表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/122

第二節 タマ①...学校日常からお嬢様日常

メイド隊全員で九人、その内の三人の紹介+「爺」の紹介。

失踪した人への執着。

 授業というものは大抵眠気を誘うつまらないものである。それは異世界に置いても同じこと。

 最初の頃、俺も異世界知識の異色さに興味を惹き、早苗から色々学んだが、すぐそれが元の世界と大して違わないことに気づき、熱が冷めた。


 例えば「呪文」の授業。

 魔法を使う時に魔力を使用することが肝心だが、呪文を詠まないと魔法を出せない。その「呪文」というものは昔、意味不明の言葉を繋ぎであるが、今はその言葉の意味を取り出して、人々にわかり易くして、しかもほぼ「単語」一つで魔法を使えるようになった。

 このようにすごく簡単そうな授業に聞こえるが、実際は数えきれない「単語」を覚えるだけの授業である。


 例えば「種族」の授業。

 五大王族は「火」の「フェニックス」、「水」の「麒麟」、「木」の「ユグドラシル」、「風」の「八岐大蛇」、「土」の「フェンリル」。

 そして各王族が有する序列一の貴族「三名門」、俺の住んでいる「フェニックス」が収める国では、「ケンタウロス」の千条院(せんじょういん)家、「ユニコーン」の一之瀬(いちのせ)家、「グリフォン」の風峰(かざみね)家。

 「平民英雄」、「常勝将軍」、「不滅の勝利の火」...面白そうに聞こえるがその中身は各種族の特性やら区別方法やらで、まったく面白くない。


 「魔法史」はただの「歴史」、「体強」は「体育」と全然変わらない、「魔理」は魔法理論...

 このように、どこの世界でも授業は面白くないものである。

 だから、俺が今日の授業内容を全く覚えていないのもおかしなことじゃない。



 目が醒めたら昼飯の時間、その次に目を開く時は放課後であった。

 また無意味に一日を費やしてしまったな。


 鞄を手にして、いつものように「サッカー部」の部室に行こうとしたら、ふっと昨日のことを思い出した。

 今そこへ行くと、必ず振ったあの人と会ってしまう。行くのをやめようか。


 サッカー部という名前の部活は、俺の世界の「サッカー部」と少し違う。同じく手を使わないボール競技だが、ボールが地面に落ちたら、その手前にボールに触れたチームが負け。

 空を飛ぶことができるなら、魔法であろうか「種族特性」であろうか関係なく、その人が重宝される。そして「ボール」そのものに魔法の使用は不可。

 つまりこの世界に置いての「サッカー」は空に投げられたボールを手を使わず、地面に落とさずに相手のゴールに入れるという競技だ。


 俺に告白した男子はその「サッカー部」のエースだ。しかも空を飛べない高跳びのみでエースになった男だ。

 俺は最初その躍動感のある競技に魅かれて、練習を毎日見に行ったら、いつの間にかそこの人達と仲良くなって、マネージャーみたいな扱いにされた。汗を拭いてあげることは流石にしなかったが、頼まれてボールを投げたことはした。


 体は非力な女の子である為、ボールを綺麗に投げられない。でもそのエースさんはどんな下手な「投げ」でも、きちんと受け止めてくれる。だから、俺もついつい彼に多くボールを投げた。

 それで勘違いさせてしまったのだろう、俺が彼に気があるだと。


 別にサッカーが好きという訳でもないし、元の世界でも俺はスポーツ少年じゃないし、魔力がないし魔法が使えないから参加することも出来ないし...

 毎日通う理由はないな...

 ...ま、いっか。帰ろ。

 そう思って、俺は自分の下駄箱の前に来た。下駄箱を開けると、そこには俺の靴()()なかった。


 よかった。今日は変なものが入っていなかった。

 高校生になってから、「イジメ問題」も自然消滅した。死んだ動物の死体も入れられなくなったし、靴が盗まれることもなくなった。

 けど、そこに一つ新しい問題が発生した。

 思春期ど真ん中に入った男子達は女子をいじめることがなくなり、代わりに熱烈に求めるようになった。容姿のいい俺はそのターゲットの一人にされた。

 数少ない下駄箱を使っているせいで、その下駄箱にはよく「ラブレター」が入れられるようになった。アニメや漫画のようにこぼれるほど入れられたことはないが、一通や二通くらいならよく入れられていた。


 それを見る度に昔を思い出す。

 昔、友達に進められて、好きな人の下駄箱にラブレターを入れて、その後隠れで、好きな人が手紙を読みもせずゴミ箱の中に突っ込んだのを見たことがある...

 俺はその時から、自分の下駄箱から手紙を見つけると、あの時のあの女と同じように、手紙の封を開けもせずゴミ箱に突っ込むことにしている。それは例え住む世界が変わっても、決して譲れない俺の意地だ。

 幸い最近では、下駄箱に手紙が入れられることも少なくなって、今日のような「ない日」もよく出るようになった。

 また一人の男子の心をズタボロせずに済んでよかった。


「只今戻りましたぜ、お嬢様!」

 声と共に、俺は知らない誰かに後ろから抱きつかれてしまった。

 しかし、俺はすぐに声や行動パターンなどから、その抱きついてきた相手の正体がわかった。


「お帰り、リン。結果はどうだ?」

 俺は自分を「高い、高い」するメイドに問うた。


「もう冷たいな、お嬢様。」

 彼女は俺の言葉を無視し、俺の正面に回った。

「久しぶりに帰ったのだから、少しくらいじゃれ合ってもいいじゃん。ほら、リンちゃんの匂いだぞ、いい匂いだろう!」


 汗臭いメイドが俺を強く抱きしめた。

 残念な胸だが、それでも女の子らしい柔らかさがある。俺はその小ぶりだが自己主張している胸の中に頭を沈められて、匂いを嗅ぐことを強要された。

 彼女の名前は藤林(ふじばやし) (りん)、種族は「バイコーン」、元貴族だ。守澄メイド隊の中で一番早く走れて、主にものの送り受けや伝達・連絡などの仕事を担当している。

 別に女の子の匂いが嫌いじゃないが、抱きつかれることが苦手だ。蕁麻疹が出る。


「離してぇ!」

 俺はメイドを押しのけて、その顔を覗き込んだ。


 一見すれば男にも見える中性な顔立ち、赤の中に二束の金色の「二色髪(にしょくがみ)」、いつも大きく開けて笑う小さな唇、「私」よりちょっとだけ高い身長...

 俺から彼女への評価は「メイド隊の中で最もメイド服が似合わないメイド」だ。

 正直、男の子の格好の方が彼女に似合うのに、本人が女らしさを求めているので、「男の格好をしろ」とかも言いづらい。


 俺に押されて離されてしまった彼女は少し残念そうな顔を見せた後、すぐ俺から離れて、いつも通りの笑顔に戻った。

「では、早速結果を報告致します。」

 彼女は一歩を引いて、俺に向かって一礼をした後、ゆっくり口を開いた...


「本当に聞く?」

 が、「報告」していない。


「いいから、言え。」

 俺は催促した。


 彼女の態度から、何となく結果は想像できる。

 それでも、俺は...


「成果なし。何も得られませんでした。」

 彼女は重たい音色を出した。


 ...そっか、今回も「外れ」か。


「ありがとう、リン。ご苦労だった。」

 俺は彼女の手を握り、曲がっている彼女の体を起こした。


 彼女のことを俺は「リン」と呼び、将来の主人という立場を使って彼女を色んな所に行かせている。彼女の足のお陰で、俺は得た情報の信憑性を最速で確認できる、とても頼りにしている。

 ...足の速さに関しては...


「さ、もう帰ろ。夜までまだしばらく掛かるので、『セバスチャン』の所で少し茶菓子を楽しもう。」

 俺はリンの手を放さず、庭に行こうとしたが、リンの方は少し嫌がっていた。


「お嬢様。『(じい)』の所に行くのか。」

「そうだ。」


 セバスチャンは名無しの「爺」のあだ名だ。命名者俺、なんだか「セバスチャン」っぽいだから...

 リンは「トイレ」を我慢しているかのように、体をクネりながら、「オレは別に茶菓子が欲しくないので、行かなくて...」と言い出した。

 それに対して、俺は「駄目。」とすかさず言い、きっぱりその願いを切った。


「苦手なものを克服する努力をしろ。」

 容赦なく、俺は彼女の小さな抵抗を無力化した。


 リンはセバスチャンが苦手だ。

 理由はわからないが、リンはいつもセバスチャンを避けて仕事をしていたので、何となく彼女がセバスチャンに苦手意識を持っていることがわかる。


 ボーイッシュの女の子は本物の男が苦手なのかもしれない。

 因みに、彼女は「オレ」という第一人称を使っているが、正真正銘女だ。それは俺が一緒にお風呂に入る時にしっかりと確認した。


 しっかり、確認した!

 心の中で世の男性達に親指を立てた。


「お、お嬢様!実は今回、お土産を持って帰りましたよ。」

 俺に引っ張られているリンはいきなり関係ない話をした。


「ほ~、なんのお土産。」

「マカロン!...です。」


 マカロンか...女の子の好きそうなものだな。

 昔は苦手なものなのだが、今は結構好き。


「いいね、じゃそれを持ってセバスチャンの所へ行こう。」

「え?いや、その...オレの部屋にあるので、オレの部屋で食べよう。」慌てるリン。

「そか、じゃティータイムが終わったら、お前の部屋へ行こう。」

 俺はやはり嫌がるリンを連れて、セバスチャンの所へ参った。


 リンは気づいていないっぽいんだが、俺はそもそもリンの嫌がる顔が見たくて、リンを苦手のセバスチャンの所へ連れて行こうとするのだ。何回も一緒に行っているのに、毎回嫌がるのもおかしいなことだから、その「仕組み」を解き明かすべく、機会があればリンをセバスチャンに会わせる。

 最近小賢しく知恵を付けたが、よく物で俺を釣ろうとするが、チョイスがイマイチだし、その「モノ」も段々贅沢になっていくから、逆に「今回ダメ出ししたら、次に何が出てくるだろう」と楽しみになってしまってるので、やはりセバスチャンの所に連れて行こうとする。

 か弱い俺を突き飛ばせば簡単に逃げられるのに、それをしないのはリンの優しさだろうか、給金を貰っている身だからだろうか。


「あらあら!こんにちは、お嬢様、凛ちゃん。今日もご機嫌麗しゅう。」

 笑顔を絶やしたことがないお嬢様っぽい挨拶するメイドは(やなぎ) 玲子(れいこ)、リンと同じく元貴族の、「アイギス」だ。

「逢えないかもしれないと思ってましたが、いらっしゃいませ。」

 目が小さいからか、いつも閉じているように見える。朝の俺と同じく白い髪をしていて、「ミディアム」というヘアスタイルを好む。長い手足を白いワンピースで被せ、少し出ている肌が男の妄想を掻き立てる。

 そして、巨乳...


 ワンピースを着ているということは、今日「非番」か。

「こんにちは、『お嬢』。非番なのに、どっかに遊びに行かないの?」

 俺はその喋り方から彼女を「お嬢」と呼ぶが、本人はそれを嫌がっている。


「あの、お嬢様。お嬢様が使用人を『お嬢』と呼ぶ事は皆々様に示しが付きませんので、できればやめて頂けると助かるのですが・・・」

 柳さんは本当に困っているようだ、いつもの笑顔も少し引き摺ってしまっているくらい。


「わかったわ、考えておく。」

 俺は応えた。


 ...直す気全くないけど...


「それで、オジョウ。私の質問にそろそろ答えてくれない?」

「また『お嬢』を言った」とでも言いたげな顔を見せて、柳さんは俺の質問を優先した。

「『なんだかんだ』、ここが一番落ち着きます。」


 俺の言語レベルに合わせて、柳さんはあんまり使わない言葉を使った。

 ちょっとムカつきます。♡


「あの、お嬢様。玲子殿がいるなら、オレは先に失礼しても...」

 柳さんがいることをチャンスだと思ったリンは恐る恐るに俺に尋ねた。そんなリンを見て、俺がイジメない訳がない。

 わりぃ、リン子。さっき一瞬「ムカついた」ので、そのまま君にぶつけるね。


「勿論駄目だよ~。」

 俺は花が咲いたような笑顔を見せた。

「私はリン子とも一緒にティータイムを楽しみたいんだよ。勝手に帰ったら、私、悲しいよ。私を悲しませたくないでしょう?」


 俺の言葉を聞いて、リンは死刑宣告前の死刑囚のような諦めの顔で俺の傍に座った。


 しかし、リンは俺が「リン子」と言った瞬間、体を小さく跳ねたし、「諦め顔」もその時から成り始めたことから考えると、俺がリンをいじめる時に、よく「リン子」という呼び名に変えることがリンに気づかれたようだ。

 イカンな。仲良くしすぎると、俺の「腐った人格」がばれてしまう。警戒されてしまう!

 ...その時、警戒しても避けられない「イジメ」をすればいい。


「では、『爺』を待っている間に、一曲お弾きしましょう。」

「いいのか。別に私に気を配らなくていいよ。」

「これは(わたくし)の趣味でもありますので、弾かせてください。」


 そこまで言うのなら...

 ......


「...ありがとう。」


 ...今は非番の彼女に確認するのはやめよう。

 柳さんは「開いて」と言って、魔法で竪琴という楽器を出した。軽く調整した後、いざ始まるという時、彼女はいきなり俺に声をかけた。


「すみません、お嬢様。ご報告できることはございません。」

 そう言い終わって、彼女は演奏を始めた。


 彼女の気遣いには本当に敬服する。俺が聞きたくて聞けないことに気づき、答えてくれる。元貴族とは思えない空気の読める人だ。

 元貴族であることもあり、彼女には魔法の才能がある。特に「障壁系」の魔法が得意とする為、全敷地の守りを任されている。


 ...因みに、柳さんの「巨乳」は魔法の仕業...

 そして、彼女自身には人に見えない「魔法の所蔵庫」があり、様々なものを中に入れて、いつでもどこでも取り出せる。

 若い頃に「羊飼い」のアルバイトしたことがあり、その時に音楽に興味が沸いて、よく人前で演奏することがある。その演奏レベルは俺が聞いた時からすでにプロ級なので、「メイド二人が付き添い(ふたり・ひとり)」の時、屋敷を出ても庭までしか行けないあの時期に、彼女の演奏を聞きながらセバスチャンの入れた紅茶を飲むのが最大の楽しみだった。俺はそれを「ティータイム」と言い、本当にどっかのお嬢様のように「お嬢様生活」を堪能していた。

 今となっては柳さんもすっかりそれに慣れてくれて、庭で俺と会うと必ず何曲を弾いてくれる。非番の時でも、「仕事」の時でも...


 ...仕事の時は仕事しようよ...


 そうしている内に、いつの間にかセバスチャンがこちらに向かってきた。

 喋れないセバスチャンは必ず俺に見えるように真正面からくる。その180㎝の体に真っ黒な執事服を着けたら、音を出さずとも、存在感を発せる。

 屋敷に最初にいたのは「私」と何人のメイドだけ。だけど、いくら人の強さは「種族」に左右されても、同じ種族なら基本男が女より強い。

 その為、女性しかいない屋敷はとても危険だと考えたお父様は、先代から仕えてきた「爺」を執事として屋敷で働かせた。


 初老に見えるが、「爺」は今年で80歳だ。いくら衰えていなくても、とうに定年退職してもいい年だ。

 にも拘らず、「先代への恩」とかでまだ働いているが、お父様の仕事場のレベルに合わせなくなりそうだったので、屋敷の用心棒に「転職」させられた。

 喋れない「爺」を虐めているじゃないかと思っていたけど、どうやらすでに「テレパシー」の魔法で「爺」の意志を確認済みらしい。


 俺は魔法を使えないし、魔法をかけられると死ぬ目に遭うので、一度も「爺」の声を聞いたことがないが、かなり渋いらしい。


 全身を執事服で隠している「爺」は手まで白い手袋で隠していた。前に一度見たことがあるが、その服の下には魚の鱗で負われていて、多分「爺」の人に見られたくない「神と違う部分」だろう。

 執事姿の「爺」は同時に凛々しい顔立ち・白髪・白い髯を持っている為、なんだかすごい有能な執事に見える。

 実際は有能で気遣いも完璧だし、さらに「クロコダイル」という「要人守護」特化した一族である故、戦闘力も高そうだから、俺は「爺」に「セバスチャン」というあだ名を付けた。


 セバスチャンは俺とリン、そして少し後のことになるが、柳さんの手前にカップを置き、そのまま紅茶を入れた。喋れない為、魔法を使えない彼はいつも一度厨房へ行って、そこのティーセットを取ってからここへ来る。

 一緒にいるメイドがリンじゃなくて別の子なら、手伝いに行かせるが、リンは逆に緊張して邪魔してしまいそうだから、今回は誰もセバスチャンの手伝いをさせていない。

 だけど、それを全く気にせず静かに紅茶を入れるセバスチャンは実に渋い!惚れちまいそうだ!


「ありがとう、セバスチャン。いつも美味しいね。」

 一口紅茶を啜って、俺はセバスチャンに礼を述べた。今回の紅茶は俺の一番好きな香の強いダージリンの一種、名前は......重要じゃない、美味しい茶葉だ。

 セバスチャンは一礼をして、そのままテーブルの傍で立ってていた。

 かっこいいな...


 隣のリンの方へ視線を向くと、そのリンは緊張で汗がたらたらと流していて、とても紅茶を飲める状態じゃなかった。

 面白いけど、ここまでくると流石に可哀想だ。


「『御機嫌よう』ですわぁぁぁ~」

 リンに何か話をかけてその緊張を解そうとしたが、またもやいきなり誰かに後ろから抱きつけられた。

「待ってましたわよ、お嬢様!何で屋敷に帰らずにここにいるのです?」


 モモだ。


「『御機嫌よう』、モモ。今日も一日ご苦労様。」


 遠くに居ても俺の周りを見張られる二人のメイド、その中の一人がこの高村(たかむら) 桃子(ももこ)、平民の「ラビット」だ。

 最も高く跳べる種族である為、太くないその綺麗な両足だが、見てわかるほどに筋肉が付いている。

 兎の耳と尻尾を持っている彼女は「守澄(もりすみ)」の敷地内なら、どんな音でも聞き取れる。

 ...兎の耳は飾りだけど...


「いやだわ。全然疲れておりませんわ。今日のお嬢様の噂もとても楽しかったわよ。」

 頬で俺の顔を擦りながら、モモは興奮気味で語った。

「知ってるお嬢様?最近男子生徒の間に、新しい女子ランキングができたわよ。それが何なのかは知りたくありません?」


 男子の間で、「女子ランキング」か。

 つまり女子には知られたくない裏ランキング、「一番お嫁さんにしたい女の子ランキング」とか、「彼女にしたい女の子ランキング」とか、そういうものだろう。


 俺、一度そういうランキングの投票に参加しようとして、「ねぇねぇ、学校内で一番おっぱいのでかい女の子は誰なのか、知らない?」と言って、男子の輪に入ろうとしたが、女子だから「シッ、シッ」と追っ払われた。

 まぁ、認めよう、やり方が悪かった。

 男なら結構さりげない「入り方」なのかもしれないが、今は女の子、昔と同じやり方で入れる訳がない。

 だけど、した。深く考えずにした。その所為で変な空気に変えてしまった。男子のみんなは俺の胸をチラ見しながら、恥ずかしそうにしていたし、女子達から白い目で見られた。


 正直、俺はその時初めて、自分が「女子」であることを意識した。意識して過ごすようになった。


「...興味ないね。」


 女子らしく、バカな男子のバカなことに首を突っ込まないようにした。

 しかし、聞きたい!ランキング上位の女の子の名前くらいは聞いておきたい!


「お嬢様って、本当に同年代の男の子に興味がないわね。」

 モモは俺を放し、リンのいない俺の隣に座った。

「最近、お嬢様は異性に興味ないじゃないかって噂になってますわよ。」


 失敬な。俺は普通に「異性」が好きだよ!

 ただ俺にとっての「異性」は「女の子」なんだけど...


「あ、そうそう。昨日お嬢様が振った男の子、今日欠席したよ。」

「そう。」

「これで五人目ですよ。しかもみんなかなり『レベル高い』イケメンだよ!はるかちゃんは怒ってましたわ、『自分だけいい思いをしてる』って...」


 あの「痴女メイド」はそんなことを言ってたのか。正直、意外だ。


「モモ、あのスケベ女に伝えて。

 くれぐれも、屋敷に住んでいる男子達だけで満足しておけ。バレたら本当にヤバイから、危険性を高めないでくれ。OK?」


「オーケー!」

 モモがセバスチャンから紅茶を受け取り、俺に教わった「OK」の手の形を見せた。


「でもお嬢様、本当に男に興味はないのか。」

「ううん...」


 別に興味なくはないが、「持ち」方が違うんだよな。

 答えない俺を見て、モモはため息をした。


「新しいランキングは『一番告白したくない女の子ランキング』ですわ。そこでお嬢様が一番です。」

「え?何で?」


 別に悪いことをしてないはずだが...


「だって、お嬢様はかなり酷い振り方をするではありませんか。」


 そうなの?

 モモは俺に向けて人差し指を立てた。


「一回目、相手に『え、ごめん。興味ない』って言って、そのまま去ったわ。」


 あの時は大して考えていなかったから、「気楽に」振った。


 モモは中指も立てた。

「二回目、『嫌だ』とだけ言って、やはりそのまま去った。」


 どっかのボンボンが「僕と結婚したら、みんなから羨ましがる。家柄考えれば、この結婚もお互いの家にとってプラスになるはずだ」とか言うから、「ギャルゲーでよく見かけるバカライバルキャラだ」と思ったし、自分の大嫌いなキャラクターだから、容赦しなかった。


「三回目、いい雰囲気だから『絶対くっつくな~』と思ったら、まさか笑いながら『ごめん、それ無理』と言って断った。」

 いつも冗談を言い合っていた仲のいい男子だから、自分にその気がない初めての男子の友達だと思ったから、あの告白も冗談だと思った。「何ふざけてマジメな顔をしてるの」とか思っていたので、つい...


「四回目、『悪い、そういうお遊びに付き合う気はない』と言って去ったわ。何かあったのです?」

 あれはちょっと特殊でな。一人の男子が告白してきて、何人の男子が隠れていたので、「罰ゲーム」的なものだと推測できる。

 だから、俺は自分がダシにされたことに頭にきて、告白した男子に同情せずにぞんざいに扱った。


「そして昨日の五回目、少し丸くなったと思ったらいきなり『好きでもない奴と付き合えない』と言った。相手の男子今日欠席したわよ、お嬢様。」

 酷いじゃないか、とでも言いたげな顔を見せたモモ。


「へぇ、そう。」

 俺は紅茶を啜った。

 モモが「お嬢様は本当に男の子に興味ありませんわね」と呟いて、静かになった。

 ...

 ......

 しまった!誰も喋らなくなった。

 よく考えると、今ここに揃っているキャラ達の相性がちょっと悪い。


 セバスチャンは喋れない。

 オジョウは基本一歩下がって高みの見物。

 よくオジョウの世話になっていたリンはセバスチャンが居たせいで全く喋らない。

 普段から人をおちょくるモモはオジョウに勝てない、セバスチャンに無視される、今のリンからも良いリアクションを得られない。

 その結果が今の沈黙...

 辛い...

 誰か助けて...


「あぁ、その、お嬢様!」

 この沈黙を打ち破るべく、モモが真っ先に発言した。


「お嬢様が男に興味ないのはよ~くわかりました。ではお嬢様は何に興味あるの?」

 モモは他の三人と喋らず、俺にだけ声をかけた。

 なんだかんだ言っても、モモは「私」の方とは仲がいいからな。

 しかし、俺の興味のあること...

 ......


「モモ、タマに関する新しい情報はないのか?」

 俺の言葉を聞いて、モモは口を噤んだ。

 タマ、猫屋敷(ねこやしき) 玉藻(たまも)は「ケットシー」の元貴族で俺の専属メイドだった人だ。その人は俺が一番危ない時に居なくなり、未だに行方を知らず。

 実は、今の俺達にとって最も重要なことは失踪した彼女の行方だが、誰もが俺に気遣いをして、あまり彼女のことを喋らない。特にモモは彼女の親友でもあり、最初こそ失踪した彼女の情報を手に入れるとすぐに俺に報告するけど...最近、その情報の量も少なくなり、モモから積極的に教えることもなくなった。


「一昨日、全国最後の二区の警察に念話(ねんわ)しましたわ。でも、玉藻ちゃんらしき人物はいませんでした。」

「そう・・・」


 この世界にも警察組織があるが、それは国の作った組織ではない。

 昔、とある貧乏貴族が金策に走る時、お金持ちの用心棒ではなく、一定範囲の人々を守り、その人達から少しだけお金をもらうようにした。その範囲がどんどん広くなり、「守る」の範囲も大きくなり、地域の治安維持までに変わった。

 そこで、各地の貧乏貴族達がその真似をして、いつの間にか国中のどこにもあるものに変わった。


 だからこの世界の警察組織は謂わば民間企業である。お金がないと維持できないし、市民の支持がないと存続できない。

 それでなのかな?例え同じ国の中にあっても、各地域の警察は連携が悪い。失踪者が出てもなかなか見つからない。

 それでも、流石自分達の住む地域なら情報は早い、こっちが人を送らなくても情報が入ってくる。残りはモモ達が実際足で各警察組織へ行き、タマに関する情報を聞きまわした。それらしき人物が居たら、すぐに俺に情報が来るように「お願い」したし、すぐにリンをその区域に行かせて、真偽を確かめてきた。


 だが、残念なことに、リンに確かめてもらった情報は全部「ハズレ」だ。もはや「タマが居る」という情報を得られそうなのは後二区だけだけど、その最後の二区の警察から「いない」という返事が来たということは...


「やはり玉藻ちゃんは、もう居ないのかな...」

 オジョウの呟き...


 タマの出国記録がないので、国に出たのはあり得ない。その場合は最も考えられる可能性は「猫屋敷(ねこやしき)玉藻(たまも)は死んだ」というものなのだが、誰もがそれを考えないように一所懸命タマを探した。

 でも、いい加減に現実を受け入れよう。


「リン。」

「は、ハイ!」


 いきなり呼ばれたことで、リンは驚いて、少し裏声を出して返事した。

 一瞬その慌てっぷりに可愛いと感じたが、それを人に気づかせず、話を続けた。


「メイド隊のみんなの資料を持ってきてくれない。」

「え、はい!かしこまりました!」


 セバスチャンから離れるからか、リンは少し嬉しそうな声を出して、庭から走り去った。

 タマ、君は本当に死んだのか?

 ・・・・・・

 例え死んだとしても、その死体を必ず見つけ出してやる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ