第六節 活動準備②...天は人の上に人をつくらず?
道具屋、そして...
金髪イケメンきたああああ!
っとまあ、別にそこまで興奮できることじゃないけど。
とりあえず、ようやく彼が正式に話を絡んで来た。
長かったな...
俺が昼休みの残り少ない時間に寄った場所は「裏小売店」だ。
ここを経営しているのは二年の先輩、貝塚なんちゃら。苗字の方は頑張って覚えてあげたけど、名前まで覚えてやれなかった。
人の名前を覚えるのが苦手だ。っていうか、覚える気がなかったから、覚えられないんだ。さっきのクラスメイトは、上村...なんだっけ?
まあ、名前のことはどうでもいいんだ。肝心なのは貝塚先輩の「職業」だ。
彼はとある会社の跡継ぎだ。その会社を継ぐのは彼だけだし、彼以外に継げる人はいない。経営難に陥っているが、従業員達は会社の為に一所懸命頑張るとてもいい会社だ。中には低賃金で働いている人もいるし、給料をいらないという人もいる。彼が継ぐ会社は店こそ一つだけだったが、その店は数多くの大企業と繋がりがあり、己特有の方法で各会社の製品をお客に教え、それを買ってもらえるようにできた小売業のお店。その人徳と実績から、多くの大手企業の商品をも任されて、お客さんに低価格で商品の購入も許されている。
彼はそんな会社の為に、勉強に明け暮れて、遂にこの学園に入学するほどの結果を出した。それでも彼は努力を止めず、経営ノウハウの勉強だけでこの学園に居ることをせず、その実践までできるように学園にお願いした。彼の前向きな姿勢に先生達が感動し、特別、学生相手のみの「裏小売店」の経営を黙認した。当たり外れは大きいが、「返品可能」と彼の真摯な態度のお陰で、彼の小売店はいつも繁盛している。
「へい、らっしゃいらっしゃい!良いものあるよ!掘り出し物いっぱいあるよ!」
正直に言おう。彼が継ぐのは家族経営の小売店だ。
元気よく客引きしている彼に、殆どの生徒は素通りしていく。もう授業開始の10分前だから、彼の売り物に興味を示す不良生徒もいないでしょう。
俺も別の時間にしようと一度諦めようとしたが、近いし、ちょっと見るだけならすぐに終わるでしょうと思って、「お店」に寄ってしまった。
「貝塚先輩、こんちわ。」
「守澄さん!」
俺の突然の「ご来店」に貝塚先輩は狼狽えて、変なポーズを取った。俺が彼の目の前に着いた時にようやく少し落ち着いて、ぎこちない笑顔を見せた。
「久しぶり、守澄さん。」
貝塚先輩はかつて俺に告白して、俺に酷く振られた男子の一人だった。振られた後、彼は俺を避けて、決して近づかないようにしているが、俺から話しかけてくることを想定していなかったらしい。
勝手に告白してきて、玉砕したからって、もう友達には戻れないと思うのは彼の勝手だが、そんなこと俺には関係がない。
「久しぶり、今日はお客様として来ました。何か掘り出し物ないかな。」
「あぁ、もちろんいっぱいあるよ!」
そう言って、パパッといろんなモノを机に並べて、一つずつ俺に紹介を始めた。
「こちらの商品は『騒音シャッター耳飾り』、おしゃれなデザインにルビーの宝石、嫌いなあの人の音を『完全シャット』できる、女の子にびったりの一品です。しかも、シャットする人の声は一人につき10、たったの10の魔力だけ!丸一日シャットできる。今なら特別価格で1金貨30銅貨で販売、お得で実用的アイデムですよ。」
人当たりの良い彼は自分を振った相手にも愛想笑いをするが、流石にいつものように客にびったりの商品を紹介できず、魔力量が5だけの俺に5以上の魔力を消費する商品を紹介した。
きっと心の中は穏やかじゃないでしょう。
もちろん、生命力を消費すれば、俺でもこの魔道具を使用できる。だが、オシャレ以外、嫌な音を消すだけのモノに、俺は価値を見出せない。
嫌いな声を聞こえたら、耳を塞ぐか無視するか、はたまた「黙れ」とか言えばいいのではなくて?
「他には?」
「では、こちらの商品はいかがでしょう。『時報腕時計』、持ち主の好みに合わせて、自動的に時報の音が変わり、望めば自分の声も、好きな人の声も記録できる。これも今流行りの一押し商品です。しかも、まだ発売されたばかりの商品である為、他の店では80銀貨以上で売られているが、うちでは学生向けの試作品ということで、50銀貨だけであなたの望むデザインを選べる、今だけの特別価格。この機会を、決して逃さないでください。」
腕時計。元の世界では電力を使っているが、こっちでは魔力を消費する。その為、電池切れの心配はないが、着けているだけで俺の少ない魔力がスイスイと吸われていく。他の人にとって取るに足らない程度の魔力だが、俺にとっては死活問題。
幸いお父様のコレクションから発条式の懐中時計を見つけたので、それで時間の確認はできる。時報は聞けないのは残念だが、どうせ買っても使えないから、この商品も没だな。
「何か他、自分の魔力を使わない商品はありますか。」
その時、彼はようやく俺の事情を思い出したらしい。
「あ、ごめなさい!もちろんあります。こちらはいかがでしょう。」
彼は一輪の花がくっついてたカチューシャを取り出した。
「『四季のカチューシャ』、季節と環境の変化に従い、様々な花を咲かせるカチューシャ。咲く花は一輪だけですが、使用者の魔力を使わず、周囲の魔力を使用するとても便利なアイデム。さらに、魔力を注ぐことで、自由に好きな花を咲かせることも可能、前シーズンの一押し商品。これはどうでしょうか。」
確かに自分の魔力を使わなくて済む魔道具だが、ただのオシャレアイデムじゃないか。何の役にも立たない。
使えるアイデムはないみたいだな。どれもこれも魔力を使うものばかり、人の都合を考えてくださいよ、製作者達!
...待てよ。俺は言うべき言葉を間違えたみたいだ。
「貝塚先輩、掘り出し物ではなく、売れない物を見せてもらいませんか。」
「売れない物?まだ残ってるのかな。」
彼はそう言って、後ろに振り向こうとしたが、ふっと自分の腕時計に目を移し、俺に話しかけた。
「もうそろそろ授業の開始時間だけど、大丈夫?」
もしや、彼の次の授業は「必修科目」なのか。
「貝塚先輩は大丈夫か。」
「私なら大丈夫だ。次の授業は『体強』。」
「体強」、「体力強化」。中学時は殆どの生徒の必修科目であるが、高校生になったら出席しなくてもよくなった。今は平和の世、健康体であれば生きるに十分。強い体を持っていても、社会に進出時に有利になる事は少ない。
「体強」を受けなくても強くなれる種族と、「体強」を受けても強くなれない種族がある。しかし、もはやそれは生きていく上で必要なものではなくなっていた。
「私も大丈夫。心配しないで。」
俺の次の授業は「魔理」、「魔術理論」。必修科目の上に、今の世を生き抜く為の最も重要な授業だが、どうせ聞いてもわからないから、サボろう。
「それなら...」と言って、彼は一つのカバンを取り出した。
「『戦場用貯蔵箱』。まだ戦争していた昔のものだが、外見をレディースバッグに改造した一品で、懐古商品だ。地面の魔力を使用するため、地面に置いている時にしか作動しない。もの貯蔵量は無限だが、そもそもそれはものを一旦別の場所に移し、またその場所からものを取り出すだけなので、ものが盗まれる可能性はある。これがまだ元の形のままなら、コレクション達に重宝されるでしょうけど、今はただの使えにくいバッグ。だから売れ残ったけど、いります?」
他の人達は魔力で物入れ用の結界を作ったり、自分の魔力を認識する鞄を使ったり、人にものを盗られないような方法で様々なものを携帯できるが、俺はそれができない。けど、ちょっと使いにくいし安全性も低いが、これがあれば俺も他の人間のように大荷物を持ち運びできる。そして、レディースバッグに改造していたから、多分それほど重くはない。持ち歩いても疲れないだろう。
試しに肩に掛けてみた。
...いけるな。
「これはいくら?」
「もう処分するものだから、タダでいい。」
貝塚先輩は気前のいいところを見せたが、商人として失格だな。
俺には関係ないことだ。
「ありがとう!貝塚先輩。また来ますね!」
俺はバッグを手に取り、「裏小売店」から去った。
人当たりがよくて、笑顔で接客する貝塚先輩は男女どちらからも好感を持たれてる。俺も彼のことが好きだが、彼とその家族経営の会社と「関わりたくない」と何故か思っていて、彼の「念話印」を貰いたいとまだ思えない。
買ったバッグは丁度「ナナエ百八(予定)の秘密道具」の13番目になるが、この不吉さが実に心地よい。
さて、少し遅れたが、サボらずに授業に出よう。遅刻の理由は「ちょっと調子が悪くて」とでも言って、先生に勝手に想像してもらおう。
......
...
放課後、俺は星の入部届を渡す為に職員室に寄った。驚くことに、職員室に一人しかいなかった。
「千条院先生。」
俺の呼び声に気づき、彼は笑顔で俺を迎え入れた。
「やあ、守澄さん。こんにちは。職員室に何か用事ですか。」
彼の名前は千条院望、星の兄貴だ。多くの昔の貴族は魔道具の発明の時に時代に追いつかず、没落し家計に困る中、彼は何とか生き残った方に属している。
見た目が金髪なイケメンで、落ち着いた声を出している。その上礼儀正しく、女性に優しい。憎たらしいくらいかっこいい人だ。
「他の先生達は?」
俺の言葉に彼はなぜか返事に戸惑った。
「みんな、ちょっと用事で...」
「何の用事?」
「はは...」
彼は笑みを見せたが、口を噤んだ。
俺は聞いちゃういけないことを訊いたのか。
...
知るかよ。人の繊細な事情など...
「ねぇねぇ!何の用事?教えて!他の先生達は何ていないの?」
俺のしつこさに千条院先生は「仕方ないな」という表情を見せたが...
「醜い大人の醜い話し合いですから、ななえちゃんは知らないほうが良い。」
二人きりの状況に気づいて、彼も少し警戒を弱めたらしく、俺のことを「ななえちゃん」と呼ぶようになった。
昔の「私」は彼と面識があって、しかもそれなりに親しかったらしい。その為、二人きりの時は結構砕けた感じになる。
「ケチッ。望様は真面目すぎます。」
別に「私」の記憶を「思い出した」訳じゃないが、彼に対して自然とこういう喋り方になる。
「では、望様はどうしてこちらに残っていましたの?」
別に先生達に興味はないが、望様がそこまで言いたくないとなると、逆に聞き出したくなるのは普通でしょう?
「あまり興味ありませんから。」
「興味ない?どうしてですか。」
「結果は最初からもう決まっているのだ、ですから、参加していません。」
「おかしな話ですね。すでに『決まった』のなら、なぜ他の先生達は行きましたの?」
一つ目の罠、先生達は「会議」ではなく、他の人と「話し合い」をしている?の確認。
「おそらく、彼らはまだ自分達の要求が通れると思っているのでしょう。」
要求が通る?相手を甘く見ている?
先生達全員でも、「話し合い」に負ける。先生達を負かす人は一人なのか。
「そんなに凄いのか、あの人?」
あの人って誰だろうなぁ、釣れてくれねぇかな。
「えぇ、凄いです。何せ...」
突然、望様が口を閉じ、代わりに両目が俺を捕らえるように真っ直ぐ見つめてきた。
やべぇ、気づかれたか。
いや、まだわからない。
とりあえず「どうしたの?」って感じで、笑顔で望様を見つめた。
しかし、望様の表情が「疑惑」から段々と「確信」に変わり、微笑んで俺の頭を上から優しくグーで叩いた。
「あまり大人を侮るな、この小悪魔め。」
軽い痛みが走り、俺は自分の頭を押さえて、舌を一回出して小さく笑った。
こういうの「てへぺろ」と呼ばれ、場合によっては人をムカつかせる行為なんだけど、やられた人はどう思うのでしょう?
望様の今の気持ちが知りたい。
でも、これで望様も俺を警戒して、彼から他の先生の居場所を聞き出すことは不可能となるでしょう。どうしよう?
別に望様と楽しく話したいか為に職員室に来たわけじゃないけど...
しかし、このイケメン...どこから見ってもイケメンだな。
今日、記憶に残った男のイケメン度が丁度「上り」って感じだな。
最初の根暗君は「ブス」とまでいかなくても、決して記憶に残したくない顔だ。
次の貝塚先輩は愛想がいいけど、別に「かっこいい」というほどじゃない。
そして、今の望様は女子から「のぞみさま~」と黄色い声をあげられて、微笑んで手を振って返事するような、そういう少女漫画に出てくる男キャラのような人だ。
つまり、根暗君<<<跡継ぎ君<<<<(越えられない壁)<<<<望様、という感じだ。
むかつくわ。
きっと女の子に困らないだろうな...食いまくってるだろうな...
その女の子達も絶対可愛い子ばかりだろうな...色んなタイプの子がいるだろうな...
羨ましい...死ねばいいのに...
「ななえちゃん、人の顔をずっと見つめる癖は早めに治したほうがいいですよ。」
「あら、私ったら...」
また「トリップ」しちゃった。
ダメだな、人に嫉妬しちゃっては...
でも、このイケメンの顔を今日の「男納め」、最後に記憶に残る男の顔にだけはしたくないので、帰ったらセバスチャンの渋い顔でも見て、口直ししておこう。
「何か用事ですか。」
「え?」
用事?何の話?
「ななえちゃんは用事もないのに、職員室に遊びに来ないでしょう?」
「あ!」
思い出した。俺は星の入部届を渡す為に職員室に来たのだ。
このイケメンに「羨ましい」オーラを送っていたせいで、すっかり忘れてた。
「すみません。実は今日、紅葉先生を訪ねに来ました。紅葉先生も他の先生達と...?」
「いいえ、紅葉女史は今日休暇をとりました。朝からいませんでした。」
うん?体調でも悪いのかな。昨日会った時は別にそうは見えなかった。
というより、この世界の人は病気になるの?どいつもこいつも健康優良児ばかりで、吹っ飛ばされても怪我一つしないような化け物達じゃないか。
「そっか...タイミングが悪かったね。」
俺は星の入部届を見て、全身の力が抜けたようにため息を吐いた。
「紅葉女史に用事なのか。よろしければ、その用事、聞かせてくれない?」
この「笑顔で優しさを全女子に振り撒くイケメン」に話せっと?
...まあ、代わりに渡してくれるなら、とても助かるけど...
俺は星の入部届を望様の前に開けて、両腕を真っ直ぐに伸ばし、突き出した。
「この入部届を代わりに紅葉先生に渡してくれませんか。」
望様は「入部届」を見つめて、そして名前欄に気づいて、驚愕・納得・安心、というような百面相をした。
「ななえちゃんが部長なの?」
「はい。先日、考古学部の部長になりました。」
どうだ!という感じで笑ってみた。
「あの子が全然部活に入らないから、いきなり昨日部活に入ったのを聞いて、少し心配していたのだが...成程。ななえちゃんの部活に入ったのか。
どんな魔法を使ったの?ななえちゃん。」
うおっまぶしっ!イケメン笑顔がめっちゃ眩し!
入部届を受け取った望様は「めっちゃ眩し笑顔」を俺に見せた。
そんな笑顔を魅せられたら、どんな女子でもなんでも喋っちゃうよ!
「べ、べつに、大したことしてないよ...へへ。」
俺が喋ったのは喋りたいからであって、イケメン微笑みに当てられたからじゃないんだよ。
「ありがとう、ななえちゃん。あの子の友達になってくれて...」
望様は暫く俺を見つめて、とても優しい微笑みを見せた。
へえ、いつも笑顔な彼が、こんなに優しい笑顔を見せる時もあるのか。
妹が可愛くてしょうがないでしょうね、うん。仲良きことは美しきかな。
少し意地悪したくなった。
「ねぇ、望様。私、約束通り、妹さんと仲良くなりましたよ。何かご褒美が欲しいです。」
「ご褒美?」
望様が一気に凹んだ顔を見せた。
でしょうね。「言われたから仲良くなった」となると、星を入部させた「動機」は全く違うものとなるから、普通は凹むよね。
「生憎、今手持ちのものはこれしかありません。」
望様が小さなひよこのぬいぐるみを取り出した。
え?彼はこんなぬいぐるみを持ち歩くような人なのか?何だか幻滅だ。
それに、ぬいぐるみで誤魔化せるほど、俺は子供じゃない。
...じゃないけど、このぬいぐるみがかなり丁寧に作り込んでいるようで、まるで本物のひよこのようだ。
「うわ...」
よく見ると、このひよこぬいぐるみは少しの形の崩れもなく、クレーンキャッチャーでとれるような安物じゃない。今にも動き出しそうな、本当に丁寧に作ったものだ。
「頂いても、よろしいでしょうか。」
こんな芸術品を俺のおふざけで貰っていいのかと思うと、遂小声で彼に尋ねてしまった。
「うん、貰ってくれ。」
俺の気持ちに気づいたか否か、望様は少しの躊躇もなく、俺に「ひよっちゃん」を差し出した。
俺は「ひよっちゃん」を受け取り、自分の手に乗せて見つめたら、自然とうれしい気持ちになった。頬が緩んでいることを気づいているが、表情に構っている余裕はなかった。
「かわいい。」
ちょっと自分の肩に乗せてみたら、「ひよっちゃん」は俺の頬の方に倒れてきて、急いで手で支えたら、まるで頬をくっつけたような状況になった。少し擦ってみたら、とてもくすぐったかった。
「ありがとう。大事にしますね!」
俺はそのまま「ひよっちゃん」を支えて、望様と話した。
そして、その時に一つ忘れそうなことを思い出した。
「でも、星を入部させたのは、星が好きだからですよ。望様の言葉と何の関係もありません。そこだけは勘違いしないでください!」
そう言ったら、望様が安心した表情を見せた。
「あぁ、ありがとう。やっぱりななえちゃんは優しいね。」
そう言って、望様が俺の頭に手を乗せて、髪を撫でてくれた。
だからぁ!俺はそういう子供っぽいのは嫌いなんだよ!
まあ、手の暖かさは丁度いいから、振り払わないってあげるよ。
「へへっ...」
髪より、頬に当ててほしかったな、この暖かい手を。
突然、カラッと職員室のドアが開いた。
あまりのことに、俺達は慌てて距離をとってしまった。
別に変なことをしてないから、こんなに慌てることないのに...逆に変なことしていたみたいな感じになっているのではないが!
俺は目に呪いを込めて、入ってきた人を睨みつけたが、その人物は意外にも今日休みをとった紅葉先生であった。
紅葉先生は俺達が最初からいなかったように扱い、無言で職員室に入り、自分の席に座った。座る前に一瞬だけ俺に目を向けたが、何も言ってこなかった。
なんだろ、空気が重い。俺は別に何もしていないのに、紅葉先生もおそらく普段通りなのに、なぜか責められてる気分になる。
何故だ!彼女に用事があってここに来たのに、本人に会ったら逆に喋れなくなっている。
「こんにちは、紅葉さん。今日は休みとお聞きしたのですが、どうしてこの時間に...?」
さっすが!動じずにいつも通りの笑みを浮かべる望様。だけど気のせいかな、ちょっと怒っているように見える。
う~ん...気のせいだろ。
しかし、紅葉先生は決して愛想のいい人間じゃない。
「私のすること、君にとって重要か。」
そう言って、紅葉先生はそこで口を閉じた。
話を続けたくない態度を見せるかのように、彼女は「何を書いたのかを俺は全く興味ない」論文を取り出して、筆をとった。
はぁ、どうしよう...俺、彼女に用事があって来たのに...「話しかけるな」オーラが半端ないな。
ま、そこは空気を読まずに話しかければいいか。
っと、そんな風に思って、俺は彼女に声を掛けようとしたが、望様の方が一歩早かった。
「では、仕事の話をしよう。紅葉さんが考古学部の顧問なら、入部希望者の申請書を目を通すべき。」
望様は俺から受け取った書類を紅葉先生に差し出した。
ここは男の見せ場、とでも言いたげのように、望様は俺の代わりに俺の用事を紅葉先生に伝えた。
ひゅ~、かっこいい...俺だってなぁ...
しかし、やはり紅葉先生は紅葉先生だ。彼女は書類を受け取って、ただ「うん」と答えただけ、やはり「論文」に意識を戻した。
一応これで俺の目的は達成できたということになるが、もう一つ確認したいことがあるんだが...
「もう一つある。連休の舞台、どれに参加するのですか。」
うん?「連休」の「舞台」?何の話だ?
「好きにしろ。」
紅葉先生ははじめて嫌そうに眉を顰めた。
「そうはいきません。必ず参加すること以外、先に本人の希望も必ず確認するのは理事長の指示です。」
お父様の?何の指示?
「...」
紅葉先生は何も答えない。
「紅葉さん。私も仕事上仕方なく貴女に決断を迫るのだが、この行事、もし他に重大な用事があるのなら、不参加を認められています。
どうしても舞台参加に非協力的なら、不参加の『用事』一つ用意したらいかがですか。」
参加必須。でも用事がある場合不参加許可...一体何の話をしているんだ?
...まあ、俺にとってはそれほど重要な話じゃない。寧ろ「連休」という言葉に興味がある。
「...」
紅葉先生はやはり喋らない。もう相手にする気がないらしい。
そんな紅葉先生を見て、望様は諦めの溜息をした。
お可哀想に。
相手に退路まで用意したのに、無視される望様は少し可哀想に見えた。
安心して望様!嫌いだけど、一応...まあ一応、あなたの味方だから、俺は。
「望様!望様!ちょっと教えてほしいことがあるのです。」
「うん?何ですか、守澄さん。」
「守澄さん」?へぇ...他の人がいると、「ななえちゃん」と呼んでくれないんだ。
それとも、学校内で他の人がいるから、「教師と生徒」と公私を分けたのか?
まあ、何度も経験しているし、今更怒ったりはしないよ。
「『連休』って何の話ですか。」
まさか俺が知らないと思わなかったような表情で俺を暫し見つめてから、望様は自分の机から小さなカレンダーを持ってきた。
「来週からは『創立記念週間』に入るので、学生達の授業がなく、先生達が舞台を演じるのです。守澄さんも何回も...あぁ...失礼しました。」
どうやら、喋っている途中から、俺が「記憶喪失」したことを思い出したみたい。
別に記憶を「喪失していない」けどな...
というより、「創立記念週間」とか...「創立記念日」を無理矢理「一週間」に伸ばしたな。どんだけ休みたいんだよ。
「『舞台』は何ですか。」
「多くの人が役者となって、物語の人物を演じ、その物語を再現して、観客に見せることです。『舞台』と呼ばれているが、それは踊りを行う場所で演じている為、そう呼ばれるようになりました。実際、『お芝居』という呼ばれ方の方が分かりやすい。」
「それを、先生達が演じているの?」
「はい。『創立記念週間』の最初の二日は、先生達の『舞台』がメインです。」
「それは、強制参加なのか。」
「さっきも言いましたが、『先生達が』演じる。生徒達は自由参加です。
その週、学園に来なくても、出席日数に影響はありません。」
つまり、生徒達は学園を休みなのに、先生達が「舞台」をしなければならない。
可哀想に、うぷぷ。と、俺は心の中で不憫な先生達を嘲笑った。
というか、「舞台」ってあれでしょう?「ああ、ジュリエット。あなたはどうしてジュリエットなの?」って...
あれ、どっちだけ?まあいいか。
そんなものに何か面白いんだろう?俺は未だにそれが理解できない。
でも、丁度いいかもしれんな...
「不参加の用事」のお陰で、一番の難関だと思えてる「問題」も解決できた。
「紅葉先生!来週の『舞台』のことにも関わる話があるのだが、少し私の話を聞いて頂けませんか。」
俺は自分のやろうとしていることを彼女に伝えた。