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第八節 予想外①...探検仲間はずれ

 予想外のことが起きた。


 二日目になって、俺達はいよいよ「ダンジョン探検」!だというのに、俺は熱で倒れた。

「ここの土地属性に合わなかったから、熱を出した」だそうだが、その程度で倒れるようなやわな体だったのか、「私」は。

 自分では自覚がなかったけど、昨日の俺は「おかしかった」らしい。何がおかしかったのが全く分からないが、それこそ「サイコパスは自分がサイコパスだと知らない」と同じ、おかしくなっている俺は自分がおかしいんだと知らなかったんだ。

 もちろん、おかしくなった原因はこの「熱」だ。つくづく「魔力耐性ゼロ」の自分の病弱さに呆れる。


 そして、俺のメイドのシイちゃんと、この旅館の俺の担当のヒスイちゃんと、俺の世話を争っていたが、俺は気分でヒスイちゃんを選んだ。

 理由は単純:シイちゃんは俺より大きい、ヒスイちゃんは俺より小さい。


 ...胸の話じゃないよ!体の話だよ!

 胸なら、二人共相手に成らん。


 女として大きすぎるシイちゃんは「癒し」にならない。やっぱ「癒し」と言えば、ヒスイちゃんのような可愛い少女に甲斐甲斐しく世話してもらうことだな。


 そして、今後のことについての相談はあき君・シイちゃん・紅葉先生三人が外でしている。俺も会話に入りたいんだが、それを三人に伝えられないほど、頭が痛い。

 それで結局、企画者である俺抜きで、今後のことについての会議が始まった。大きな声を出していないけど、何故かよく聞こえる。


 紅葉先生 「どうする?」

 シイちゃん 「お嬢様抜きで『ダンジョン探検』を始める訳にはいきません。魔力が適合するまで待つべきです」

 紅葉先生 「治る保証はない」

 あき君 「いいえ、時間を置けば治れ...ます。昔のななちゃんも、今のようなことが何度もありました。その都度に高熱に浮かされてましたが、時間が経てば自然と治まります。」

 シイちゃん 「ちょ、それ、本当?私、知らなかったよ!お嬢様がまだ赤ん坊の時期からずっと見守っていたのに、聞いていないよ」

 あき君 「え、知らずに『待つべき』と言ったか?」

 紅葉先生 「病気になったお嬢様をお前に任せられない。知らなくて当然。」

 シイちゃん 「くっ」

 紅葉先生 「だが、それはいつのこと?」

 あき君 「俺がまだ小学二年の時です。ななちゃんはよく妹の雛枝と一緒に屋敷を抜け出して、俺達三人で遊んでいた。

 その時期、子供なりに遠い場所によく行ったが、その度にななちゃんが体調を崩していた」

 シイちゃん 「早苗の目を盗んで?」

 あき君 「『さなえ』という方をご存知ないが、誰にもバレていない筈です。」

 シイちゃん 「早苗に『メイド長』を任せるのは、まだ早いのでは?」

 紅葉先生 「だとしても、お前にも無理だ」

 シイちゃん 「どうしてそんなことが言える?もういない癖に!」

 紅葉先生 「仮にもお前の教育係だ。ヒバリに負けないように、お前の教育にかなり力を入れていたんだ。

 結局後来た早苗がメイド長になった。ヒバリよりも先にメイドになったお前が、私より後来た早苗に負けた。

 早苗にできないこと、お前にもできない」

 シイちゃん 「お前の教育が悪かったんだろうか!|

 わたくしはお前の言う通りに仕事を熟した。なのに早苗メイド長に負けた。

 つまりお前の教育が悪かった!」

 紅葉先生 「はぁ...自慢したいわけじゃないが、私は私立一研(あの)学園で指教している。人にモノを教えることに関してヒバリに負けてない。

 それに、言われたことしかできないお前は所詮その程度の人間だ。私から見れば、それすらできていないんだかな」


 パンッ!!


 うん?「パンッ」?

 何の音だろう?

 人の口から出した音じゃないと思うが、拍手にしては音が小さい。

 まるで俺がベッドに飛び込む時に、俺の体とベッドとぶつかった時の音のような...


 あき君 「ちょ、ちょっと!喧嘩はダメです。ななちゃんが寝込んでいる時、俺達が仲間割れをしてはいけません!」

 シイちゃん 「(わたくし)はお嬢様を守るだけ。(もと)師匠ししょうだろうと、元上司だろうと、(わたくし)の守る対象ではない」

 あき君 「だとしても、怪我させていい相手でもないでしょう。ななちゃんが知ったら絶対悲しみます」


 ......

 話が止まった。

 どうしたんだろう?


 あき君 「本題に戻りましょう。『今後はどうするか』って...」

 シイちゃん 「どうするも何も...お嬢様が元気になるまで待つしかないでしょう。お嬢様の許可がなければ勝手な行動はできません」

 紅葉先生 「学園に帰るべき」

 シイちゃん 「勝手に決めるな『元メイド長』。『元主人』の意向を汲みなさい」

 ......

 シイちゃん 「何か言えよ!人を無視するな!」

 紅葉先生 「お前としゃべると疲れる」

 シイちゃん 「っ!」

 紅葉先生 「白川くん。守澄さんの体質について、君はどのくらい知っているがはわからない。私の知っている彼女は屋敷から十歩ほど離れれば熱が出るほど病弱な赤ん坊。

 成長に連れ少し丈夫になっているようだが、今回のことから、やはりまだ遠く離れた場所(そと)に出してはいけないと思った。早苗の判断を信じて、彼女をここに来させた事に後悔している。

 辞めたと言えども、守澄当主(元主人)の娘さんだ。

 その上、私は教師。教え子が体調を崩したのに、その子の意思だけを尊重し、ここに残る事はできない。

 今すぐにでも学園に帰るべきだ」

 あき君 「しかし、ななちゃんはこの合宿がとても楽しみにしていました。部活の時も、ずっと合宿の話ばかりしていましたし、プランはほぼ一人で作りました。

 何年も逢っていないが、昔のななちゃんとだいぶ印象が変わって・・・正直、こんなに喜々として何かをするしているななちゃを見たことがないから、やらせてあげたいんだ。

 もし、この合宿が『自分の所為で中止』になったら、きっと凄く悲しみます。俺はななちゃんを悲しませたくない。すぐに『帰る』、のはよくないと思います」

 紅葉先生 「それで悪化したら?」

 ......

 シイちゃん 「『元メイド長』。お前はもう十年近く前に辞めたんだから、今のお嬢様を知らないでしょう!今のお嬢様は赤ん坊じゃない。走れるし、ご飯一人で食べれる。『離乳食をいらない』歳になった。

 自分の思い込みで、勝手に決めるな!お嬢様の意見を待つべきだ」

 紅葉先生 「お前はただ責任を取りたくないだけ」

 シイちゃん 「何の責任!」

 紅葉先生 「『お嬢様の許可無しで勝手に合宿を終わらせたら、お嬢様を怒らせたらどうしよう』の責任、『勝手に残ることを決めて、お嬢様の体調が悪化したらどうしよう』の責任。」

 シイちゃん 「っ!メイドたるもの、主人の意思を第一にして何が悪い!」

 紅葉先生 「ふん」

 シイちゃん 「っ!」

 あき君 「お、抑えて抑えて」


 話が進まない。


 聞いた感じ、紅葉先生の意見は「帰る」、あき君の意見は「残る」、シイちゃんの意見は「俺の様子を見て決める」と言った感じだな。

 意見が真逆なのは紅葉先生とあき君だが、シイちゃんの方がよく紅葉先生と衝突していたな。二人が知り合いであることに驚いていないが、仲が悪いのは予想外だ。


 早苗さん(メイド長ちゃん)のミスだな、うん!俺は悪くない!


 隣でヒスイちゃんがせっせと俺の世話をしている。小柄な彼女は何事にも、体を大きく動かしてやらないとできない。その姿は、まるで家事の手伝いをしている子供の様だ。

 幼女なので「子供」であるが、ヒスイちゃんの仕事ぶりは実に見事なものだ。魔法を使った痕跡はないのに、部屋全体塵一つ見つからないほど掃除し、時折俺の額に当てているタオルを交換したり、汗を拭いたりしている。

 まだ幼いのに、かわいらしい。気遣いの塊だな。

 まだ、幼いのに...ここ、重要!


 ただ、生憎俺の「病気」は風邪ではない。魔力とか何とかって、よくわからないこの世界の病気だ。症状が元の世界の「風邪」によく似ているが、恐らく違うものでしょう。何せ今の俺は頭がちゃんと「回転」しているが、体は全く動けない。無理すれば少しは動かせるが、「無理」する気力すら湧かない。

 風邪の場合は時々体を動かしたいのに、頭が痛い・考え事できない。今とは色々違う。


 にしても、ヒスイちゃんは可愛いね...食べちゃいたいくらい...


 ??? 「兄貴!」


 聞いたことのある音色。知っている誰かがあき君達の討論に参加するのか。


 あき君 「正守!どうしてここに来たのだ?」


(タマの)弟くんだった。


 弟くん 「ずっと(ダンジョン)入口で待っていたんだが、約束通りの時間になっても、兄貴が来ていないから、迎えに来たぜ」

 あき君 「もうそんな時間!ごめなさい、連絡を入れるべきだった」

 弟くん 「いいっすよ。兄貴のことだし、何か用事があるんと思って...何があった?」

 あき君 「その前に紹介します。先生、こちらは昨日知り合った猫屋敷(ねこやしき)正守(まさもり)さんです。

 ななちゃんの知り合いの弟さんで、今日一緒にダンジョンに降りる約束していました。」

 弟くん 「初めまして、おれっ...私は猫屋敷(ねこやしき)正守(まさもり)と言います。

 今日から宜しくお願いします。」

 紅葉先生 「よろしく」

 シイちゃん 「お嬢様の...知り合い?」

 あき君 「こちらは引率の竜ヶ峰(りゅうがみね)紅葉(もみじ)先生......あっ」

 紅葉先生 「歴史と生物、そして考古学担当の私立一研(いちげん)学園の教師だ。」

 弟くん 「三科目も?すげぇな」

 紅葉先生 「そ」

 あき君 「その、すみません、紅葉先生。」 

 紅葉先生 「いい。」

 弟くん 「何で謝る、兄貴?」

 あき君 「こ、こちらは神月(こうずき)椎奈(しいな)、ななちゃんのメイドです。」

 シイちゃん 「お初にお目にかかります。(わたくし)守澄(もりすみ)奈苗(ななえ)様のお付きのメイドの神月椎奈と申します。

 短い間ですが、どうぞ宜しくお願い致します」

 弟くん 「すげぇ、本物のメイドさん、レア...あ、わたくし...言いにくいな...俺、猫屋敷正守、宜しく、お願いします」


 誰?

 弟くんはこんな明るいキャラだったっけ?


 弟くん 「にしても、お二人共強そうだな、その上美人。お会いできてラッキー~」

 紅葉先生 「...」

 シイちゃん 「お褒めに預かり光栄です」

 弟くん 「神月さんは凛々しいな、あのお嬢様を守るナイトみたいでかっこいい!俺も神月さんみたいになりたいな」

 シイちゃん 「ま、まあ、お嬢様の為なら、命を賭けれるね」

 弟くん 「それと、紅葉さん?話はよく聞くよ。世界考古学の頂点にいる人で、知らない人はいないと聞く」

 紅葉先生 「それは(ガセ)だな、考古学に興味のある人しか知らないだろう」

 弟くん 「いや、嘘じゃないって。俺、考古学に興味ないのに知ってるよ!有名人だよ」

 紅葉先生 「あ、そ」

 弟くん 「ドライな人だな。それで兄貴、守澄さんは?」

 あき君 「実は...」


 あき君は俺の現状を説明した。

 説明がまだ終わっていない内に、いきなりドアが開けられた。一人の少年が心配そうにこちらを見つめていた。


 弟くん 「兄貴、このお嬢様は出歩くのも命賭け?」

 あき君 「そんなことは...」


 少年ーーま、ぶっちゃけ(タマの)弟くんのことだーーは俺の傍に来て、俺に話しかけてきた。


 弟くん 「お前、昨日調子のいい事を言っといて、このザマかよ。(よえ)ぇじゃん!他区(たく)の魔力に当てられたくらいで倒れるか普通!」

 あき君 「正守!何やってんの?」

 弟くん 「止めるな兄貴!この女、昨日俺に『自分を舐めるな』と言ったくせに、こうも簡単に倒れたんだ!マジで『触れられるくらいで消える』ような、そんな非力な奴なんだぞ!何を根拠に『自分が強い』と思い込める?」

 あき君 「何の話は知らないけど、ななちゃんは今とても衰弱している。静養しないといけないから、あんまり騒がないでくれ」

 弟くん 「だけどさ、兄貴!なんでこいつはあんなに強気でいられるんだ?親父のごっつい顔を目の前にして、汗一つ掻かなかったぞ!

 いくら兄貴のことを信頼しているからって、兄貴に守られていたからって、親父にせめられて、なのに逆切れできるはずがないのに...頭おかしくない!」

 シイちゃん 「貴様!お嬢様を侮辱して、ただで済むとは思ってないよな!」

 弟くん 「だって、おかしいと思うよな、兄貴!兄貴の知っているこのお嬢様は根拠のないことをさもありのように口にする頭のおかしなやつなのか。」

 あき君 「お前の言っていることはよくわからないが、ななちゃんは虚言を吐くような人じゃない...と思う」

 弟くん 「だったら、今何で倒れてんだ?碌に出歩くもできない癖に、何で...」


 ...生まれを恨まないのだ?

 とても言いそうだな。


 どうも、弟くんは少しネガティブなところがあるらしい。

 俺、こういうやつ嫌いだな。


「人が怠けている間、言いたい放題だね」

 俺はヒスイちゃんに支えられて、体を起こした。


 確かに俺は動きたくないが、動けない訳じゃない。

 弟くん(面倒な奴)を相手にしたくないが、耳元で騒いだら、眠ろうにも眠れない。

 それに、体はだるいが、頭は回っている。反論する言葉山ほど思いついたから、口から出さないとストレスで死んでしまう!

 だから、無理して起きて、皆に話しかけた。


「今の私は『仮病』していることに気付いていない?」

「『仮病』?そんな筈が...」

「Shut up!」

 余計なことを言おうとしているシイちゃんを黙らせた。


「しゃ、しゃった?」

 当のシイちゃんは俺の言葉が理解できずに、頭を抱えていた。


 なぜだろう?

「コーヒー」と言えば、この世界の人達はあの飲み物だと分かってくれる。けど、俺が知ってる数少ない正しい英語を口にすれば、誰も俺の言ってることが分からない。

 説明するべきか。

 ...いや、目的は達成したから、放置。


「今日からダンジョンを降りて、五日後にダンジョンを出るという予定だが、折角屋敷を出られたんだ。少し怠けたい。

 だけど皆もう起きている。自分勝手に、その、寝たいだけなのに、皆を待たせられない。

 だから『仮病』した。『起きたいけど起きられないですぅ』って、皆を騙している。

 皆の優しさに付け込んだ悪い子だ!だから、私のことを気にせず、先にダンジョンを降りろ。

 寝足りったら後を追うから、待たなくていいし、『帰る』なんてありえない!」

「でも、ななちゃん。ななちゃんが病に(おか)されていることは見れば分か...る、そんな状態のななちゃんを一人にして、ダンジョンを降りることはできない。」


「オカサレル」とか、エロい言葉を使うね、あき君は。

 ...俺の頭はもうダメかもしれない。


「ヒスイちゃんが居れば、一人じゃないし、そもそも『仮病』って言ったろ。

 元気になったら...目が覚めたら、ちゃんと後を追うって。」

「本当に元気になれるかもわからないし、後を追ってくる時は一人でしょう?させられないよ。」

「子供じゃないんだから大丈夫!心配しないで。」


「子供でしょう。」

 紅葉先生はあき君の味方として、会話に参加した。

「まだ高校生になったばかりの子供が、一人でダンジョンを降りる?教師としては見過ごせない。」


 普段部室にも来ないのに、こんな時に教師面をする。あき君達にとって頼もしい限りだが、俺にとって邪魔でしかない。


 だがそうか。

 今の俺は14歳の少女か。

 未だにこの違和感を拭えないな。


「でも、私はあき君と一緒に猫屋敷さんのお宅に訪ねたことが...」

「子供二人を残して、一人で先にのこのこチェックインした大人のメイドさん。

 お前はどう思う?」

 紅葉先生は俺の言葉を遮って、軽く頭を傾けて、シイちゃんを横目で見つめた。


 シイちゃんは痛いところを突かれたように、紅葉先生と目を合わせず、しばらく目を泳いでいた。

「お嬢様。不躾ながら、(わたくし)も反対致します。お嬢様は守澄家の跡継ぎで在らせられます。守澄家の財産を狙う輩も多い為、とてもお嬢様を一人にしてはおけません」


 挙句の果てに、シイちゃんまで俺に反対した。

 何だこれ?

 先まで喧嘩していた三人が、いきなり俺に集中砲火?

 何で三人共、俺の味方をしないの?


 むかつく...

 むかつくむかつくむかつく!


「嫌だ...」

 俺は抗議した。


「嫌だ嫌だ嫌だ!」

 駄々を捏ねた。


「行くの!ダンジョンに行くの!帰らないもん!」

 理不尽を目の前にして、決して屈しない俺は両手で拳を握り、何度もベッドを叩いた。

 そうすれば誰かが俺を諫める為に、俺を説得しに俺の動きを止めようとすることは予想できるが、俺の我儘(いけん)が通るまで、決して抗議を止めたりはしない!


「ななちゃん、落ち着いて。今のななちゃんがダンジョンを降りるのは無理だよ!せめて元気になるまで休養、ダンジョンを降りるのはそれから。その時、一緒に行くから大丈夫だよ」


 諫めに来たのはあき君か。

 小賢しく交換条件を出したが、俺の心はもう決まっている。決して折れない。

 いや、折らない(造語)!


 シイちゃんが一番チョロイ方だが...残念。

 でも、あき君も結構チョロイし、抗議を続けたら...

 そう思って、俺はさらに大きく動こうとした瞬間、急に体のコントロールを失くしたように、全身の力が抜けていた。


「ななちゃん!」


 重い頭を支えきれずに腰を曲げた。

 ベッドを叩く手が力入れずに拳を緩めた。

 喋ろうとしても、喉に何かが詰まって、咳してしまった。

 わけのわからない胸の痛みに苦しませた。


 何だこれ?

 何でこんなにも体が弱い!

 言葉を喋っているだけなのに、小さく腕を揺らしただけなのに...

 今の俺はこの程度の動きもできないのか。そこまで貧弱なのか。


 ......

 背中に暖かい何かを感じる。

 それは誰かの手だとすぐに分かった。


「ななちゃん、大丈夫?」

 あき君の手だ。

 あき君が間近にいた所為か、彼の香りがする。

 その香りを嗅ぐと、何故かが落ち着く。


「さあ、横になって」

 彼の声に従い、彼の手に支えながら、俺は再び横になった。

 それだけで、俺は少し楽になった感じがした。

 ようやく咳が止まって、正常に呼吸ができるようになったので、何度も深呼吸して、酸素を求めた。

 それすら疲れる感がするけど、何とか呼吸を続けるように、頭が体を「説得」した。


 ちなみに、体がこんなにも辛いのに、頭はやはり正常に回っている。

 今の自分の状態を見て、皆は間違いなく「合宿を続けるのは無理だ」と思うのに違いない!

「間違いなく」、「違いない」!

 このままでは、また屋敷に閉じこもることになる!

 テレビのない、パソコンのない、ゲーム機のない、ラジオすらないあの屋敷に!

 三か月ーー記憶が戻っていない時間も含めば半年。俺はとても退屈な時間を過ごした。

 とっくの昔に我慢の限界が来ているのに、無いものを求めないと諦めた。それでも「ダンジョン」という単語を耳にすれば、昔に嵌め込んだゲームを思い出す。


 リアルでは死体が残ったりして、決していいものじゃないと想像できるが、やはり一度は見てみたい。

 肉を食っている以上、それは動物の死体からくるものだと分かるし、命を奪うことに大袈裟に恐れたりしない。

 見た目は少女(これ)でも、俺はそのような小娘じゃない。

 しかし、まだ見てもいないのに、始まってもいないのに、合宿が終わるのはあり得ない、帰ってたまるか!


「帰らない。絶対に帰らないから」

 自分の意志を示す為に、目も開けないのに、何とか言葉を口から吐きだしたが、その音は俺自身すらよく聞こえないほど小さかった。

 それでも言い続けている内に、おでこがあき君の手に触られた。


「分かった、ななちゃん。ななちゃんの意志を尊重する、俺達は先にダンジョンを降りるよ。ななちゃんは、先ずは休んで。一人で出かける事はやはりダメだが、元気になったら旅館の人に連絡させるから、その時にななちゃんを迎えに来るので、それで我慢して」


 子供を宥めるような話し方。

 そこまで言われたら、流石にこれ以上は我儘を言えない。

 仕方ないので、俺は口を閉じて、大人しく休むことにした。


 皆が去っていく音がした。

 誰も喋らず、足音にも気を遣い、俺を起こさないように去っていた。

 ...まだ起きているというのに...


 どうやら、俺の我儘を通れたらしい。

 自分自身が参加できないイベントに何の価値もないんだが、元気になれば行ける。

 それで我慢しよう、それで納得しよう。

 ...元気になれるのかな、この「か弱すぎる女の子の体」は。


 しかし、さっきは目を閉じているのに、俺のおでこを触ったのがあき君だと分かるとは...しかも気持ちよく感じるとか...

 相手は男なのに、大丈夫か、俺は...


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