23:神社にて(3)
第23話です。ちょっと重い話が続きますが、よろしくお願いいたします。
大きな石垣の道を通り、石でできた大きな鳥居くぐる。
一直線に伸びる丸石の石畳を抜けて、境内に辿り着く。
そこに、吉田恵利佳は居た。
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私が殺人者の娘になったのは、小学1年生の頃だった。
もともと碌でもない父親だった。
普段から働きもせず、家でお酒ばかりを飲んでいる父だった。
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『おい、酒がねーぞ!買ってこい!』
父の怒号が飛んだ。
母は怯え、父の言われるままにお酒を買いに行く。
『なんだその目は!文句あんのか!』
父は机を蹴り上げ、私のお腹に机が直撃した。
うずくまる私を、それでも父は蹴った。
耐えるしかなかった。
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ある日、家に帰ると知らない女がいた。
母がパートに出ている間に、父が連れ込んだのだ。
『正ちゃん、この子、誰?』
『知らねえよ、こんなガキは。おい、とっとと出て行け!』
私を追い出す父。
友達も居ない私には、行く場所も無かった。
家に帰るのが怖い。
私は遅くなるまで公園に居た。
誰も迎えに来ない。
親は私を心配なんてしない。
―――知らねえよ、こんなガキは――――
父が言ったこの言葉が、私の胸に深く刺さったままだった。
どこかで、こんな私でも父にとっては娘だと思いたかったのかもしれない。
生まれてこなければよかった。
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『お譲ちゃん、こんなところで何してるの?』
知らない男が話し掛けてきた。
『おうちに帰れなくて……』
男は私にジュースを買ってきてくれた。
そして、男は私の話を聞いてくれた。
良い人もいるんだと思った。
『よし、じゃあもう夜も遅いし、おじちゃんの家に行こうか』
そう言うと、男は私の手を引っ張った。
『でも、知らない人についていったらいけないって……』
『おじさんは知らない人じゃないよ。恵利佳ちゃんのことをわかってやれる』
『でも、お母さんが心配してるかもしれないし……』
『いいから来いって言ってるだろ!!』
私の腕を握る男の力が強まった。
『痛い!はなしてください!!』
『わめくんじゃねえ!!』
『こらそこ!何をやってるんだ!!』
私は警察に保護された。
交番に居ると、母が迎えにきた。
良かった。 私は見捨てられてなんていなかったんだ。
『娘がお世話になりました』
母は、それだけ言うと私を引っ張って行った。
帰り道、一切口をきいてくれなかった。
母は泣いていたんだと思う。
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父の借金が増え、母のパート代でも返済が追いつかなくなってきた。
家には借金取りが度々来るようになっていた。
私達家族は、ひたすら借金取りが帰るのを息を殺して待っていた。
『もう……おしまいだぁ……』
『しっかりして!何とかやり直しましょう!』
こんなになっても、母は父を見捨てなかった。
私を娘とも思っていない父を、母は見捨てなかったのだ。
そんな時、事件が起こった。
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父は、殺人容疑で逮捕された。
家にはマスコミが訪れ、毎日眠れない夜が続いた。
母は、父と離婚し、私は母の旧姓の吉田になった。
そして、今の家に引っ越した。
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転校先でも私はいじめられた。
毎日が嫌だった。
毎日が辛かった。
そんな時だった。
『友達になりましょう』
私に初めての友達ができた。
いじめは続いていたけど、幸せだった。
友達がいるだけで、こんなに楽しいんだ。
友達がいれば、私はいじめにあっても耐えられる。
私に笑顔が戻り、家でも母に楽しく話していた。
母も、そんな私の話を嬉しそうに聞いてくれた。
ずっと、そんな日が続くと思ってた。
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『全部、あなたのせいだから』
私と友達になったことで、その子もいじめられるようになっていたのだ。
その後、私達は、一緒に遊ぶことは無かった。
そして、私は、友達だったその子に、いじめられるようになっていた。
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『あんたのせいだ!全部あんたのせいなんだ!』
『やめて、智沙ちゃん……やめて』
『あんたのせいで、私はいじめられたんだ!』
『やめて、ごめんなさい……ごめんなさい……』
私は謝り続けた。
謝り続けるしかなかった。
私のせいで、大好きな友達を巻き込んでしまった。
いじめられるのは、当然のことだ。
耐えるしかない。
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耐え続ければ、またあの子と友達に戻れる。
私は、そう思っていた。
そんな淡い期待も裏切られてしまった。
私をいじめ続けていた連中と彼女が話しているのを見てしまった。
彼女は、私をいじめる計画を楽しそうに話していた。
騙されていたんだ。
悔しい思いよりも、悲しい気持ちの方が大きかった。
いじめはどんどんエスカレートし、最後には私の心も折れてしまった。
そして、私は学校に行かなくなった。
母には本当の理由を言えなかった。
そのうち、学校を休んでも、私に対して母が何かを言ってくることは無くなった。
神様…………私は、もう限界です。
誰も助けてくれない。
誰にも頼ることができない。
どうしたらいいんですか?
私は、救われてはいけないのですか?
助けてください。
どうか、私を、この地獄のような日々から、助けてください――――
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「吉田さん」
私を呼ぶ声が聞こえた。
そこには、日高さんが立っていた。
「何かお願いしてたの?」
もう、誤魔化すことはしなかった。
声に出すことなく、ただ頷いた。
「神様に……私を……助けて……って…………」
彼女は、全て悟ったような目で、こちらを見てきた。
そして、そっと私を両手で包み込んだ。
「助けに来たよ、吉田さん」
誰も信じられなくなった私。
でも、不思議と彼女は信じられるような気がした。
「信じて……いいの……?」
私よりも少し小さな彼女。
でも、その包み込む優しさが伝わり、大きく見える。
「大丈夫……もう、大丈夫だよ」
私は、声を上げて泣いた。
彼女は、そんな私を、ずっと抱きしめていてくれた。
恵利佳は泣いても鼻水は出ません。




