第七節 ナンパ事件...女の子が一人で立っていると?
色々あって、創立記念週間になった。
悪魔に遠出プレゼントされて、知らないメイド紹介されて、あき君と紅葉先生に詳しい日程を説明して、何故かそれを望様にもっと詳しい説明をさせられて...
そんなこんなで、今、俺は一人で転移魔法陣の入口に立っている。
集合時間過ぎて、5分も経っているのに、一人で、ここで立っている。
......ブチ。
あき君は死にたいらしい...
用事があって先に合宿場所に参った紅葉先生は許そう、そして俺の忘れ物を取りに屋敷に戻ったメイド長ちゃんが送ったメイドも許そう、集合時間に来なかったあき君は許せない。
後で色んな「お願い」をしておこう。
「こんにちは。『待ち人現れず』って顔をしてますよ、お嬢さん。」
「はぁ?」
誰だ、いきなり?
と思って、相手を見たら...お洒落な服に弾けそうな笑顔、感じ良さそうな男の青年が近づいてきた。
「うわぉ。君は怒った顔も素敵だね。とても綺麗だよ。」
大変素晴らしい「お世辞」だな...
「何か用ですか。」
「いやなに...綺麗な女の子が一人でずっとここにいるものですから、『何かな』と思いまして...」
「別に。話すほどのことじゃないんです。」
「それは残念!しかし、君はもう少し周りのことに気を配った方がいいですよ。」
気を配る?俺は何かしたのか。
少し周りを見てみると、やけに多くの人に注目されていることに気が付いた。
「こんな可愛く着飾ったかわいらしい女の子が一人でいたら、みんなに気に掛けられるのも無理はありませんよ。」
「はぁ...」
俺の今日の服装は薄いピンク色の...えっと...「ニット」という名前の上着と茶色のミニスカート。夏までまだ少し先なので寒いんだが、なぜが張り切っているモモを止められなかった。
そもそも俺は女の子の服に詳しくない...男の服にも詳しくないので、寒くならず、そして熱くならない服なら、何でもいい。だから俺に服を選ばせれば、きっと凄くダサい服になるから、「服装」についてはメイド達に任せているのだ。
とはいえ、効果覿面だな。男も女も、目が俺に釘付けになっている。結構、恥ずかしい...
自分が衆目に晒されていると分かってしまい、居た堪れなくなった。この環境、元「引き篭り」にはちょっとキツい。
「あはは、すみません。ちょっと人気の少ない場所に移りますね。」
まったく...ちょっと可愛い服を着て立っているだけなのに...
「あ、いいえ!別に追い払おうとした訳じゃない。一人でいることが危険だと伝えたいだけです。ほら、私と話をすることになって、見ている人もかなり減りましたよね。」
青年の言う通り。さっきと比べて、こっちを見る人が段々と減っていき、今はもうチラッと見てくるだけ、見つめてくる人はいなくなった。
「人を待っているのでしょう?ここを離れたら、その人も心配になるでしょうから。」
この人、意外と色々考え深い人だな。
「ありがとうございます。お陰様でここを離れずに済みました。」
俺は彼に小さく頭を下げた。そして頭を上げた時、彼は元気な笑顔を見せた。
「今日はこれからデート?」
用事も済んだのに、まだここに残って俺と話をする彼がおかしく思い、少し彼の目的について考えてみた。
...なるほど。
これは俺が再び「衆人環視」にされない為の気遣いだろう。
優しい人だな。
その気持ち、甘えておこう。
「いいえ。これからちょっと別の区に旅行しに行きます。」
「いいですね。私も丁度『旅行』の帰りです。よかったらどちらに行くのを教えて頂きますか。」
「別に構いませんが、特に面白い場所ではないのですよ。」
「それは人それぞれでしょう。お嬢さんはどちらに?」
「宇摩山区です。」
「偶然!私は丁度宇摩山区から帰ったところです。」
「はあ...」
しまった!「俺に関係あるの?」とか思って、気のない返事をしてしまった!
えっと、この場合、正しい返事は確か...
「ほ、本当に?偶然ですね!」
よし、完璧。
「もしかして、今日、『隠れの里』に住むの?」
「えぇ、そうです...」
「隠れの里」は俺が予約を頼んだ旅館だ。山の中に建てて、温泉も出る旅館だが、少し歩けば巨大な崖に辿り着く。高さは約150m、滝はないが、草木が生やしていないその崖はまるで馬の絵のように見える。
そして、露天風呂に入れば、必ずその崖を遠くから見れるらしい。旅館がその崖に隠されたようになっているから、「隠れの里」と名付けられたそうだ。
「やはりそこは有名ですか。」
「えぇ。宇摩山区の一番有名な旅館。」
だろうな。話を聞いた時から、結構良さそうな感じがしたし、一番値段の高い旅館でもある。
「興味があるなら、少し話そうか。」
「え?いいよ、そこまでしなくても...」
「大丈夫です。先も言いましたが、私は旅行の帰り。これからはもう家に帰るだけだから、時間はたっぷりあります。」
「そう...」
人避けの為の話題だし、構わんだろう。
「じゃあ、少しお願いしよっか。」
「喜んで!」
そう言って、青年はいきなり俺の手を握った。
「え?」
「さあ、少しお茶しながら、話しましょう。」
青年はそのまま俺を連れてどっかに行こうとしている。
「あの、此処ででは駄目ですか。」
この時、俺も流石に少し警戒してしまった。
「長い話になるし、座って聞く方がいいよ。」
理屈はあっているけど...
「でも、私は人を待っていて...」
「そこの喫茶店だよ。」
そう言って、青年は遠くない場所にある店を指差した。
「あそこなら、誰が来ても、すぐにわかるでしょう?」
確かに、そこでなら、ここはよく見えるでしょうけど...
「さ、早く行こう。」
「は、はい!」
強引な彼に俺は逆らえずに、彼に引き連れられて、俺は歩き出した。
彼の言うこともおかしいところはないし、悪い奴に見えない。そして何より、彼に掴まれている手が痛い。恐らく彼の魔力の影響だろうが、俺の心臓がドキドキして、少し興奮している。
ただの時間潰しだ。ギャルゲーをやりすぎて、変なことを考える俺はおかしいんだ。
変なことは、そう簡単に起きない。
......
...
どうしてこんな状況になったんだろう...
先ほどまではもうすぐ来るであろうあき君を待ち、転移魔法陣入り口に居たのに、今は初めて入った喫茶店で知らない人とお茶を飲んでいる。
「食べたいものがあれば、何でも注文していいですよ。出会いに祝して、一品ぐらい奢らせてくれ。」
「ははぁ...ありがとうございます。」
金銭面は恐らく俺の方が余裕があるけど、生憎今何も持っていないんだよね...
というより、今はあき君のことが気になって、とても食べたい気分じゃないんだ。
ちょっと遅刻したくらいで、彼に心配させて報復する気はない。そこまで大人げ無くはない。
「あのぉ、別に食べたいものはないので、帰っても...」
「もしかして、この店、初めて?」
「え?あ、はい。」
いきなり俺の話の腰を折ったよ、この野郎。
...一回目だし、今回は許してやる。
「それなら、カフェラテをおすすめだよ。ここのカフェラテは希望すれば、手の込んだ絵を描いてくれる。特に欲しいものがなければ、それを一度注文してみて。」
想像以上に強引な人みたいんだな、ぐいぐいと押してくる。
でもカフェラテかぁ...久しく飲んでないから、ちょっと欲しい気分だ。
昔メイド喫茶に入る時、必ずアニメのカフェラテを注文するんだが、こっちに来てから、毎日メイドを見れるから、長い間カフェラテを飲んでいないな。
「そうですね。じゃ、それにします。」
俺が注文を決めたと分かり、目の前の知らない男性はすぐウェイトレスを呼んだ。そしたら、可愛いミニスカートの制服を着た若い女性ウェイトレスがゆっくり歩いて来た。
長くて白い太ももが...うわお...
うちのメイドみんな長いスカートのメイド服を着て、太ももとか、腕とか...肌はあまり外に出さないんだよ。一緒にお風呂に入れるから、それを我慢したのだが、やっぱミニスカはいいものだ。
こちらに来たウェイトレスに、男性が対応してくれた。
「カフェラテ二つ。」
「かしこまりました。お好きな絵が選べますが、如何ですか。」
「こちらの...えっと、失礼、お名前を伺うのを失念しました。お名前を教えていただけますか。」
いきなり話がこっちに振って来た。
「ななえです。」
うっかり個人情報を口にしたが、遂、名字の方を隠した。
「『ナナエ』...良い名前ですね。ナナエさんは何がリクエストありますか。」
リクエスト...描いてほしい絵のことか...
「ネコ...」
今日の予定を考えると、ついその言葉を口にした。
俺の言葉にウェイトレスが戸惑いを見せた。
「ネコですか。」
「はい。描けますか。」
「自信はありませんが、描いてみます。こちらのお客様は?」
「私はいい。こちらのお嬢さんのだけでいい。」
「かしこまりました。」
ウェイトレスが離れて行きました。
「意外な『御趣味』ですね。」
「おかしい?」
「何百年前に絶滅した動物ですから、今時その名前を知っている人はあまりないんです。」
猫が、絶滅した?
ついこの間、屋敷に迷い込んだ猫と会えたのに...絶滅なんて聞いてないぞ!
...いや、悪魔ちゃんが一度口にしたことがある。その時、「ありえない」と思い、聞かなかったことにしたのだが...
そうか...本当のことなのか...
「もしかして...知らないのか。」
「えぇ。ずっと屋敷を出なかったもので...」
俺はショックの余りに、少し誰とも話したくないな気分になって、適当に返事した。
「本当?深窓の令嬢ってやつ?」
「そうですぅ...」
うるさいな...静かにしてくれない?
「じゃあ、これはどう?」
いきなり目の前に小さな子犬が走って来た。
猫が絶滅したのに、なんで犬はまだいるのだ?別に嫌いじゃないけど、猫と比べ物にならない。
にしても、ちょっと小さすぎない?俺の目は今机を見ているのに、その机の上に走っているって、どんだけ小さいんだよ。
って、よく見れば、大きさは俺の指一本ぐらいしかない!
「どう?これ、うちで飼っている『犬』という生き物なのだが、可愛くない?」
可愛い。小さすぎて可愛い!でも、犬ってこんな小さい生き物だっだけ?
「こ、このコ、ちょっと小さくありませんか。」
「ぷっ、はは、何言ってんの?これ、ただの『模倣人形』でしょう?」
「模倣人形」?何だそれ?
俺の疑問に気づいたか否か、彼は指を一回鳴らして、机の上の子犬は消えた。その後、彼は俺の手を掴み、一つ丸い玉のようなものを俺の手の上に乗せた。
「これは『模倣人形』という魔道具、今流行りの玩具だよ。一つの玉が一匹の動物を模倣でき、その動きを再現することができる。複数持っていれば、一気に多くの動物を作り出せて、一定時間後に消える。現実のその動物と全く同じ行動するが、本体に影響がない。だから、ストレス発散にも使える。具体的な発散方法は言わないでおこう。」
凄いな、これ。小人軍団作れそう。
あれ?でもこれ、どこかで見たような気がするんだが...思い出せない、まあいいか。
「お待たせしました。カフェラテ二つです。それと、お客様。この店は『魔法禁止』ですよ。」
何故かウェイトレスちゃんが「魔法のステッキ」みたいなものを使って、名前も知らない俺の相方を軽く叩いた。
「参ったな。魔法禁止されちゃった。」
何このご褒美?俺も笑顔で叩かれたい!
「何されたのですか。」
「これも知らないのか。」
「えっと...」
「この店は『魔法禁止』の店だ。さっき魔法使ったから、ペナルティとして、一時間魔法禁止された。」
てことは、あの「魔女っ娘ステッキ」に叩かれただけで、一時間魔法禁止なのか。そもそも魔法は禁止できるものなのか。
まだ知らないことがいっぱいだな。
「どう?元気出た?」
「は、はい。」
何故が先から「ですます」使わなくなった彼。
確かに彼のお陰で、少し「猫」のことを忘れられそうだ。
そう思って、目の前のカフェラテを鑑賞した。
猫の絵だ。
でも、それは〇一つ・△二つ・糸六本・点三つの落書き猫だ。
別に下手という訳じゃないけど...俺の世界の「職人」を連れてその腕を見せてやりたい。
「ねぇ、ななえちゃんのこれからの予定は?」
え?なんでそんなことを聞く?
「えっと、あき君と一緒に宇摩山区に行って、それからのことはまだ考えていない。」
「それなら俺と一緒に遊ばない?」
「え?」
いやいや、なんでお前と遊ぶことを進めてくるの?こっちにはこっちの予定があるんだ。
「あき君は待っているので、一緒には行けません。」
そう言えば、あき君は今頃もう着いているのだろう。心配しているのかな...
「いいじゃん!遅刻した彼氏のことをほっといて、俺と遊ぼうよ。」
彼氏じゃないし!
ってか、こいつ、さっきから馴れ馴れしい!最初にあった時の「好青年」はどこに行った?
「あの、本当にすみません。私、もう帰らないと...」
「ま、待ってよぉ。」
いきなり腕を掴まれた。
「出会いも一つの縁だし、少し俺に付き合ってくれよ。」
そう言いながら、男は掴んだ俺の手をニギニギして、感触を楽しんでいた。
気のせいじゃなかった。
この男、先から事あるごとに、俺の体に触れようとしている。
俺はようやく気付いた、自分はナンパ男に絡まれていることに。
気づかない内にナンパされている...喜んでいいのかな...
でも、そうと分かれば...
「すみません。手を放していただけませんか。」
「え?」
「君のことに全く興味ありません。いい加減、私を帰してください。」
そう言って、俺は彼の手を振り解こうとした。
しかし、彼は俺の手を掴んで、放さなかった。
ムカッ。
「あの、手を放してください。」
自分の声が低くなって、眉に力を入れていることに気づいている。どうやら、俺は相当に怒っているらしい。
俺はナンパ男が嫌いだ。
俺にとって奴らは言葉巧みに女の子をすぐホテルに連れ込む最悪な奴。きっと女の子を食いまくってるだろうな。毎日「一夜の過ち」を犯しているのだろう。
羨ましい...死ねばいいのに...
しかし、目の前の名の知らぬ男性は俺の気持ちを知らない。まだしつこく俺を放さない。
「どうしたの?俺、怒らせるようなことを言ったのか。それなら謝るよ。」
はぁ...わかんないのかな、この人。
もう、めんとくせぇな!
「人に触られるのは好きじゃない。放せ、下郎。」
俺は彼を見下した。今の彼の顔が酷く醜く見える。
俺の豹変ぶりに驚いて、一瞬、彼は手の力を弱めた。
俺はその一瞬を逃さずに手を引っ込めて、飲んでもいないカフェラテをそのままにして、店を出た。
お金持ってないし、勘定は彼に任せた。
俺の時間を無駄にした罰金として...
店を出ると、すぐにあき君の姿を目にした。彼は今、先まで俺が立っている場所に、俺を待っている。
彼に悪い事をしたな...申し訳ない。
でも、何故か少しほっとした。
「あき君!」
俺は声を出して、彼を呼んだ。
しかし、俺は思いもしなかった——自分が、その次の瞬間に、口を塞がれることを。
「釣った魚を見す見す逃す訳ないでしょう?」
俺の口を塞いだのはさっきのナンパ男である。
「ゆっくり落として、今後も楽しむつもりだったが、まさか急に態度を変えて、俺に恥を掻かせた。そんな悪い子にはちょっときつめなお仕置きがいるね。」
こうなるのを予想していない訳じゃない。寧ろ予想したから、彼の隙を突いて店を出たのだが、彼が人前で俺を拘束するのは流石に予想しなかった。
罵詈雑言を浴びせてあげたいが、口が塞がれて声を出せない。ので、全力で彼を睨んだ。
「そんな可愛く睨んできたら、益々逃がせないね。」
逆効果だった。
「私」になってから、俺は一度も人を怖がらせたことがない。元の世界では、なんだかんだで人を恐怖させられたのに、女の子になってからは舐められて、怖い顔をしても、人を怖がらせられない。
どうやら、人を怖がらせたいなら、俺は別の方法を考えなければならないみたい。
「では、お兄さんと楽しいことをしましょう。」
そう言って、この男は俺をどこかに連れて行こうとした。
「彼女を放せ。」
重くて低い男性の声がした。
信じられない音色を聞いた俺は、声を出したあき君を見て、一瞬身震いした。
いつも可愛い女の子みたいな顔が、今は人を殺せそうな殺人鬼のような顔になっている。
「彼女を、放せ。」
同じ言葉を繰り返して、ゆっくり近づいてくるあき君はさらに険悪な表情を見せた。こんな怖い表情、俺は生涯一度しか見たことがない。
あれはそう、妹が家出した時のお父さん...
...この話はまた後にしよう。今はあき君に集中しよう。
しかし、あき君がこんな怖い顔をしたのは俺の為だと思うと、少し嬉しい気持ちになる。
「ダチがピンチだから、ダッシュで駆け付けた」的な感じだから、変な意味じゃないから。
「何だお前?関係ねぇ奴はお家に帰りな。」
「その人は俺の部活の部長だ。彼女を放せ。」
「チッ、ガキが。あんま大人を舐めんな。」
ナンパ男はもう一つの手であき君を指差した。
「中退した時の俺の魔法力が八百五十だ。言葉一つで、お前病院送り。」
「...」
「なに?ビビったの?」
「いや。魔法を封じられた人に、そんなことを言われて、反応に困っている所だ。」
言われて思い出した。確か、彼はウェイトレスちゃんに可愛く叩かれたっけ。
一時間魔法禁止ってやつ?さっきされたばかりなのに...彼はバカなのか。
しかし、あき君はどうやってそんなことを知ったのだ?
「う、うるさい!ちょっと間違えただけだ!」
顔真っ赤。アホだ、こいつ!
「調子に乗るな、ガキが!」
ナンパ男は俺の首を掴んで、無理矢理俺の顔を自分に向かせた。
「この娘が辛い目に会わせたくないなら、とりあえずそこで動くな!」
まだナンパ男が力を入れる前なのに、もう辛くなっていて、咳しそうになっている。
駄目だな、ここは。掴んだら、喉を痛めてしまう。
そして、あき君と言えば、本当にナンパ男の言う通りに、立ち止まって、来なくなった。
その優しさに感謝だが、「人質を取られ、仕方なく犯人の言葉に従う」行為は、実に腹立たしい。
幸い。「人質」となったのは俺だから、腹立たしさが半減できた。もし、「人質」となったのは俺の大切な人だったら...
「いいぞ!そこで見とけ。」
そう言って、ナンパ男は俺にキスしようと顔を近づいてくる。
彼は俺の恐ろしさを知らないようだ。
今の俺は確かに無力な女の子だけど、それでも、手足の自由を許したのは、彼の間違えたった。
とりあえず、「目」だな。
俺はナンパ男の両目に、思い切り指を入れた。
「ギャアアアアアアア!」
ナンパ男は自分の両目を押さえて、地面でのたうちまわった。
ちょっと位置がずれたが、十分なダメージを与えた筈。
だが、俺はまだ彼を許すつもりはない。
俺の足がナンパ男の股間を狙って、タイミングを見て、思い切り蹴りを入れた。
「ぐぅ!」
俺の右足が彼の股間を命中できず、普通に彼の足を蹴っただけだった。
体の反応が遅いな。覚えておこう。
「ななちゃん?何してんの?」
あき君が声を掛けてきた。
「あは、あき君!」
一瞬で自然な笑顔を見せた俺。もはや条件反射。
「助けてくれて、ありがとう!」
俺はあくまで笑顔であき君と話をしたのだが、何故だがあき君は一歩俺から離れた。
でも、正直俺は今すぐにでもあき君の側に行きたいので、離れられたらちょっと嫌だ。
理由は...やはり目の前のナンパ男だろうな。
「ごめんね、あき君。すぐにトドメを刺しておくから、待てて♡!」
俺は、今度こそ、ナンパ男をニューハーフにすべく、再びナンパ男の方に振り返った。
だが、まさかナンパ男はもう回復して、立ち上がっているのを予想できなかった。
「この小娘が!」
そう言って、ナンパ男は俺の頭を掴まえようと手を伸ばした。
しまった!と思うのと同時に、俺はその手を避けようと少し横に頭をずらした。
けど、やはり体が思い通りに動けず、頭をあんまりずらせなくて、ナンパ男の手の間合いから逃れなかった。
次の瞬間、ナンパ男の手は俺を掴まえるという時、突然、「銃声」が響いた。
「ウギャアアアアアアアア!」
又もや、ナンパ男の叫び声。彼は全力で、自分の手を押さえて、その手から一筋の赤い血が流れた。
「無礼者!この方が誰だと思っている?」
片手に拳銃を構えて現れた人は神月 椎奈、メイド隊一番の古参、オーロックスの平民である。
頭の上の二つの角が、彼女が「牛」関係の種族であることを証明しているが、俺のイメージでは角を持つ人=鬼であるから、どうしても彼女を牛と繋がって考えられない。
胸も小さいし...
メガネを掛けて、真面目な表情で銃を構えている姿はとても凛々しいんだが、普段の彼女はいつも俺に愛想笑いをしている猫被りっ子。メガネも伊達メガネだし...
ただ、スラッとした体つきと真面目ぶっている時の凛々しい顔、女なのに身長が180cm近くある、伊達メガネ、短髪...この全てを合わさった彼女は「男装の麗人」に相応しい。
メイド服を着ている今の姿はちょっと笑えるけどな...
「無知な貴様に教えてやる!このお方こそが、守澄家次期当主:守澄奈苗様だぞ!」
何だが時代劇を見たくなった。もう見れないけど...
ナンパ男が俺の今回の護衛メイドを見て、そして彼女の言葉を聞いて、ホケーとした顔で俺を見つめた。俺はその間抜け顔が可笑しくて、それを見下ろす為に、側に来たメイドの肩に手を乗せて、一気に彼女の頭まで登り、背負わせるような形になって、再びナンパ男を嗤ってやった。
「私はななえ、守澄奈苗。世界を牛耳る守澄財閥の次期当主。ごめんね、教えるのが遅くて。」
「え?あ、えぇ?」
ナンパ男は言葉を忘れたようだ。
「守澄家の力を以て、貴様を世間から消すことは容易い。お嬢様にあそこまでの仕打ちをした貴様は許せないが、その決断を下す権利は私にありません。今の内にお嬢様に『命乞い』でもすれば?」
「え、えっ、えぇ?や、やめ、やめて、く、くださっ、ください。い、命だけは、許して、ください...」
守澄の名字に余程恐怖を感じだのが、男は全身震え始めて、言葉も噛み噛みで、俺に向かって命乞いをした。
俺はこの時、彼に対する興味が一気に無くなり、もう虐める気すら失せた。
「失せろ。二度と私の前に現れるんじゃない。」
「はい!」
ナンパ男が逃げて行きました。
結局最後まで名前を聞けなかったその男が見えなくなった時、メイドがいきなり両膝を地面に着けた。
「申し訳ありません!私が早く戻ってこれなかった所為で、お嬢様に危険な目に遭わせてしまいました。如何程の罰も受ける所存です。」
戻りが遅いのは確かだが、彼女はリンのような足の速い種族じゃない。時間を掛かるのは仕方ないし、そもそも俺の忘れ物を取りに戻ったのだから、元を辿れば俺の所為になる。
「いいよ、シイちゃん。今回のことは君に功があっても罰はない。」
男装麗人だけど、名前がとても可愛い。だから、俺は彼女を「シイちゃん」と呼んでいる。
「それより、私のカバンを持ってきた?」
「はい。こちらをどうぞ。」
シイちゃんは銃を地面に置き、両手でカバンを上に居る俺に渡した。
しかし、彼女が銃を置いた時、俺は少し興奮した。
正直、屋敷に居る頃、俺は「素手」のメイド達しか見たことがない。だから、俺のメイドが所持している武器を見たのは今日が初めて。
拳銃なんて、この世界にないものだとばかり思っていたが、今日からその認識を改める。
何しろ、シイちゃんが地面に置いた拳銃は一丁ではなく二丁だ。つまり、彼女は二丁拳銃使い!
かっこいい!
俺はカバンを手に取って、速やかにシイちゃんの背中から降りて、彼女の目の前に回り込んだ。
「シイちゃん、武器を持ってポーズを取って。」
「かしこまりました。どのようなポーズがいいのでしょうか。」
「まずは右手を上に上げて、左手を自然な感じで下に置く。」
「こうですか。」
「何が違う。今度は銃を前に向き、敢えて左手を少し後ろに下がっている感じなポーズを取って。」
「こうですか。」
「これも違う。では、今度は...」
暫く、俺はあき君のことを忘れて、シイちゃんで遊んだが、全然かっこいいポーズを取れない二丁拳銃使いのシイちゃんに失望し、懐中時計2番を取り出して、時間を確認した。
2時...
1時集合し、1時半出発の予定なのに、すっかり遅れてしまった。
紅葉先生を待たせているのかな。いい加減、出発しないと。
「では、あき君...」
出発しよう!と言おうとしてあき君に向き合うと、急に判らない感情に襲われた。
あき君は俺の為に、あそこまで怒っていた。いつも困って笑っている彼が、自分より強いかもしれない相手に立ち向かい、ただ、俺の為に...
どうしてたが、俺は彼が愛しく思った。彼に幸せになってほしいと思った。
そして、俺は心の思うがままに、彼の懐に飛び込んだ。
あぁ...この匂い...やっぱり落ち着く...
他のことはどうでもよく思い、ただ、少しだけ、おかしくならずに人肌温度を楽しみたい。
そして、約三呼吸した後、俺はあき君から離れた。
「では、しゅっぱーつ!みんな私に付いて来てくださーい!」
俺は急いで、先頭に立って邁進した。
モモ、ラビットのメイド。悪戯大好きな悪い子。