18:恵利佳の真実
第18話です。よろしくお願いいたします。
渡辺の家に着いた。
結構大きなお屋敷だ。
あれから渡辺は、私の方を一切見ない。
吉田さんのお父さんが犯罪者ってどういうことなんだろう。
「適当にくつろいでくれ」
大きな座敷に通された。
私の部屋が幾つも入りそうな大きさだ。
お手伝いさんみたいな人がせわしなく動いている。
全員にお茶を配り、そっと出て行った。
「じゃあ、話そうか。吉田恵利佳の親父の話を……」
相変わらず、厳しい表情のまま渡辺は話し出した。
「まず言っておく。あいつの親父はチンピラだ。あいつがまだ1年生の頃だ、事件を起こしたのは。そして、あいつは転校してきた」
吉田さんは転校生だったのか。
順はそんなこと言ってなかったから、全然知らなかった。
「あいつの親父が起こした事件は、殺人事件だ」
殺人事件?
じゃあ当時ニュースとかにもなって……それで転校してきたってことか。
「俺も当時は知らなかったんだが、親の間では結構有名な話でな。結構衝撃的な内容だったから子供には話さなかったところが多いみたいだが、うちの親父は俺に話してきた。あいつは殺人者の子供だってな」
だから、人によって知ってたり知らなかったりするのか。
私も何も知らなかった。
うちはお父さんもお母さんも、そんなことを言うような感じじゃないし。
「最初は、転校生ということもあって、仲良くしようとする奴らも多かった。当然だ、知らない奴らにとっては普通の転校生だしな」
「俺も何も聞かされてなかったな。うちの親は知ってたのか……あいつの親父が起こした事件はどんな内容だったんだ?」
「事件の内容は、当時の新聞があるから持ってくる。ちょっと待っててくれ」
そういうと、渡辺は部屋を出て行った。
再び静寂に包まれる。
ちょっとショックだ。
あの吉田さんが犯罪者の……それも、殺人者の娘なんて……
きっと、私が吉田さんと仲良くしていたら両親は心配するだろう。
すぐに離れるように言うかもしれない。
いじめの真相が見えてきた気がする。
渡辺が戻ってきた。
「これが当時の記事だ。俺が言うより実際に読んだ方が早い」
そう言って、机の上に新聞を置いた。
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『強盗殺人・被害者は28歳のサラリーマン』
『無職・小渕寺正太郎(24)を逮捕』
『お金欲しさにやったと自供・反省は見られず』
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新聞には幾つもの見出しが書かれ、吉田さんのお父さんの起こした事件について詳細が書かれていた。
苗字が違うのは、おそらく吉田さんのお母さんが離婚したからだ。
この頃から、吉田さんは殺人者の娘として生きてきたのか。
「読んだか?」
「うん……たしかに吉田さんは犯罪者の娘みたいだね」
「そうだ。まぁ、親からしてみればそんな危険な奴の子供と遊んじゃいけませんって言うわな。クラスが違って吉田と会うことも無ければそんな心配はいらないんだけどな」
「それが、いじめに繋がって行ったんだね」
「そういうことだ。あいつに学校を出て行ってほしい奴はいっぱいいる。納得したか?」
「納得できない」
「どういうことだ」
「吉田さんは、渡辺君に何かしたの?」
「それは……無いな」
「渡辺君だけに言うつもりは無いよ。琢也だって、江藤君だって、森山さんだって、いじめに直接関わっていなくても、陰口を言ってる人達だって……みんなに吉田さんが何か悪いことした?」
吉田さんのお父さんはたしかに犯罪者ではあるけど、吉田さんが犯罪者なわけじゃない。
「だったら、俺からも一つ聞いていいか?」
「なに?」
「俺にはお前が吉田を異様に庇っているように見える。お前は、吉田の何なんだ?」
「私は……吉田さんと友達になりたいと思ってる!」
「答えになって無いな……お前は、何も知らないことをいいことに正義を振りかざすだけの偽善者だ!吉田はお前に助けてほしいとでも言ったのか!?」
「私に助けてほしいとは言ってないよ……でも、辛いって言ってた。自分を助けようとした子もいじめられてしまうから、その子が自分をいじめるようになるから、辛いって言ってたよ!」
「……お前は! ……一体どうしたいんだ!!」
「偽善でもいいから、おせっかいでもいいから!吉田さんを守りたいって思ってる!」
「俺達を全員敵に回してもか!!」
「あんた達なんか怖くない。誰も信じられなくなる辛さを味わった吉田さんが受けた恐さに比べたら、あんた達の怖さなんてアリンコ以下だ!!」
「お前ぇ……!!」
「玲美、落ち着け! 渡辺も、こいつは何もわかってないだけだ、勘弁してやってくれ」
「何で勘弁してもらう必要があるの!? 悪いのは何の罪もない吉田さんに罪を押しつけていじめてきたこいつらだ! こいつらを庇おうとするなら、西田、あんたも私の敵だ!!」
「玲美……」
渡辺が、実は良い奴なんじゃないかと、話せばわかる奴なんじゃないかと思った私が馬鹿だった。
渡辺だけじゃない、ここにいる奴ら全員、結局相手のことを思いやったりなんかできないんだ。
もう、誰も頼らない。
もう、誰も、頼れない。
「オレもちょっとびっくりしたけどさ」
悠太郎、あんたも私の敵になるの……?
「よく考えてみろよ。自分の父親がさ、犯罪を犯して、だからお前も悪いって周りから言われてさ……」
悠太郎は続ける。
「ましてや、小学1年生だぜ?今のオレ達から見たら、小さなガキンチョだ。そんな子供に親の罪を背負わせて、大人からも子供からも責められる。お前ら耐えられるか?」
無理だ。
私だったら押し潰されて、きっと自分が保てなくなる。
「オレは詳しく知らないけど、それを吉田は、ずっと耐えてきたんだろうなぁ……偉いよな、尊敬する」
悠太郎は、私の方を向いた。
「オレも、きっと偽善者だ」
そう言って照れくさそうに笑う悠太郎。
そんな悠太郎を見ていたら、心が温かくなってきた。
……やばい、泣きそう。
「聞かせてもらったよ」
襖が空いて、ちょっと強面のおじさんが入ってきた。
「私は謙輔の父だ。まずは、そこのお嬢さん、謙輔の非礼を詫びよう」
「お、親父……!?」
「しかし、お嬢さん。玲美さんとか言ったかな? その何事にも怯まない精神には感服するが、女性はもう少しお淑やかにするものだ」
「あ、その……ごめんなさい」
「吉田さんのところの娘さんのことだったな。確かに、私も人の子の親としては、なるべく関わって欲しくないのが本音ではある」
それは、わからないでもない。
親の立場なら子供を心配するのが当然だ。
でも、親の心配と私達のことはまた別の問題だ。
「正確に言えば、本音であった……か。玲美さんの話を聞いてね、何と言うか、心打たれる物があったよ。そして、我々大人の意見を押し付けたばかりに、子供達には随分と辛い思いをさせてしまったようだ。僭越ながら、親達を代表して、私がお詫びする」
姿勢を正し、私に対して頭を下げてくる渡辺のお父さん。
「あ、あの、もう結構です。頭を上げてください。それに、謝るのなら吉田さんにお願いします」
「ふむ、それもそうか……さて、玲美さんに対し、謙輔は『俺達を敵に回してもか』と言ったな。お前は、この子の敵になるのか?」
「……嫌だ」
「そうか、じゃあどうするんだ?」
「……もう、吉田はいじめない。あいつにも詫びる……今までしてきたこと……」
「……息子もこう言っている。玲美さん、馬鹿息子を許してもらってはくれないだろうか?」
「あ、もう怒ってないです!私も言い過ぎてすみませんでした!!」
渡辺のお父さん、妙に威圧感がある……。
そんな人に頭まで下げられて、これ以上怒っていられるわけないじゃない。
「謙輔、お前もどうしたら良いか分かるか?」
「ごめん……なさい」
渡辺が頭を下げてきた。
お父さんが居るからか、ちょっと弱気だ。
「俺が悪かった……勘弁してくれ」
「うん、わかったよ。もう吉田さんをいじめちゃだめだよ」
「ああ……俺は、どうしたらいい?あいつに謝った後、どうしたらいいんだ?」
「……助けてあげてくれるかな?私だけじゃ、吉田さんを守れない。渡辺君が助けてくれるなら、心強いよ」
「そうか……わかった!俺は吉田を助けることにする!!」
「オレも助けるよ。玲美だけだと暴走しそうだしね」
「暴走って……ひどい!」
「玲美……」
琢也だ。 そういえば、琢也にもちょっと酷い言い方しちゃったな……。
「俺が悪かった……俺もお前に協力するよ。だから……また、琢也って呼んでくれるか……?」
「うん、頼りにしてるよ、琢也!」
だんだん顔が崩れて、琢也が泣き出してしまった。
その顔で泣かれると怖いです……。
うぅ……酷い言い方してごめんよ。
「俺も、味方になるから謙輔って呼んでくれぇ!!」
「はいはい、謙輔、頼りにしてるからね」
お前まで泣くのかよ!?
私が悪者みたいじゃないか。
「やれやれ、まさか謙輔さんを言い負かすような人だったとはね。俺達も協力せざるを得ないな」
「まずは、どうやって吉田さんにお詫びしたらいいのかしらね。その前に、日高さんにも謝った方がいいのかしら?」
江藤と森山さんも、味方になってくれるみたいだ。
森山さんは、きちんと私に謝罪してくれた。
私も、森山さんに謝罪した。
これで、みんな仲直りだ。
なんか、せっかくみんなで遊んで楽しい気分だったのに、こんな風になっちゃってごめんよ……。
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ちょっと遅くなってしまったので、謙輔の家の車で私達を送ってくれることになった。
家の前に高級そうな黒塗りの車が止まって、その中から私が出てくるものだからお母さんが卒倒してしまったのも無理はない。
謙輔達が私達の仲間になってくれた。
これで、少しは前進できたんだろうか。
洋菓子の箱に、みんなで撮ったプリクラをそっと入れた。
その晩、謙輔の家で言ってしまったことを思い出してしまい、恥ずかしくて布団の中で一人悶えていたのは内緒だ。
吉田さんのお父さんの苗字は、あえてありえ無さそうな苗字にしてみました。




