プロローグ...ではなく、ただの俺の日常
「ごめんなさい!」
俺は目の前にいる高校男子に深く頭を下げた。
ここは屋上、告白の聖地の一つ。
そして、今は十分しかない夕方の時間帯、この世界ではロマンチックな告白ベストタイミング。
この世界では、太陽は無気力のサラリーマンのように、出勤時間ギリギリまで「空」という名の会社に来ない上に、退勤時間になるとさっさと着替えて「家」に沈む。その為、「朝方」と「夕方」の時間がとても短い。
その短い時間を上手く掴み、思い人に告白すれば、「恋人持ち」や、余程嫌われていなければ、その告白は基本成功する。
それ故に、「屋上」・「夕日」・「告白」の三つのキーワードが揃ったシチュエーションは、まるで未知の魔法が掛けれたかのように、その場にいる他人の男女を「カップル」に変える。
普通なら...
この「世界」も、流石に「女の子の体を持つ男」が世に現れることを予測できなかったんだろうか、今のシチュエーションの下で、恋人のいない相手に告白して、しかし玉砕という特殊例が現れた。
「君と話をするのは楽しいが、別に恋愛感情を持っていない。
今の告白、なかった事にできない?」
俺は体を起こして、目の前の男子生徒の目を真っすぐ見つめた。
同情するぜ、兄弟。
相手が俺じゃなくて、美少女でもなかったら、お前の幸せを望んであけたのかもしれない。
お前とは気も合うし、色んな事もお前から教わってる。お前が誰かと恋に落ちたら、俺としては応援してやりたいが...よりによって、俺をその「恋する相手」に選んだのがいけなかったな。
「そんな!
俺と話をするのが楽しいのなら、別に俺のことを嫌ってないって事だろう?
だったら、試しに俺と付き合ってみてもいいじゃないか!」
男子生徒は両目に涙を含み、諦めずに再度アタックしてきた。
確かに楽しいよ。
でも、それは「男同士の雑談」として、だ。「恋」とか「愛」とか、そういった感情は全くない。
恋愛感情がない故に、楽しいと思えたんだ。
俺は体が女の子で、しかもかなりハイスペックな美少女だった。
しかし心が男で、そのせいで女の子として、男子との正しい距離感が上手く掴めない。
笑顔を見せたり、肩を叩くなどのスキンシップ的な事をいっぱいした。今思えば、女の子としては軽率な行動だったのかもしれない。
だから、できれば彼を深く傷つけない形で、彼の告白を断りたい。
「あのね、最初聞きたいんだけど。」
「はい。」
「君は私の事が好きなのか?」
「当たり前じゃない!
『好きです!付き合ってください!』と言ったじゃないか。」
「なんで?」
「なんでも、なにも...好きだから、告白したんだけど?」
「じゃ、私のどこが好き?」
「どこ、って...えっと、美人なところ?」
「顔だけ?」
「いや、そんな!性格も良いし。」
「私、性格が良いのか?」
「......」
黙っちゃったよ。
全然自慢できる事じゃないけど、俺はかなり性格が悪い。
別に「悪」って程じゃないが、「悪戯好き」程度の、人を揶揄いたがる捻くれ者だ。
だから、彼の「性格が良い」という言葉は真っ赤な嘘だ。「美人」以外、褒められるところがなく、苦し紛れな言葉だ。
「んで?『美人』以外の私のどこが好き?」
「それは...」
「自分の容姿がどのレベルにいるかは知ってるよ。」
中身が男だから。
「しかし、まさかそれだけの理由で、私と付き合いたい、と?」
「そ、そんな訳ないよ!
俺は本気で守澄さんの事が好きで、付き合いたいと思ってる。」
「しかし、好きなところは顔だけ。
それって、本当に好きと言えるのか?」
「ぐっ...」
また黙っちゃった。
マジかよ!マジで顔以外褒めるところがないのかよ!
...まぁ、同じ男として、その気持ち、すげぇ分かる。
最低な事だけど、男にとって、女は「顔が一番、体が二番」と言ってもいいくらい、見た目さえ良ければオーケーだよ。
性格とか、お金持ちであるとかは二の次三の次。美人であれば、何でも許せる。
性格が最悪でも...なんなら、とりあえず我慢して付き合って、一度「体を食って」から、後でフればいい。
そういう最低な事を考えるのが男だ。
「そもそも、君は何故私に告白したのか、その本当の理由を知ってる?」
「え?」
「私は君と一緒にいるのが楽しい。
それで、君に多めに笑顔を見せたのかもしれない。肩を叩くとか、ハイタッチとか、体の触れ合いが多かったのかもしれない。
そのせいで、君は勘違いをしたのでしょう。『この女、もしかして俺の事が好き、なのか?』って。」
「......」
「容姿だけで選ぶのなら、この学校内で私よりきれいな女の子、他にもいっぱいいる。
なのに、君は私に告白した。
何故なら、他の美少女より、君とよく一緒にいる私の方が、『オッケー』を出す可能性が高いから、だ。」
図星されたのか、または俺の言葉で自分の本心に気づいたのか、男子生徒は俯いて、俺の目を見ないようにした。
うん、分かるよ、兄弟。
俺達男って、こういう単純な生き物なんだよ。
「ねぇ。」
彼の注意を引き、右手を上げて前に差し出す。
「この手を握りたいか?」
そのまま右手を引き、自分の唇を触る。
「この口にキスしたいか?」
そして最後に、自分の右胸の下に手を入れて、その胸を持ち上げる。
「それとも、この胸を揉みたいか?」
俺の少しだけエロい動きに、男子生徒が生唾を飲み、血走った目で見つめた。
分かりやすいな、本当に。
「これで気づいた?
君が好きなのはこの体であって、私ではないんだ。」
そう言いながら、俺は彼に近寄り、その肩に手を乗せた。
「次に告白する時は『落としやすい相手』にではなく、『好きな相手』に告白しな。」
決まった。
これで、この男の子を傷つけずに、彼の告白を断る事が出来たのだろう。
我ながら、自分でも惚れ惚れした良い事を言ったと思う。見事だ!
と、俺が思ったが...
「守澄さん。」
男子生徒が彼の肩に置いてた俺の手を掴み、急に顔を寄せてきた。
「好きです!」
「え?」
「今ので、本気で守澄さんの事が好きになった。
やはり守澄さんは性格も良いと思うし、今の言葉もすごく良いと思う。
だから、好きです!大好きです!
やはり、俺と付き合ってください!」
「ちょっ!」
あっれ~?どうしてこうなった?
「守澄さん!」
「いや、ちょっと!顔が近い!」
彼の心に変な火を付けてしまった。
うわっ、めんどくさっ!
「いや、だから!好きでもない奴と付き合えないんだよ、永遠に!」
力いっぱい、彼の手を振り解き、距離を取った。
「うっざ。」
あっ、しまった。
俺の欠点の一つ、俺は面倒くさい事が嫌いだ。
めんどくせぇって思ったら、すぐに相手をぞんざいに扱うようになる。
「うざいって...」
彼にとってのまさかの俺の言葉に、彼は驚き、そして眼から涙を溢す。
「酷いよ!」
そして、彼は傷ついた乙女のように、泣きながら、屋上から走って去って行った。
あぁあ、また泣かせちゃった。
これで何人目だろう?