13:勇気をください
ちょっと文章が長くなってしまいました。※いじめの表現があります。苦手な方はご注意ください※
※文章とレイアウトを修正しました。
新クラスになって、一週間ほどすぎた。
渡辺は相変わらず傲慢な感じだけど、あれから琢也に暴力を振るうことは無くなっていた。
教室を開ける音がした。
もう少しで遅刻と言うところで吉田さんが入ってきた。
吉田さんの机には、江藤が座っていた。
席じゃなくて机だ。
あれでは吉田さんも席に着けない。
「あの、そこ私の席なんだけど……」
「あ? ああ、どくよ」
江藤がどいた後の席を見て、吉田さんは座らずに立っていた。
江藤と坂本は、何が楽しいのかニヤニヤしながら吉田さんを見ていた。
先生が入って来ると、さすがに全員着席する。
ホームルームが終わり、今日も授業が始まる。
4年生までは時間が過ぎるのはあっという間だった。
今では、一日が終わるのですら長く感じる。
******
3時間目は体育だ。
クラス委員長の竹内くんが、仕切りのカーテンを閉めた。
席を移動しながら、ふと吉田さんの机が目に入った。
何か、あちこち黒く塗りつぶされている。
そこに、さっと脱いだ服を置き、吉田さんは早々に着替えて出て行った。
たぶん、机には何か書いてあったんだと思う。
いじめが始まってるんだと思ったら、自分のことじゃないのに何とも言えない気分になった。
体育から戻ると、吉田さんが落ち着くなく何かを探していた。
周りに聞くと、どうやらスカートが無くなってしまったらしい。
誰も助けようとしない。
助けてあげたいところだけど、由美達が言っていたことが気になり助けてあげられなかった。
私って案外弱虫だ。
いつか琢也に度胸があると褒めてもらったことがあったっけ。
あの時とは状況が違う。
怖いんだよ。
助けたことで、大事な仲間が離れていっちゃうのが怖い。
吉田さんは、結局体操服を着替えずに授業を受けていた。
******
掃除の時間。
「元気無いな」
琢也が話しかけてきた。
「新しいクラスは、何だか息苦しいね」
「まぁ……な」
琢也は大きく背伸びをした。
私達以外、渡辺一派以外の生徒達も、常に暗い顔をしている。
渡辺達の顔色を伺い、平穏を得るためだけに気を使い続ける。
先生達も当てにならない。
何かあっても見て見ぬふりするだけだ。
「ゴミ、捨ててくるね」
ため息をつきながら、私は焼却炉に向かった。
最近、心の中まで暗くなってきた気がする。
これが、あと2年近くも続くんだ。
由美や朱音と一緒のクラスだったら良かったな。
せめて悠太郎が居たら、相談とか愚痴とか聞いてくれたかな。
達也も順も、私の話は聞いてくれる。
今だって、こうやって心配して話しかけてくれる。
でも、何だか心の欠片がどこかに行ってしまったような、何とも言えない不安感が、私の中から消えてくれることは無い。
焼却炉に着くと、体操服姿のままの吉田さんが立っていた。
「吉田さん、こんなところで何を」
途中まで言って、私は焼却炉のゴミ置き場にあるものを見つけてしまった。
「吉田さん……」
酷い……。
吉田さんは、ゴミの中からスカートを取りだした。
私は、ゴミを捨てることもできずに立ちつくしてしまう。
「……ここからは、私の独り言だから」
「え?」
「ずっと前からこんな感じ。私が何をしたわけでもないけど、こうして虐げられ続けてきた」
吉田さんは私の方を見ようとせず続ける。
「こんな私にも、仲良くしてくれようとした子は居た。でも、そのことを周りに知られてしまって、今度はその子もいじめられた。そして、私に『あんたのせいだ』って言っていつの間にか私をいじめるようになっていた」
「そんな……」
「私はいじめられることよりも、仲良くしてきた子に裏切られる方が辛い」
すっとため息をつく吉田さん。
そして、私の方へ振り返る。
「……気安く私に話し掛けようとしないで!!」
急に大声で私を怒鳴りつける吉田さん。
私はどうしていいのかわからず、立ちすくんでしまった。
周りにはいつの間にかクラスの人が集まっていた。
「日高さん、大丈夫!? 吉田、お前!」
同じクラスの杉本さんが、私を庇うように前に出てきた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
近くに居た小野寺さんも、私のところへ駆けつけてきた。
「吉田のことは私達が何とかしておくから、日高さんは教室に戻っていいよ」
「え……?でも」
「いいから、先に戻ってて」
吉田さんを見た。
何で急にあんな態度を取ったのかが、何となくわかってしまった。
吉田さんと仲良くしているところを見られると、私もターゲットにされてしまう。
彼女は、私を守ったのだ。
いつの間にか琢也も私のそばに来ていた。
私はいじめが嫌いだ。
人をいじめている奴が嫌いだ。
何とかできるなら、何とかしたい。
私が小学校に入学してから数年間、何も無かったわけじゃないけど、辛いことより楽しいことの方が多かった。
彼女は逆だ。
登校拒否もしていたと聞いていた。
私が平凡に過ごしていた日々は、彼女にとっては地獄の毎日だったはずだ。
「吉田さん……可哀想だよ、何とかならないの?」
琢也は困ったような顔をして頭を掻く。
私が言うまでも無く、琢也だってわかっている……だけど、
「俺やお前が動いたとしても、どうにかできる問題じゃない」
このクラスには問題だらけだ。
渡辺達のこと。吉田さんのこと。
何でこんなクラスになっちゃったんだろう。
何も知らずに由美達と、琢也も順も悠太郎も、またみんな同じクラスになって、渡辺と吉田さんの居ないクラスになっていたら、きっと私はずっと楽しく笑っていられたはず。
神様は、残酷だ。
こんな気持ちで毎日学校に通うのは苦痛でしかないよ。
――――私は今何を考えた!?
自分を庇ってくれた吉田さん。
その吉田さんを居なくなってしまえばいいと…………考えてしまった。
消えてしまいたい。
自分が嫌だ。
勇気がほしい。
さっきのことは反省します。
神様、どうか私に、あいつらに立ち向かえる勇気をください。
――
――――――
――――――――――――
新しいクラスになって1ヶ月くらい経った。
クラスの雰囲気も、私のこの暗い気持も相変わらずだ。
家に帰ってきても元気がでない。
吉田さんへのいじめはエスカレートしていた。
クラスのほとんどが、吉田さんの『敵』だ。
渡辺達も、吉田さんへのいじめに加担するようになってきていた。
暴力はさすがに無いけど、辛いはずだ。
机には落書き、物は隠されたり捨てられたり。
それでも、彼女は毎日学校に通っていた。
机の上には、私の大事なものを入れておく箱があった。
ふたを開けて、四つ葉のクローバーを見る。
あの頃を振り返ると、今の状況と比べてしまって辛さが増してくる。
ふと、あのメモが気になった。
お母さんに聞いてみたら、このメモを書いたのは私だということがわかった。
絵は、当時の私が描いたお父さんとお母さんの似顔絵だったみたいだ。
私が3歳の時に、一生懸命書いてたらしい。
文字も碌に書けなかったはずなのに、私はなんでこんなメモを……。
千歳飴の袋。
これも私が3歳の頃のだったんだね。
幼い頃の私は舌足らずで、よく馬鹿にされたっけ。
小岩井にも、よくからかわれたなぁ。
裏に数字の7を逆に書いたような字が書いてあるメモもあった。
まるで、何かの暗号のようにも見える。
表をみると『さちにきおつけろ』と書いてある。
何となく口に出して読んでみる。
「さちに気を付けろ……?」
実際に口に出してみると、それは、すんなりと『気を付けろ』という言葉になって現れた。
気を付けろ……?気を付けるって、何?
全部口に出して読んでみる。
「五年が終わるまで」
「エイカを頼む」
エイカ…………何だか舌足らずな頃の私に戻ったみたいだ……!?
ハッとしてメモをよく見る。
私が『い』だと思っていた文字は、微妙に右側が伸びているように見える。
「えりかを……頼む……」
メモを握る力が強くなった。
気が付くと私の目からは大粒の涙が溢れていた。
エリカを……吉田恵利佳を頼むだったんだ……。
断片的に、当時の記憶がフラッシュバックするように入り込んできた。
当時の私は、どういうわけか知らないけど、この今の状況を予知していたんだ。
5年が終わるまで。
それは、この小学5年生が終わってしまうまでということ。
小学5年生が終わるまでに、吉田恵利佳をいじめから救わなくてはいけない。
そうしないと、私はきっと後悔することになる。
なぜかわからないけど、そんな気がする。
学級名簿を見る。
気を付けなくてはいけない『さち』なる人物を探すがそこにはいない。
裏には左右反転して書いてある『7』。
それが意味するのは、人物の名前も左右反転という意味だった。
私は、小学校に上がる手前くらいまで、平仮名の『ち』と『さ』を逆に書いていた。
だから、つい『さち』と書いてしまう。
逆だということを、私が私に知らせるために書いたのが、この左右反転の『7』だった。
そして、私は見つけた。
河村智沙。
これが、記憶の中にあった吉田恵利佳を苦しめる元凶の名だ。
メモが全て繋がり、私がやるべきことがわかった。
タイムリミットはもう1年も残されていない。
私は吉田恵利佳をいじめという地獄から助け出さなくてはいけない。
それには、元凶と思われる河村智沙だけじゃなく、あの渡辺達とも戦わなくてはいけない。
助け出すには、まだいろいろと足りない。
久しぶりに不思議な感じの夢を見た。
お父さんじゃない、大人の男の人が出てきた。
じっと私を見て、握手を求めてくる。
その手を握ると、男の人は微笑んで白い光となって消えていった。
不思議と、勇気が湧いてきた気がした。
ちょっと矛盾があったのでセリフ修正しました。




