50:懺悔
第50話です。お読みいただけましたら幸いです。
「娘さんが見つかったそうです」
河村さんは無事保護されたみたいだ。
吉田さんもホッとした顔をしている。
「良かったね、吉田さん」
「……うん」
それから間もなく、警察署にパトカーがやってきた。
警察官に付き添われ、河村さんは連行される。
下を向き歩くその姿は、いつもとは違い小さく見えた。
「智沙さん、あなた今日は塾もあるのに何でこんなことを……」
「娘さんには事情聴取があります。話ならその後にしてください」
「河村さん……」
吉田さんは河村さんを心配そうに見つめる。
私達は、河村さんの後姿を見送った。
――――――
河村さんが事情聴衆を受けている間、謙輔達はそれぞれの武勇伝で盛り上がっていた。
親達はちょっとした懇親会みたいになっている。
「玲美、終わったね」
由美はそう言って私の隣に座る。
そうだ。これで終わったんだ。
小岩井は、頭を何針か縫ったものの命に別条はないそうだ。
事情聴衆は回復次第行うらしい。
ともかく、無事でよかった。あんなのでも私の幼馴染だもんね。
河村さんの件は解決したけど、学校にはまだ吉田さんを悪く言う人は居る。
それは、これから私達が払拭して行く。
元凶が居なくなったいじめなんて、意外にすぐ風化してしまうものだ。
由美達だって協力してくれる。
今回の件は学校にも連絡が行くらしい。
教育委員会でも何かといろいろあるだろうけど、そこは大人達に任せておこう。
「疲れたね……」
「うん……おつかれさま」
まだまだ、やることはいっぱいだ。
吉田さんの件はこれで終わりでも、これはドラマやマンガじゃない。
ハッピーエンドを迎えて終わりじゃない。
私達の人生は、これから先も続いて行くのだから。
――――――
河村さんの事情聴取が終わった。
すぐに河村さんのお母さんが駆けつけて行った。
「智沙さん、急いでここを出ましょう。まだ塾の時間に間に合うわ」
「……」
「皆さん、お騒がせしました。慰謝料などについては後日伺いますので、これで失礼させていただきます」
「ちょっと待ってください」
私の悪い癖かもしれない。
黙って聞いていれば、この人が言ってることは世間体の話や娘の勉強の話ばかり。
娘を思いやる言葉は一言も出てきていない。
いくら河村さんでも、これでは可哀想だ。
「少しは娘を……智沙さんを思いやってあげたらどうなんですか?」
「何を……あなたみたいな子と違って娘は忙しいの。偉そうに口を挟まないで頂戴」
冷たい眼だ。
この人は本当に人の親なんだろうか。
「勉強ばかりが子供の幸せですか?」
「そうに決まってるじゃない。私は母親として、この子の為を思って、幸福な人生を歩めるようにと人生プランを立ててきてあげたの。それが不幸なわけないでしょ」
「そんなの息が詰まります。智沙さんにだってやりたいことがあったはず。それを勉強勉強と智沙さんを追い詰めて、その結果がこうなったんじゃないですか?」
「子供無勢がわかったような事を……今回は悪い子達に智沙さんが唆されただけ。そうだわ、こんな学校転校させてしまいましょう。そうすればこんなことはもう起こらないわ」
駄目だ……この人も狂ってる。
河村さんは、こんな親に育てられたせいで性格が歪んでしまった。
ある意味、河村さんも被害者だったんだ。
「さ、智沙さん、行きましょう。時間の無駄だわ」
「……私にだってやりたいことはあった」
「智沙さん?どうしたの?」
「部活動だってしたかった! 友達ともっと遊びたかった!」
「ち、智沙さん!?」
「勉強ばっかりだってもう嫌だよ! お稽古だって楽しくないよ! 私は何なの!? お母さんの操り人形なの!? お母さんの言う事だけ聞いてればお母さんは満足なの!?」
河村さんは、お母さんの下から離れ、吉田さんのところに向かった。
「……恵利佳……ごめんなさい……私が馬鹿だったわ……」
「……」
「許してもらえなくてもいい…………でも…………」
「智沙が無事に見つかって良かった……あなたも苦しんでたのね」
「私は……貴女の全てを一人占めしようとした…………そして貴女をずっと傷付けていた…………」
「大丈夫……まだやり直せるわ……私も、あなたも」
「ごめんなさい……ごめんなさい………うわぁぁああああああ……」
河村さんは、ただただ泣いていた。吉田さんも涙を流していた。
彼女の罪は謝ったくらいで消えるものではないけれど、それでも懺悔したかったんだと思う。
吉田さんは、まるで子供をあやすように、河村さんを受け止めていた。
――
――――――
――――――――――――
「智沙さん、行きましょう……時間がもったいないわ」
「はい……」
お母さんに連れられ警察署を出て車に乗る。
私はきっと転校することになるのだろう。
仕方ない……これからも、私はお母さんの呪縛から逃げられることはないのだから。
日高さんがお母さんに言ってくれた言葉で、私は気付かされた。
私は生まれて初めて、勇気を出してお母さんに逆らうことができた。
だから、何があっても後悔は無い。
それにしても、こんなに泣いたのはいつ以来だろう。
もしかしたら、私は泣き方すら忘れてしまっていたのかもしれない。
こんな私の懺悔を恵利佳は受け止めてくれた。
そして、心配もしてくれていた。
彼女も一緒に泣いてくれた。
そうだ……私が見たかったのは、恵利佳が辛くて、苦しくて泣く顔ではなかったんだ。
……手に入らなかったはずだ。
私が欲しかったものは、最後に恵利佳がくれた。
もう友達には戻れないけれど、お陰で私はやり直せそうな気がする。
「お母さん……? 塾に行くのは反対方向……」
「…………」
お母さんは黙ったまま車を走らせた。
しばらく走ると、車はやがて湾岸沿いに出た。
「ちょっと寄って行きましょうか」
そう言うと、お母さんは車を路肩に止めた。
海だ……。
夜の海は真っ暗だ。
でも、月明かりが波に反射してそれは幻想的だった。
静かに返す波の音が、少し心を落ち着かせてくれた。
「ここには一度来たことあるの、覚えてる?」
「……覚えてないわ」
「あなたがまだ小さい頃、お父さんと一緒に来たのよ」
「……そう」
私は物心ついてから、一度も海に来たことは無かった。
塾や習い事で、両親と一緒に過ごす時間はあまり無かった。
「智沙は大きな貝殻を見つけて喜んでたわ。お父さんも、よくやったなんて褒めてたっけ……」
「そうだったの……」
お母さんは、砂浜へと歩いて行った。
私もそれに付いて行く。
「あなたの為に良かれと思ってやってきたけど、お母さん間違えてたみたいね……」
独り言のようにお母さんはつぶやいた。
足元を見ると、そこには貝の破片が散らばっていた。
その中に、大きな渦巻状の綺麗な貝殻があった。
「お母さん、綺麗な貝殻があったわ」
お母さんは何も言わずに私を抱きしめた。
母親の温もりを感じたのは、初めての事だった。
性善説というものがあります。生まれ持って悪い人はいません。環境や生い立ちによって人は善にも悪にもなります。河村智沙にも救いは必要でした。
※間違っていた箇所を修正しました。




