 記憶も、無事に上書きできたみたい。


「え、えぁああ?ぁあああああ!」

 混乱。現状と己の記憶との不一致によって、必ず起こる反応。


 今回も予想通りに成功したようだ。

 そう思った私は壁にある突起物に触れて、部屋内の光を消した。

 彼を、光のない部屋の中に残した。


 ・・・・・・


 悪魔の話を信じ、私は今まで何人もの魂を喰らって、何度も「寿命検査」魔法を騙し続けてきた。

 その間、自分の「純血種ドラゴン」である正体を隠し、他人と一緒に暮らす事も出来るようになった。

 両親を殺した人達がとっくに「寿命」が尽きて死んでいた事もあるからか、他人に対して「情」も沸くようになった。喰らう魂も、出来るだけ長生きできない「夭折子」を選ぶようにしている。

 しかし、最近はその悪魔の言葉を疑うようになった。


 悪魔は言った、魔力が「見える」ようになると。

 悪魔は言った、全魔力を吸い取れば、魂を取り込む事に「なる」と。

 悪魔は言った、自分の記憶を「上書き」すれば、同じ「年齢」になると。

 悪魔は言った、魔力は「上乗せ」になると。


 私はその悪魔の言葉を四つに分けて考え、一つ疑問を生じた。私は、本当に「寿命」を喰ってきたのか、と?

 上手く言い包められたけど、実は私は「寿命」を喰ったのではなく、自分の記憶を他人の魂の中に入れているだけなのではないかと。

 他人の魂を自分の体中に入れて、その魂の記憶に自分の記憶を「上書き」し、更に元々の自分の「魔力」を「上乗せ」する事で、恰も自分が「寿命」を食したかのよう、しかし実は真逆の事をしていたのだと。

 私がその時に立てた仮説は、「他人の魂に自分の身体と記憶を渡して、その他人を『私自身』であると思い込ませてる」というものだった。つまり、本当の私自身の魂はとっくの昔にどこかに消えていたのだと、今の私は「純血種ドラゴン」の身体と記憶を持つ別の命なのだと、そういう可能性がある。


 悪魔は楽しい事が好き。人を騙すのが好き。敢えて嘘を言わず、人に勘違いさせるのが好き。

 もし、その仮説が本当だったら、ドラゴンである私がとんだピエロだったのだろう。自分の手で自分を殺し、しかしずっと自分がまだ生きていると思い込んでいるピエロ。

 そんなピエロを見て、楽しんでいるのだろう。


 私はそれから、様々な実験を行った。

 偶々手に入れた女の死体に男の子の記憶を入れたり、その死んだ女の子の魂を物の中に入れたりと、沢山の実験をしてきた。

 その結果、「記憶」は取り出し、複製、そして別の記憶に上書きできるものだと分かったが、「魂」についてまだよく分からない。

 記憶に関する実験は全て予想通りだった。男の子の記憶を取り出しても、魂のある身体は正常に機能する。太古の遺産を使えば、記憶の複製ができる。魂のない死体の中に記憶を入れれば、魔力はないが、身体だけで、記憶に沿った反応をする。

 魂に関する実験は悉く予想外れだった。魂のない身体でも、記憶があれば動く事はある。魂を「物」の中に入れると、その「物」が急に絶滅していた「猫」になって、逃げる事もある。魔力は魂そのものだと思ったが、現代の魔法の行使に魔力を使用する事に対する説明ができない、仮説すら見つからない。


 結局、私は自分が立てた「あの仮説」を検証したが、まだ結論が出せない。なので、次は「魔力ゼロ」の人間を使った実験をする事にした。

 偶然に偶然を重ねて、「夭折子」になると予想して昔に狙っていた魂だが、今も生きている女の子が私の倉庫を「探検」しにきた。

 ダンジョンの開放を一時中止して、彼女達だけを中に入れた。一人ずつに罠に掛けようと思ったが、彼女が怪しげなメガネを出した瞬間、私は未知な悪寒に襲われて、慌てて予定を変えた。

 全員の不意を突いて、彼女だけを攫った。


「違ぅ・・・はそんな・・・望んでなぃ・・・」

 寝言かな?昔は静かに寝る子だったのに。


 籠の中に眠っている彼女を見つめると、まだ赤ん坊の頃の彼女を思い出す。

 前髪を上げて、その可愛らしいお凸にキスする。


「お嬢様。紅葉のお願い、聞いてください」


 私は彼女・守澄(もりすみ)奈苗(ななえ)を攫った。


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