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第八節 予想外②...心の読める者

体が女、心が男。それは言わば、一種のオネエなのではないでしょうか?

 再び目を開けた時、恐らく昼前であろう。

 日出と夕方のそれぞれの僅か十分以外、明るさが全く変わらないんだ。だから、仕事しない太陽を見ても、時間なんてわからない。

 でも、俺は外のバタバタしている足音から、「恐らく客のいない内に部屋掃除をしてるんじゃないか、ならば今は昼前じゃないか」と、今が昼前だと推測した。


 そして、今俺の部屋にいるのは、ヒスイちゃん一人だけ。俺の世話をしていて、そのついてに部屋の掃除をしていた。

 可愛いな、ヒスイちゃん。小さいのに、健気に働いている。

 その時、俺は机を拭くヒスイちゃんの腕に違和感を感じた。


 なんだ、あれは?傷?


「ひっ」

 小さな悲鳴を上げて、ヒスイちゃんは腕を隠した。

 もしかして、俺に見せないように腕を隠したのか。

 でも、どうやって俺の目線に気付いたのだ?

 ヒスイちゃんはまだ一度も、目を開けた俺に気付いていない筈なのに...


「...」

 ヒスイちゃんを呼ぼうとしたら、声が出ない。

 めんとくせぇな、この体。

 むかつく...


「ヒスイちゃん」

 無理矢理、声を出させた。

 なんだ、やればできるじゃん!


「守澄様?」

 ヒスイちゃんは俺に視線を向けた。


「何かご用命でしょうか。」


 ご用命?「ご用命」ってどういう意味でしょう?

 まぁいい、気にしないことにする。


「ちょっと、その右腕を見せて」

「腕ですか。どうしてでしょうか。」

「見たいから。いいから、袖を上げて」

「...わかりました」


 ヒスイちゃんは素直に右腕を見せてくれた。

 小さなお手々に白い肌、とてもぷにぷにして、触れば弾かれるような気がするが、俺が見たいのはそんなものじゃない。


 おかしい。

 俺は確かに、この腕にある深い傷を見た。

 なのに、今はなにもない。

 俺の見間違い?


 俺は無理矢理に自分の体を動かして、ヒスイちゃんの右腕を掴んだ。

 次の瞬間、激しい熱が体を巡り、何かを体内から喉まで押し込んだ。

 俺はそれに耐え切れずに、口を開いてそれを吐き出したら、布団一面を血まみれにしてしまった。


「ひっ、守澄様!!!」

「けほっ、けほっけほっ、けほっ、けほっ」

「す、すぐに人を呼んできます!」

「行くな!けほっ、けほっけほっ...ここに居ろ!」

「...はい」

 ......


 咳が止まってしばらく、俺はずっと仰向けのままだった。

 隣にいるヒスイちゃんはどうなっているのかはわからないが、ずっと隣にいることはわかる。

 そして、ようやく息を整えた俺は、ヒスイちゃんに問いかけた。


「魔法を使った?」

「!」


 意外と簡単に声が出た。

 血を吐いたばかりなのに、先ほどより元気になっていた。


「わ、(わたくし)は魔法など使っておりません!どうしてそのようなお疑いをお持ちになってしまわれましたのでしょうか。」


 あかあおあにき...

 俺はヒスイちゃんが何を言ってんのかがよくわからない。

 だけど、返事が「はい」でも、「いいえ」でもない時点で、ヒスイちゃんが魔法を使ったことはもはや明確、俺の推測が正しかったということになった。


「ひ、ヒスイは、そんな...わざとでは!...」


 ヒスイちゃんが怯えていた。

 何故?

 まさか!

 俺は人を虐めるのが趣味だから、偶に邪悪な笑みを浮ばせたことがある。

 そして、今まさにヒスイちゃんを虐める機会が訪れた瞬間だから、知らず知らずに笑っていたのか。

 いかん、耐えろ!今はまだその時じゃない!


「ごめん、ヒスイちゃん。別に怒ってないから。だけど、何の魔法を使った?」

「それは、その...」


 ヒスイちゃんは口を籠って、俺の質問を答えようとしない。

 その行動から、「何か言えない理由があるかも」と思った。


「理由なんて...ありません」


 む?

 今、俺は考えてることを口に出した?


「守澄様、ひ、ヒスイはまだ、仕事が...」

「後回し」

 容赦なく逃げようとするヒスイちゃんを引き留めた。


「ねぇ、ヒスイちゃん。もう諦めて、本当のことを言ったら?」

「...」


 どうして俺が根拠なしに自信満々できるかというと、とても簡単な推理だ。名探偵じゃなくても推理できるような簡単な...いや、違うな。これは今の俺にしかできない推理だ。

 俺は魔力耐性ゼロだということを早苗から教わった。しかし、その早苗も別に俺のことを知り尽くしているわけじゃない。

 早苗は俺じゃないから。

 ただ、俺の体に何かの異変が起きる場合、大体は「魔力耐性ゼロ」という体質に関わっているので、急に吐血した原因は「魔法」だと予想できる。その場合、魔法を行使した人は、俺が触ろうとした腕の主・今ここにいて唯一魔法を使える人、「ヒスイちゃん」ということになる。

 俺が見間違いかもしれないと思っていた腕の傷、ヒスイちゃんの不可思議な行動、それらによってヒスイちゃんが使った魔法を推測すると...

 恐らく傷を治療する魔法か、腕の異状を隠す幻惑系の魔法だろう。

 さらに、ヒスイちゃんが話だからないことから考えると、一番考えたくない可能性は...


「虐めに遭ってるのか。」

「!」

 ヒスイちゃんは俺の言葉に驚き、狐につままれたような顔を見せた。


「守澄様も人の心が読めるのですか。」

「いや、読めないけど?」


 待て...「も」?


「ヒスイちゃん。読心術を使える知り合いでもいるのか。もしくは...」

 読心術を使えるのか。

 まさかな...


「守澄様は例え魔法を使えなくとも、人の心を読めるのですね」

 ヒスイちゃんはようやく諦めて、本当のことを語ってくれるが、彼女が語った言葉はあまり気分のいい話ではない。


「ヒスイは...虐めを受けています。守澄様の想像した通りです。腕の傷...今は幻影魔法で隠しているが、その...」

 ヒスイは軽く自分の右腕を叩いた。

 すると、そこに数本赤い痣が現れた。


「先輩は、『ヒスイは人の心を勝手に読む悪い子ですから、躾をしないと駄目だ』って。毎日出勤する『仲間』の数と同じ回数で、鞭でヒスイの腕を叩きます」

「......」


 俺は知っている。世の中にはこういうくだらない理由で人を虐める人間がいること。

 そういう奴は基本自分より弱い奴を虐め、自分より強い奴に媚びる。

 個人的には二番目嫌いな人種だ。


「女将はこのことを知っているのか。」

「......」

 ヒスイちゃんは何も答えない。


「ヒスイちゃん?」

「女将さんは、ヒスイに居場所をくれました。その『居場所』の住み心地は女将さんの管轄外だそうです」

「なにそれ!?そんな無責任...!」

「仕方ないのです。ヒスイは『サトリ』、人から最も嫌われる種族ですから」


 さとり?「さとり」ってなんだ?


「守澄様は『サトリ』をご存知ないのですか。」

「えぇっと、あれでしょう?飛べる種族でしょう?」


「さっ鳥」、なんちゃって...

 ...寒ッ...

 俺、恥ずかしい奴だな。


「そのぉ、申し訳ありませんが、『サトリ』は鳥ではありません。『サトリ』は心を読める人種です」

「心を読める!」


 そうか!「悟り」か!

 人の心を読める。

 なんて...なんて面白そうな種族なのだろう!


「面白い?」


 やべぇ、心を読まれた!


「!ご、ごめなさい!」

「あ、いや。別に怒ってる訳じゃないんだ」


 確かに。読まれたくないことを抱えている人にとっては厄介なものだが、味方にすれば、「喋らないでください」と頼めるし、何より、「心を読める」という特殊能力を持つ人間は弄りやすい。


「あ、あの、守澄様?一体、何を...?」

「心を読めるでしょう?だったら、私が何を考えているのかは、分かるよね」


 ヒスイちゃんを味方に引き込み、心を読ませて虐める。

 だけど、この「虐め」は「痛めつける」じゃなくて「可愛がる」。体を傷痕が残るほどに痛めつけない、心に癒せない深い傷を作るほどに責めない。

 可愛い女の子は幸せになるべきだ。


 でも、その前に...

「ヒスイちゃん。旅館で働くのは辛くない?」


 ヒスイちゃんは少しの間に口を噤んだ。


「ヒスイは...何もできないから。勉強も、運動もできない。人ともふれあえない。だから...ですから、言われたことをするしか...」

「そんな!?両親は...知識、教える人は居なかったか。」


 うっかり「両親」という単語を口にしたが、恐らくもういないでしょう。

 居たら、幼い子供に働くに行かせるはずがないから。

 あぁ~今考えたことも、ヒスイちゃんに丸わかりでしょう。

 こんなことで、ヒスイちゃん(この娘)を傷つきたくないのに...


「守澄様。『サトリ』は、もうヒスイ一人しか、いません」

 ヒスイちゃんは悲しげに苦笑をもらす。


 一人しかいない...絶滅種!

 ヒスイちゃんは早苗と同じなのか!?


「ヒスイちゃんの苗字は?」

「もう......捨てちゃいました」


 笑顔で答えるヒスイの目から、止まらずに涙が流れて来た。

 学校に通ったこともない、まだ小学生位の女の子が、親族どころか、同じ人種の仲間すらいない、一人ぼっち!?


「本当なのか。実は他の国に生きている同類とか、いるかもしれないと、思ったことないか。」

「『サトリ』、ですから...分かるのです」


 何が分かるか、聞くまでもない。

 ......

 絶滅種と言っても、同じ人種の人間が生まれることはないだけで、その数は決まっていない。他の人種と結婚して、友達を作って。同じ人種の女の子も、十人二十人もいる場合が殆ど、一人しかいないことは基本ない。

 ...「絶対」ではない...

 嫌われている人種と言えば、代表として彩ねーのような「クローン」が挙げられる。でも、彩ねー達は数が少ないが、助け合って、大家族を作り、一緒に生活している。

 ...助け合える人すらいなかったら...


「ヒスイちゃん。今日から、私の妹になりなさい」

「うぇ?」

「私、ずっと前から、妹が欲しかったんだ。まあ、いるらしいけど、全然会えなくて・・・」


 会う理由がないから。


「そして、ヒスイちゃんのような可愛い女の子が妹になってくれたら、『最高だな』と思うんだ!私の心が読めるなら、私が言っていない方の『狙い』も、分かるよね?」


 俺はヒスイちゃんを同情している。

 俺は「サトリ」を残して、その力を利用しようとしている。弱者を助けて悦に浸りたい。

 俺の役に立たなくてもいいから、ヒスイちゃんに生きていて欲しい。小さくて可愛くて、抱きしめたくなるから、可愛い小動物みたいから、ちょっとだけ俺のことに怯えているっぽいから・・・


「守澄様、考えていることが少し怖いのですが・・・」

「そう!そこが良いんだよ!」


 怖がっている顔が最高だ!

 あぁ、ダメだ!こんなことを考えたら、ヒスイちゃんを妹にできなくなる!それは嫌だ!嫌だよ!

 無心!無心にならなくちゃ・・・


「守澄様。守澄様に悪意がないことは、ヒスイはよく分かります。ヒスイは『サトリ』なので、感情も分かるのですよ」

「そう?じゃ、殆どが悪意のない事も分かるよね?」

「『悪意』?すみません、悪意は感じられませんでした」


 あれ?悪意がない?俺、悪いことも考えたような気がするんだか。

 きっと、ヒスイちゃんが純真すぎて、本当は「悪意」という言葉がよく分かっていないんだ!


「違います、守澄様。ヒスイは『悪意』を知っています。『サトリ』にとって『思考は文字・感情は色』なのです。『悪意』の色はよく知っています。守澄様の心の中に、『悪意』はありません」

「そうなんだ」


 意外と自分の事は自分ではよく分からないものなのだろう。


「で、返事は?『はい』か『分かった』か、好きな方を選んで」

「えっと、ヒスイは・・・ヒスイなんかで良いのでしょうか?ヒスイは『サトリ』。『サトリ』を抱え込むと、色々な・・・えっと、『悪い事』が起きると思います」

「私は、お嬢様だ!」


 この世界で一番お金持ちの家の跡継ぎ。どんな問題が起きても、お父様に頼んで金の力でねじ伏せる!


「ヒスイちゃんは私を都合のいい金づるだと思って、私に頼って良いんだから。私の権力財力(ちから)を自分の為に使って」

「そ、そこまでヒスイの事が・・・」

「『サトリ』のヒスイちゃんにはきっともうばれているだろうが、私、ヒスイちゃんが可愛いから、こんな事を言ったんだ。可愛くなかったら、言わないかもしれない。だから、そんな酷い私を利用するのは、まぁ、『正義』だよ」

「守澄様はそういう人ではありません」

「いや、それは分からないよ。心を読めても、人を知るには時間が必要だ。意外と、私はそういう悪い人なのかもしれないよ。どう?知りたくない?」


 俺の妹になって、時間を掛けて俺を知るという意味だ。


 ヒスイちゃんは少し考えて、そして、意を決して俺を見つめる。


「守澄様は人に触れないのですか?」

「む~、長時間はダメだな。頭がおかしくなるので」


 魔力が殆どない人なら全然余裕だ、例えば、幼馴染のあき君とか。でも、魔力のある人はダメだ、固有魔力が高ければ高いほど、俺への影響も速くなる。その点に関して、普段魔法をよく使うかどうか関係ないみたいだ、例えば、後20年で居なくなるセバスチャンとか。

 あの時は驚きだったんだな。まさかセバスチャンに肩車をしてもらっただけでテンションがおかしくなるとは、思ってもみなかった。子供の頃に何回しか乗れなかったあの肩車、それをもっと楽しみたくて、適合者を探していた。そして、今の「私」を肩に乗せても平気そうで、それで肩車をさせてくれるのはセバスチャンだけだと思って、思い切り頼んでみたら、まさかあんなことに・・・くそっ!


「肩車・・・楽しそうな『行為』ですね」

「そうよ、楽しい。特に身長のない小さい頃は最高だった。巨人になれた気分だ!」

「巨人?守澄様はやはり、今の自分の身長が不満ですか?」

「いや、そんなこと・・・」


 あるな。

 今の俺は基本顔を上げて人と喋る。俺と喋る人にとっては「上目遣い、最高!」とか思って楽しいだろうけど、俺は首が凝るや肩が凝るやで大変なんだよ!


「くすっ、守澄様は面白い人ですね」

「面白い!?」


 失礼な!俺はかっこいい人なんだ!


「ごめんなさい。ヒスイはいつも人の心の声を聞いているので、それで守澄様が面白い人だなと思ってしまって、くすくす」

「なるほどね。でも、どこがどう面白いんだ?自分ではよく分からないんだが・・・?」

「守澄様の心はいつも三人が住んでいます。一人目は物事をそのまま喋ります。二人目は必ず一人目の言葉と反対な事を言います。三人目は二人の言葉の正否を判断し、二人にツッコミを入れます。この三人の会話劇が面白くて、好きです」

「むっ」


 何でそれに気付けたんだ?


「ひっ、す、すみませんでした!ヒスイは、また・・・」


 ヒスイちゃんが急に頭を下げて謝ってきた。全身が震えていて、酷く怯えた様子だ。


「ひ、ヒスイは、聞こえてしまうのです。聞こえて、口に出して、そして、怒らせて・・・すみません。ヒスイのこと、嫌わないで、ください」

「いや、いやいやいやいや!嫌わないよ。嫌わないから、そんなに怯えないでよ」


 心を読む・・・それは他人の考えを覗き見る行為である。人に嫌われるのも容易に思いつく。

 俺は、先ほど一瞬怒りを覚えた。とても短い一瞬で、止める暇もないほどに早く終った小さな怒り。それにすら感じ取れるとは思わなかった。

 ヒスイちゃんと一緒に生活する事となると、俺の心が常にヒスイちゃんに筒抜けになる。少しでも、例え人に見せないように隠しても、怒りを覚えたらヒスイちゃんを怯えさせてしまう。ヒスイちゃんに怯えさせたくないなら、どんなことに対しても怒らないようにならなくてはならない。

 ・・・無理だな。


「ぅぅ・・・無理、ですね」

「無理だ。私が疲れる」

「ふぇぇ・・・」


 ヒスイちゃんが泣きそうになっている。

 ヒスイちゃんは可愛いな。「サトリ」だから、ヒスイちゃんは人の心が簡単に読める。でも、素直な性格のようで、ヒスイちゃんの心も俺に簡単に読まれてしまう。


「ヒスイちゃん。私の妹になりたいでしょう?」

「ぅ、守澄様はとても賢いお人ですね。そうです。ヒスイ、恥もなく自分の将来を守澄様に頼りたくなっております。叩かれるのも嫌ですし、『贅沢』というものもしたいのです。そして、守澄様の思ったとおりに、ヒスイは、一人きりは嫌なのです」

「はぁ、可愛いな。やっぱり可愛い!自分に正直で、欲深い自分を嫌と思っていて、素直で、臆病者で、小さくて、小動物のようで、可愛くて・・・」

「も、守澄様!もう、虐めないでください」

「ヒスイちゃん、もっと強くなれ」

「ぅぅ、他の人なら、きっと訳がわからなかったのでしょう。でも、良いのですか?ヒスイは『サトリ』ですよ」

「聞かなくても分かるでしょう?そして、私はヒスイちゃんの為に、ある程度自制もするよ。あくまで無理のない範囲で。なので、どちらかというと、ヒスイちゃんの方が大変でしょう。他人の心に耳を傾けずに、自分の言いたいことを言い、やりたいことをやる強さを持ちなさい。そうしないと、私との生活は大変だよ」


 あくまでヒスイちゃん自身に決めてもらわなくてはいけない。自主的に俺の妹になって欲しい。

 もしなってくれなかったら、どうしよう?監禁?


「な、なります!守澄様の妹になります!監禁は、嫌です」

「あはは、ごめん。意地悪なことを考えた。でも、一緒にいる人が私でも無理と感じていたら、ヒスイちゃんは今後、誰とても仲良くなれない」

「っ」

「だから、断っても、無理矢理ヒスイちゃんを妹にするよ。そう決めたんだ。で、ヒスイちゃんは?」

「選択権なんか、くれないのでしょう?」

「・・・もし、本当に嫌というのなら、諦めるよ。教えて、ヒスイちゃんの考えを」


 とても一人では生きていられないと思うが、それでも嫌というのなら、本気で諦めよう。ヒスイちゃんを他人扱いしよう。


「い、嫌です!他人扱いは嫌です」

「そう?それなら、返事を聞かせて」

「ヒスイは・・・なりたいのです。守澄様の妹さんに、なりたいのです」

「よくできました。さ、こちらにおいて」


 両手を広げてヒスイちゃんを迎える。そして、俺の胸に飛び込むヒスイちゃん。いいね!抱っこしたい時に抱っこしたいポーズを取れば、抱っこしたい子が自分から抱っこされに来る。

 良いおもちゃを手に入れたな。


「ヒスイはおもちゃではありません」

「そうだな。その通りだ」


 自分の意識のあるおもちゃだ。


 その後、俺はヒスイちゃんとお喋りしながら、あき君達が帰ってくるのを待つことにした。

 ・・・というのは嘘。俺が何日掛かるかも分からない彼らの帰りを待つようなしおらしい少女だと思う?ヒスイちゃんとお喋りはただの時間つぶし、元気になったらすぐにでも追いかけるつもりだ。


「ヒスイちゃん。私の心が読めるって言うことは、私は実は男であることも、すでに分かっているのよね」

「お姉ちゃんが男?」


 お姉ちゃん・・・そうだ。ヒスイちゃんが俺に対する「姉呼称」は「お姉ちゃん」だ!俺的には「お兄ちゃん」の方がいいが、今の性別ではそれも無理。しかし、俺の心が読めるのなら、俺が男だった事ももちろん読める訳なので、ヒスイちゃんに正体を隠す必要性も全くない。なので、せめて二人きりな時だけでも、俺を「お兄ちゃん」と呼んでほしい。


「もう休んでてください、ナナエお姉ちゃん。今日一日、ヒスイの相手をして、大変お疲れでしょう?」

「ヒスイちゃんを帰したくないもん」


 可愛いし、健気だし、お持ち帰り決定だし。


「それより、私の正体に気づいているのでしょう?」

「ナナエお姉ちゃん、これは・・・『サトリ』ではない人がよく勘違いすることの一つなのですが、ヒスイ達『サトリ』の『心読み』はそのまま相手が考えている事を読むものではないのです。相手の考えている事を自分達に理解しやすいように変換して、考えた目的そのものを直接読むものなのです」

「へ~・・・それで?」

「例えば、ヒスイがナナエお姉ちゃんの心を読んだ時、お姉ちゃんが考えた事を三つに分けて読み取るのです。お姉ちゃんが外界からの影響で最初に考えた事、最初に考えた事を否定する考え、その両考えの正否を判断する考え、その三つです」

「ん?私の心の中に三人が住んでいるという話?」


 それはヒスイちゃんが俺の心を理解しやすいように、勝手に俺の考えを三つに分けたってこと?


「人が物事を考える時、必ず最初に『受け入れる』という行動をするのです。受け入れて、それを判断するのです。それは誰だって必ずすることで、それを『サトリ』達はみんな知っている事なのです。たぶん・・・」

「『たぶん』?あ、もういい!『たぶん』の意味が分かった」


 ヒスイちゃんは自分以外のサトリを知らない。だから、「たぶん」だ。

 こんなことを考えたら、またヒスイちゃんを傷付けてしまう。何で俺は余計に鋭いんだ?


「ナナエお姉ちゃんはとても賢い人なのです。話を聞いた次の瞬間に、話の裏まで読んでしまいます。ですから、きっと気づいていないのでしょうが、ナナエお姉ちゃんの思考にも『受け入れる』というこうどう過程があるのです。その思考の過程が速すぎて、『条件反射』みたいになっています」

「いや、褒めすぎ、はは。そんな人いないよ」

「ナナエお姉ちゃんにとってその家庭が余計で、考えた事自体すら重要ではないと思っています。なので、それすらも忘れているのです。考えてみてください。一を知らなければ、二を知るはずもないでしょう?」

「む~」


 一から二へ。一がなければ、二は永遠にない。一が二つになってようやく二が出てくる。だから、一を知らなければ、二も知らない。二を知っているなら、一を知っていなければならない。


「正論を言って私を説得するつもり?一と二が、『思考』と関係ないでしょう?」

「お姉ちゃん!ご自身でもヒスイの話を理解したのなら、意固地に反対をなさらないでください!」

「いや、はは・・・今考えた事が本当に正しいのか、判断ができなくて。間違ったら恥ずかしいじゃん?」

「ご自身の考えが正しいかどうか、あたしの表情から判断してください。わかりますよね?」

「まぁ、わかりやすいので」


 ただ、「ナナエお姉ちゃんがヒスイの話を理解してくれた。ヤッタ!」みたいな顔があまりにも可愛くて、弄りたくなったんだ。


「あ、ヒスイちゃん!今、『あたし』って?」

「ヒスイ、そんなことを言いました?」

「えぇ、言った。聞いた。ずっと『ヒスイ』と自分の事を呼んでるのに、急に『あたし』と言った。その違和感が頭に残ってて、それで気づいたんだ。ヒスイちゃん、自分の事を『あたし』と言えるんだ。その理由が知りたい」

「ナナエお姉ちゃん・・・ふふ、ヒスイはナナエお姉ちゃんと一緒にいるのが好きです」

「ど、どうした、急に?私達、昨日まで顔も知らなかったんだよ。そんなことを言われたら、お姉ちゃん、嬉しくなっちゃうよ」

「ヒスイは『サトリ』なのです。人の心を読めるので、時々、自分の事が分からなくなるのです。私は誰?私の心は、何?って、自分の事を名前で呼ばないと、自分を見失いそうで・・・ですから、ヒスイはいつも自分をヒスイと呼んでいるのです」

「そんなことか・・・」


 分からなくもない。ただ、俺は「サトリ」ではないので、それがどれだけ大変なのか、きっと分からないのだろう。


「ヒスイは自分の事をヒスイと呼ばなかったのは今のが初めて。きっと、居心地がよかったのです。ナナエお姉ちゃんの傍が、とても居心地がよかったのです」


 俺の(うどん)がそんなにいいのか?


「寒いのです、ナナエお姉ちゃん」

「口に出していないから、セーフなのに!?」


 滅多に思い付かないオヤジギャグを言う前に読まれた!直接心を読んで、「寒い」と言われた!しかも、言う前に必ず理性で口に出さない事が出来た筈!なのに、その前に「寒い」と言われた!

 恥ずかしい・・・死にたい・・・


「ヒスイは、ナナエお姉ちゃんのうどんが好きです」

「ヒスイちゃん・・・って、そのネタを引っ張るな!」


 あれ?そういえば、何でこんな話になったんだっけ?


「あ、思い出した!ヒスイちゃん、結局私が男だって、分かるよね」

「安心してください、ナナエお姉ちゃん。体が男の人で、心が女の人のお客様は一杯いらっしゃいました」

「ん?それ、どういう意味!?」

「ふふ、ナナエお姉ちゃん」


 俺のヒスイちゃんはまだピュアのままなのだろうか?

誰も興味はないだろうが、私、Xの方にも別作品を投稿しています。

よかったら読んでみてください。

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