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第七節 予定変更②...タマのご家族

 迫ってくる拳が俺に辿り着くことなく、あき君の手によって止められた。

 自分より何センチも大きい相手に、女の子のように華奢そうなあき君が、ごっついおっさんの拳を止めた。

 無傷で...


 予想以上だ。


 この世界では見た目で相手の強さがわかり難い。その所為だろうか、俺はどうもあき君を見縊っているところがある。

 そして今回、俺が敢えて拳を避けなかったのは、あき君の力を確認する為だ。

 魔力ならある程度体感出来るが、身体能力はわからない。剣技は凄いだと(せい)から聞いたが、そんなのよくわからない。

 結局、危機的状況に陥った時、あき君はどのくらい動けるのかを、実際に目で見てみないと...


 そして、あき君は見事に俺の予想を超えた。さっきの爺の時は...まぁ、不意打ちだから怪我したのでしょう。


「くそっ、放せ!」

 俺のあき君へのテストに協力してくれた「白鼠」ちゃんがまだなんか言っている。


「何なんだ、お前は!」

 しかし、力強そうなこの「白鼠」ちゃんは、あき君にしっかり掴まえられて、振り出した拳を抜け出せないでいる。


「あなた何してるの!守澄家の人間に怪我させたら、家ごと滅ぼされるのを知ってるでしょうに!」

「止めるな、サユリ。玉藻の仇、取らせてくれ!」

「まだ死んだと決まった訳じゃない!『行方不明』でしょう?」

「そんなことを信じられるか!きっと玉藻は、あの守澄家の不祥事を隠す為に、殺されたに違いない!そうじゃなくても、どこかに監禁されている筈!」

「うちの玉藻ちゃんはただのメイド、あの守澄家では取るに足りない人間だ!それに、本当に濡れ衣を着せられたとしても、あの守澄家のお嬢様がうちに来る筈ないじゃない!」

「うるさい!あんたの娘でもあるだろう!...玉藻はなぁ、とても素直で優しい子なんだよ。人を罠に嵌めるようなことをしない子だ。なのに、今では『主を売った従者』として罵られていて...そもそも俺は『従者』という言葉自体も嫌いだ!何か『従者』だよ。うちの玉藻が人に仕えるなんて...」


 三文芝居を見ているようだ...

 さっきから「あの守澄家」「あの守澄家」って、うるさいな...

 今更知ったことだが、守澄家は人々に嫌われているようだ。

 その原因はよくわからないが...


「守澄め...」

 また、大男は俺に襲おうとしたが、今回奥さんの方も止めに入った為、あき君が手を出さずに済んだ。

 でも、例え殴られて死ぬことになっても、俺はもう動くつもりはない。

 俺は弱いけど、弱虫じゃない。彼に怖いことされそうとも、彼に怯える気はない。

 むかつくんだよ、他人に悪意をぶつけられたことが!

 だから、俺は彼を見ることもやめた。


「見たか、サユリ、この態度。俺達貧乏人を舐め切った態度だ!俺がどうせ『守澄家』が怖いから、自分に手を出せないと思っている顔だ!殺してやる、この野郎!殺してやるよ、ビッチか!」

 色んな音を耳にした。恐らく、大男が俺を襲おうとしているけど、全部あき君に邪魔された音でしょう。


 彼は余程俺が嫌いらしい。

 無理もない。娘を失った悲しみを消す為に、誰かに八つ当たりをしたいだろう。

 だけど、俺は彼の気持ちを理解できても、八つ当たりされていい気分じゃない。

 だから、気が済むまで待つのが一番正しい対処の仕方だが、俺は大男を怒らさずにいられなかった。


「これはこれは...タマの『親の顔が見てみたい』と思って来てみたら、その顔がこれだよ。」

 憎たらしい笑顔を見せた。


「タマが知ったらどう思うんだろうなぁ、自分の親がこんな低レベルの人間だと。」

「なんだと!?」

「うん?何かおかしなことでも言いましたか、私?」

「この小娘...よくも玉藻の名前を口に出せたものだな。しかもあんな略し方して...」

「タマは私のものだ。どう呼ぼうか私の自由だ。」

「玉藻はものじゃない!俺の大切な娘をもの呼ばわりするな!」

「それにしては、随分とタマをバカにしているけど。」

「...俺はいつ、あの子をバカにした?あん!」

「だって、タマが『主を売った従者』だって...」

「あの子はそんなことをする訳ない!」

「でも実際、一番肝心な時にいなかったよ。それをどう説明する?」

「そんなの貴様のでっち上げだ!玉藻はそんなことしない!」

「タマは強いよ。あの犯人を簡単に倒せる。なのに、私は誘拐されそうになった。それはどう説明する?」

「全部、貴様のでっち上げだ。」

「話にならない!」


 だめだ!この大男は何も考えていない。

 ただ怒りを撒き散らしているだけ、俺と話し合う気は少しもない。

 もういい、無視しよう。


「あなた、いい加減に落ち着いてください!」

「お前は『守澄』の味方か。あれは玉藻を殺した奴だぞ!」

「玉藻ちゃんがまだ死んだと決まった訳じゃないと言ったでしょう?『行方不明』なだけ、まだどこかで生きている」

「それでも、『守澄』は敵だ!さっきの態度で十分分かるだろう!」

「あれはあなたが先に失礼な態度を取ったから。いきなり怒られたら、誰だって怒るよ!」

「玉藻を殺した犯人がノコノコ来たんだ!怒らずにいられるか!」

「どうして玉藻ちゃんを『死』なせようとするの?まだ『行方不明』」

「『行方不明』だって、『守澄』の嘘だ!きっと、玉藻の体を、誰にも見つからないように、なにか...したんだ!」

「何でそんな恐ろしいことを考えるの?玉藻ちゃんは、まだ...ううぅ...」


 おうおう、奥さんを泣かせちゃったね。いけねぇ旦那様だな。

 声だけで分かる奥さんの気持ち...旦那の方は「タマが死んだから、仇を取らねば」と思っているが、奥さんの方はまだタマの死を受け入れられていない。


 しかし、それは俺も同じだ。

 タマはただ「行方不明」になっているだけ。

「行方不明」になったタマを探す為にここに来たんだけど、旦那の方がムカつきなので、話が始まらない。


「『守澄』」

 そして、奥さんを泣かせた責任を、俺に押し付ける「旦那様」。

「貴様さえ、今日来なければ、サユリを悲しませずに済んだのに...」

 こいつは何でもかんでも、俺の所為にしようとしている。


 ムカつくは...


「やはり、今ここで、玉藻の仇を取る!」

「もう!いい加減にして!」


 泣いている奥さんはいきなり、自分の旦那に向かって、手を振り下ろした動きをした。

「『浮遊(ふゆう)』、『加重(かじゅう)』」

 二つの言葉の後、俺は急に吐き気を感じた。その同時に、旦那さんがいきなり床に伏した。


「こ、こんな時に、なにし、てんの!」

「頭を冷やしなさい!」


 床に伏している旦那さんは何故か全く動かない。奥さんの方も、手を床に付けている状態で動かない。

 そして、二人の周りに、目がおかしくなったと思える異色な光が見える。旦那さんの方は降り注ぐ雨のように、奥さんの方は輝く星のように...


 俺は余り見ることはないが、恐らく「魔法」だろうな、これは。

 状況から考えると、奥さんが旦那さんになにか魔法をかけたのだろう。

 ざまぁ...


 そして、このタイミングに、あき君も俺に話しかけてきた。


「ななちゃん。どうしてそんなに怒っているのかは分からないけど、ここに来たには、理由はあるでしょう?」

「......」

 あき君に返事する気分じゃない。


「『タマさん』という方は俺は知らないが、ななちゃんのとても大切な人なのは分かる。『合宿のもう一つの目的』と言ったけれど、本当はその方を探すことの方が『(おも)』なんじゃないのか?」


 ...図星。

 来た早々予定変更したから、気づかれるのも無理はない。


「それなら、誠意を持って話し合うべきじゃないのか?」


 あき君は俺に「大人になれ」と言っている。

 わがままなガキのような大人に対して、「ガキ」の俺が「大人」になって相手に合わせる。

 なんだよ、これ。


『私はななえを支えたい。ななえが幸せになるまで、ずっとそばにいてななえを助けたい。』


 かつてタマが俺に言った言葉を思い出す。

 俺がまだ何もかも思い出していない時、タマが語った言葉。

 あの頃と同じ、俺はまだその言葉が信じられない。だけど、タマと一緒に過ごした日々が、確かに彼女への信頼を増やしてくれた。

 その言葉がなくても、俺は嘘が付けないタマを信頼するだろう。それで、もしタマが俺を裏切るのなら、きっと一度くらいは騙されるだろう。


 だけど、あの日はおかしい。

 タマが俺を裏切った時、折角築いた俺からの信頼はその瞬間に無くなる。

 俺の身分は「大金持ちのお嬢様」で次期当主、お金も権力もある。俺の信頼を得た人は、欲しいものを簡単に手に入る。その信頼を無くしてもやるほどのことは、それ以上の価値がなければ、割に合わない。

 だから、ただ盗撮犯の誘拐に協力するだけの為に、俺を裏切るのは変だ。

 例え(せい)が来なかったとしても、例え俺の...処女?が散らされても、あの誘拐が成功すると思えない。

 タマへの利益が見えない。タマが俺を裏切るほどの理由が思いつかない。敵前逃亡としても、あの程度の敵から逃げるのはおかしい。


 理性的に考えれば、タマが俺を裏切る筈がない。感情的に考えても、あんなことを言い出したタマが俺を裏切らないだろう。

 それでも、俺は「万一の可能性」を潰す為、メイド隊を使って、全国でタマを探した。結局タマらしき人物を見つからず、タマがどこかに逃げたじゃないことを証明した。

 ただ自分を安心させたいだけかもしれないが、俺はその「証明」のお陰で、自分でタマを見つけようと、勇気を付けられた。

 手始めにタマの交友関係を調べるために「猫屋敷邸」に訪ねてきたが...


 うぜぇおっさんに遭っちまった。

 ...ムカつく...

 けど、タマの為だ。今回は我慢しよう。


 俺は一回深呼吸して、猫屋敷夫婦と向き合い、感情を殺した。


「数々の無礼、お許しください。」

 頭を床に擦り付けた。

「タマは私の大切なメイドだ、大切な人だ。タマの為に何でもする覚悟もできている。」

 感情を殺しきれず、まだ少し憤りが残っているみたいだが、ばれない嘘を作るに影響はない。

「先ほどのお二人の反応から、タマを大切にしていることがよくわかる。そこを見込んで、君達にお願いします。」

 俺以外の誰も喋らない。いちいち俺の言葉を邪魔する旦那さんも含めて、この場はとても静かだった。

 余程衝撃的な出来ことだろうな、「守澄」に土下座されたことが。怒りに狂った人でも、唖然となる事。

「どうか、行方不明のタマを見つける為に、私に協力してください。『守澄』に対する恨みを一旦置き、娘の為に、私に協力してください。」


 屈辱だ。

 人に頭を下げることが、自殺したくなるほど屈辱だ。

 くだらないプライドを持ちたくないのに、「失敗の殆どない記憶」が俺のプライドを高くする。

 嘘をつく時の邪魔になる。

 だけど、他人に顔を見られない土下座の体勢は実に都合がいい、イライラしている顔が見られずに済むから。


 そして、相手の反応を待ち続けた俺は、ようやく彼らの言葉を迎えた。


「玉藻のことは、本当に『守澄』に関係がないのか。」

「私はタマに何もしていない。」

「お前の親父は?」

「もしお父様が敵なら、戦うよ、私は。」


 嘘じゃない。

 っていうか、お父様はタマと比べられない。

 お父様が男性でタマが女の子、それだけでも50点の差がつく。

 その上に...


 タマは可愛いドジっ娘、プラス10点。

 お父様はイケメン、マイナス15点。

 タマはネコミミメイド、プラス10点。

 お父様はプレイボーイ、マイナス30点。

 タマは可愛い、プラス10点。

 お父様はかっこいい、マイナス10点。


 合計差は135点、圧倒的にタマが重要...重複している項目もあるが、「大事なこと」なので...


「年頃の娘は難しいな。」

 何故かそんなことを口にした猫屋敷旦那さん。俺はその音色から、彼が協力的になっていると考え、頭を上げた。

 目の前にいた男は俺から視線を逸らして、恥かしそうに頭を掻いた。


「協力してくれますか。タマのことを、教えてくれますか。」

 俺はしつこく旦那さんに確認をした。だが、旦那さんは俺に返事せず、外に出た。

 何故だ?まだ駄目なのか。


 俺の不安に気づいたか、奥さんは俺に近づいて、耳元で囁いた。


「ごめんね、守澄さん。あの人、素直じゃないので。」


 奥さんの吐息が暖かい...

 なんてな、流石に歳を取りすぎて、俺の守備範囲外だ。「人妻」の属性は素晴らしいけど...


 そうか、あの大男、まだ「ガキ」なんだ。

 でも一応、協力の姿勢を取っているようだ。


「そうだ!守澄さん、今晩ご飯を食べて行きなよ」

「へ?」

「玉藻ちゃんのこと、まだ色々聞きたいことがあるので、もういっそ晩ご飯を一緒に食べませんか。」


 いい提案だが、大丈夫なのか。記憶違いじゃなければ、確かタマの給料で何とか生活を維持していたじゃなかったか。


「お気持ちはありがたいですか。私達はもう夕食付きの旅館を予約したので、ここで晩ご飯を御馳走したら、旅館の分の夕食が無駄になります」

「守澄のお嬢様なのに、意外と節約しているのね」

 中身は一般家庭の長男だからだ。


「すみません。話だけ聞いて帰ります。えっと、まだ料理をしている最中ですよね」

「えぇ、その、こっちもすみません」

「手伝いましょうか。」

 自慢じゃないが、俺結構料理の腕があるよ。


「いいえ、そんなご迷惑な...」

「しながら話も出来ますし、一石二鳥だと思いますよ」

「本当に大丈夫だから!話を聞きたいなら、あの人も今なら頭を冷やしていると思うから。その、あたしより、あの人から話を聞いて」


 意外と拒む。

 まあ、無理強いはしない。奥さんの言うことに従って、あの大男にタマの話を聞こう。


「では、あたしは厨房に戻るね」

「はい。私も、えっと...」

 あれ?そう言えば、タマのご両親の名前、俺知らない。


「ごめんなさい。お名前を教えていただけませんか。」

「これはこれは、あたしとしたことが...私は猫屋敷(ねこやしき) 小百合(さゆり)、旦那の名前は猫屋敷(ねこやしき) 道徳(みちのり)、そして...」

 サユリさんは一旦言葉を止めて、後ろに振り向いた。


「タダモリ、何をしているの?こっちに来て」


 俺はこの時、ドアの隙間から覗いて来る男子生徒に気づいた。

 学校の帰りだろうか、まだ制服のまま。あき君と同い年っぽいが、幼さがまだ残っている顔つきに、男なのに前髪に髪留めを付けている。


「この子は正守(ただもり)、私の...玉藻ちゃんの弟です。今年は高校一年生になった」


 予想通り、あき君と同い年。俺に睨んでいる所為か、少し生意気そうだ。


「初めまして、タダモリさん。私はタマ...えっと、猫屋敷(ねこやしき)玉藻(たまも)の主人の、守澄(もりすみ)奈苗(ななえ)と申します」

 何故か自然と、彼の姉を自分のものと主張してしまった。

 その結果、彼の眉毛が小さく一回跳んだのを目にしてしまった。


正守(ただもり)、です」

 そう言った後、彼はそっぽを向いた。


 不良?いや、反抗期か。

 あ、あき君のことを忘れた。


「えっと、私と一緒に来た彼は私と同じ学校に通い、部活仲間の白川(しらがわ)輝明(てるあき)です」

「白川です。よろしくお願いします、猫屋敷さん」

「......」

「よ、よろしく」


 息子の方は返事しなかった所為で、代わりに奥さんの方が返事した。

 が、あき君に少し怯えているように見えた。さっきの「攻防」の所為なのか、爺の所為なのか。


「お義父さんが大変失礼なことをして、申し訳ありません」

「いいえ、結果的に何もなかったので、大丈夫ですよ」


 爺の所為か。


「それと、お義父さんの名前は(じゅん)です。今は多分河原にいると思う」

「一人にして大丈夫ですか。」

「えぇ、認知症が酷いが、迷子になったことがありません。ご飯の時間になったら戻って来ます」


 ふぅん...老人ボケもいろんな種類があるのな。


「では、あたしは今度こそ、厨房に戻りますね」

「あ、うん。私も、旦那さんの方へ行きます」

「それなら、多分玄関を出たら右に行って、その辺の空き地にいると思う」

「ありがとう」


 俺は奥さんに手を振って、外に出ようとするが、あき君が俺について来ようとする。


「あき君、タダモリさんと仲良くして」

「え?」

 あき君がポカーンとなった。


「ななちゃん一人で行くつもり?」

「えぇ」

「大丈夫なのか。」

「大丈夫でしょう」俺は気楽に答えた、「死んだら仇を取って」

「いや、そんなことを気軽に言われたら...」


 ...心配するよね...


「冗談冗談、サユリさんも『大丈夫』と言ったでしょう?」

「それでも...」

「いいから」俺はあき君の言葉を遮った、「そもそも、あき君にあまり関係のない話だし...」


 また余計な一言を言ってしまった...

 まあいいか。


「それじゃ、行ってきま~す」

 奥さんが去られた後のこの部屋に、俺は微笑んで手を振って、同い年のあき君とタマの弟を二人きりにして、「小屋」を出た。

......

...


 歩いて僅か数分、俺は「空き地」に到着した。

 タマのお父さんが空き地にある石を椅子代わりに、腰を曲げて一人で座っていた。


 哀愁漂っているな...


 俺はそっとその隣に座った。


「あぁ、守澄の。さっきはみっともないところを見せてしまった。すまない」

「いいえ。私も、年長者にするべき態度じゃなかった。ごめんなさい」


 まずは、挨拶代わりに、お互いに謝った。

 処世術だ。

 次の言葉からようやく本題に入るかどうかだけど、いきなり「タマの情報を教えてください!」とはいけない。

 俺的にはさっさとタマの情報を得て、さっさと帰りたいんだが、取る態度によって、得られる情報の量も変る。慎重に言葉を選ばなければ。


「さっき、意地悪の質問をしたことも、謝らせてくれ」

 え?なのこと?

 でも、相手から話を始めるのは都合がいい。静かに話を聞くだけで、どんどん情報が入ってくるから、無理に自分を作る努力はしなくていい。


「お前に、『玉藻と父親、どっちを選ぶ』みたいな事を聞いたのは、本当に悪かった」

「いいえ、そんなことは、もう...」

 曖昧な返答をして、本当の自分を隠した。


「お前の答えを聞いた時、意外にも、玉藻が家を出る時のことを思い出した。あの子は、本当に優しい子で、家を支える為に、『家』を出た。」


 無言を貫いたが、悲しそうな表情を見せた。

 分かるね、分かる。「お父さん」だもんね。


「俺はあの時反対したが、一番最初に迷ったのも、実は俺なんだ。この家を支えなければならないのに、俺に武術の才能がないから、門下生が一人ずつ去っていた。俺一人の稼ぎでは、とても五人家族を支えられなかった。」


 武術の才能がないのか。

 タマの父親で、キン肉マンみたいの見た目だから、てっきり強いかと思った。

 強くないのなら、あき君への評価も変るべきだろう。もう少しあき君を試すべきかもな。


「その時の、守澄家への奉公は、とても助かる話だった。一人の口数を減らせる上に、守澄家のメイドはかなり稼げる話もあった。」


 あ、話はまだ続いている。

 早く本題に入りたいが、静かに聞こう。


「けどよ...大切な一人娘を他の家に行かせるって、父親として結構辛いものがある。『かなり稼げる』というところも、怪しい感じがしたし、よくない想像をした。」


 ふむ、俺も一度は自分が父親になる時のことを想像したことがある。

 もし、娘が彼氏を連れてきたら...「てめぇ、うちの娘を傷物にしやかって!」とか言って、彼氏さんを殺しかねない。

 それに、男として「稼げるメイド」というキーワードも、確かに背徳的・魅惑的に感じる。


 「お父様」はマジでタマにいかがわしいことをしていないだろうな?


「だから最後まで反対したが、娘はもう自分で物事を決めれる歳になったし、俺はもうあの子を束縛する権利はない。結局、意地を張って、見送りすらしに行かなかった」


 タマから聞いたような気がする。「喧嘩別れ」だったっけ?


「それから、しばらくの間、あの子からの俺への連絡は皆無だった。妻と息子とはよく連絡するのに、俺と全く連絡しない。」

「どのくらい連絡しなかったの?」

 偶に話を掛けないと、聞いていないと思われる。


「...三年くらいかな」


 三年!全然「しばらく」じゃないじゃない。


「(タマの)お父さんは自分から連絡しなかったの?」

「したけど、基本無視される。」

 それは辛い...


 でも、他の家族と連絡しているのだったら、別に隠れて見ても構わないのではないのか。


「それから、ようやく俺への連絡が来るようになったが、お前の話ばかりだった」

「私の?」

「えぇ。『お嬢様は凄い頑張り屋』だとか、『病弱で不憫』だとか、色々...」


「私」の昔かぁ...少し興味ある。


「何で書いたの?」

「かく?変な言葉を使う子だな」


 変なのか。

 でも、俺は魔法を使えないから、書くという方法以外、文字を現わせないし...


「えっと、『まだ話したことがないが、気になる』とか言っていた。それに、『誤解していた』とも言っていたな」

「いや、えっと、『覚えている限りのこと』ではなく、手紙そのものが見たいんだけど...」

「手紙?手紙はなかったけど?」

「え?」


 手紙がない?


「じゃあ、どうやって連絡してたの?」


 まさか、手紙を捨てることはしないと思う、あそこまで親馬鹿なら...


 タマの親父さんは片手を耳に当てて、俺に向かって...

「念話で」

 と言った。


 ...

 ......

 ......................

 そうだった...

 携帯もパソコンも使われていないから、連絡手段を「手紙」だろうと思ったけど...

 よく考えれば、俺は使えないけど、普通の人間は「念話」という魔法を使って、お互いと連絡を取っているんだ。

 それをかなり前から知っていたのに、うっかり忘れていた。

 使ったことがないからわからないんだからしかたないんじゃないですか!


 はぁ... 顔が熱い。

 俺、今絶対顔真っ赤!

 恥かしい、恥かしくて死にそう。


「意外とドジなところがあるんだね」

 タマパパさんはそんなことを言った。


「いや、違、違うんだから!これは、その...」

 こっちの世界の人間じゃないから...いや、こっちの世界の人間だけど、心はそうじゃないんだから、こっちの世界の常識にまだ慣れていないんだ。

 魔法でも使えれば、最早く慣れるけど、偶々今の体は魔法を使えないから、それでまだこの世界に慣れていないんだ。

 別にドジッ子じゃない!結構しっかりしている方だ!寧ろ俺ほどスキのない人間は二人もいないと言えるけど、今回は偶々、うっかりしていただけ...

 普段は人をからかう側の人間だし、弄られる側の人間じゃないんだ!今回は本当に、うっかりして...


 言いたいことはいっぱいあるのに、一つも言えない。

 俺がこの世界の人間じゃないなんて、そんなことを言っても、誰が信じる?

 特にこのタイミングでそれを言ったら、本当に「言い訳もバカっぽい」ドジッ子になってしまう。

 それで、言葉が出せずに、俺はオドオドしているだけだった。


「悪い、変なことを言った。辱める気は全くないんだ。もう、この話を終ろう」


 彼の言葉に甘えて、俺は下に向いて、無口になった。

 恥かしい、顔の熱が消えない。


 暫く、音のない時間が過ぎていく。

 だが、俺がようやく落ち着いた時を見計らったように、タマの親父さんは再び口を開いた。


「実は、お前に嫉妬していたんだよ」

「私に?」

「えぇ。みっともなく、大人が子供に嫉妬したんだ」


 意外なことを聞いた。


「玉藻のやつ、ようやく連絡してくれたかと思えば、『お嬢様』『お嬢様』って、お前の事ばかり言うもんてな、それがとても羨ましくって...そして今日、お前が我が家に訪ねてきたと知った時、勝手な恨みと同時に、嫉妬も一緒に出てきて、女の子のお前を殴ろうとした」


 まあ、確かに。

 基本娘の彼氏さんに訪ねられたら、父親としていい気分じゃないけど...同性でも、同じようになるのか。

 それは、正直...キモイ。


「本当にすまなかった!許してくれ!」

 土下座でもする勢いで、タマの親父さんは俺に頭を下げた。


 よし、これは利用できる。


「本当にいいですから!それより、タマの情報を教えて」

 心の深い人間のフリをして、俺は「許す」と同時に、タマの情報をせがんだ。


「あぁ、そうだったな...」

 と言って、許されたことで放心したタマの親父さん。


 うん、それが一番の目的だから。

 だから、早くタマの情報を渡せ!


「実は、今、玉藻の生死を確認できる方法があるんだが...」

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