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さよなら、初恋-ある男子高生の話。

作者: 榠樝

俺が一目惚れしたのは、一つ下の後輩だった。

彼女を初めて見たのは入学式の日。あまり言葉で表現するのが得意ではないけれど、可憐という言葉がよく似合う、そんな子だった。

俺は演劇部に所属していて、どうかその子が入ってくれないだろうかと願っていた。けれどその願いは叶わなかった。

彼女が文芸部に入ったらしいことを偶然知ったものの、当然どうすることも出来ず、また接点も無かったのでただただ彼女を眺めて過ごす日々。

移動教室の時とか、体育の授業とか。とにかく遠くから見つめることしか出来なかった。でもそれで彼女がこちらに気付くわけもなく。

ならばせめて、と部活に打ち込んだ。もし、彼女が舞台を観てくれたら。そして俺のことに気付いてくれたら。そんな淡い期待を胸に、俺は必死だった。

その結果だろう。三年が引退するとなった時、部長に選ばれたのは俺だった。

最初は何で、とか面倒くさそう、とか色々思ったものの、すぐにこれは好都合かもしれないと気付いた。

脚本を書いているのは現三年。ということは卒業後は誰が書く?書ける奴も書けそうな奴もいない。

これはチャンスだとばかりに、俺は文芸部の戸を叩いていた。脚本を書ける奴がいないから、誰かに手伝って欲しいという口実の元、彼女に近付こうと思って。

幸い文芸部の部長とはクラスが一緒だったので、結構簡単に話がまとまった。

どの人に頼むか、というところでいきなり彼女を指名すると怪しまれそうだったので、部誌を見せてもらった。幸運なことにペンネームなんかは使ってなくて、皆本名で載っていたものだから、彼女が書いたものを見つけるのは容易かった。

さも文章に惹かれたという風を装って、彼女が書いたものを部長に示す。すると部長はそれ書いた子はまだ来てないや、と言った。

じゃあ来るまで待つよ、と部長と適当な話をして時間を潰す。彼女が来たのはそれから少ししてだった。

部室にやって来た彼女を指し、あの子だよ、と部長は俺を連れて彼女の方へ行く。間近で見た彼女はやっぱり可愛かった。

部長共々事情を説明するが、彼女はあまり良い反応を見せてくれなかった。まぁそりゃいきなり他の部活の手伝いしてくれとか言われても困るよな、とは思う。

でも折角のチャンスを無くしたくなくて、試しに一つ書いてくれないか、と頼み込んだ。

ほとんど無理強いした形だけど、彼女は頷いてくれた。あの時ほど心底良かったと思ったことはない。

それからというもの、俺は脚本作りを口実に、放課後の一部を彼女と過ごすようになった。

稽古やら雑務やらをこなして、少し早めに部活を終わって文芸部へ走る。部長がそれで良いのかと多少思うものの、脚本のためと言うと案外皆納得してくれたのでここぞとばかりに彼女との時間を過ごす。

最初はおっかなびっくりといった風の彼女だったけど、慣れてくると色々な話をするようになった。昨日観たテレビや、漫画や小説。あんまり趣味は被らなかったけど、彼女は俺の話を楽しそうに聞いてくれた。

どうしても帰るのが遅くなってしまうから、危ないし、ともっともらしいことを言って彼女を駅まで送るのもいつの間にか日課になっていた。

まるで付き合ってるみたいだな、なんてこっそり笑う。けど彼女と俺じゃ釣り合わない。そう思うと、告白なんて出来なかった。




彼女と過ごす楽しい日々は増えていくけど、それはつまり別れの日が近付いているということでもあった。

季節は巡り、秋。来月の文化祭が終われば俺は演劇部を引退することになる。そしてそうなれば彼女といる口実が無くなってしまう。

彼女はそれをどう思っているのだろうか。少しでも寂しいと思ってくれるだろうか。それとも清々したと思うだろうか。

不安に思いながら、脚本について話している時に呟いてみた。

「俺、文化祭が終わったら引退するんだよね」

彼女は何も言わない。そんなものだよな、と自嘲しながら言葉を続ける。

「だから、脚本頼むのはこれで終わり。……次からは新しい部長の判断に任せる。もしかしたらまた頼むかもしれない」

「……そうですか」

彼女の声は落ち込んでいるように聞こえた。きっとそれはまだ脚本を書かなくてはいけないのかと思ったからだろう。急に申し訳ない気持ちになり、慌てて付け加える。

「あ、嫌なら断ってくれてもいいから!……つっても今更だけど」

すると彼女は少し間を空けて、「頼まれたらやりますよ」と笑ってくれた。まだ繋がっていられるような、そんな気がして俺は安心していた。




文化祭当日、舞台の上から彼女を見つけた。いつも観に来てくれてはいたけど、今日は文化祭だ。部やクラスの出し物の関係で行けないかも知れないと言われていたので、見つけた時は心臓が飛び出そうなくらいに驚いた。そしていつもよりずっと緊張したけど、どうにか舞台は終わった。

舞台袖で息をついて客席を見る。すると彼女はまだ座っていた。慌てて彼女の元に走る。

「観に来てくれたんだ」

言うと彼女は立ち上がり、すごかったとか良かったとか色々嬉しいことを言ってくれた。中でも格好良かった、と言ってもらえた時は幸せで死んでもいいとさえ思えた。

それが彼女との最後の時間だった。




それから時間は瞬く間に過ぎていった。

結局新部長は部内で脚本を書くことにしたらしく、彼女との繋がりは完全に途絶えてしまった。もし彼女が書いてくれていたら、ちょくちょく部活に顔を出そうと思っていたのに、そんな気は全く無くなった。

何もせずにいると彼女との時間を思い出してしまって苦しくなるから、受験勉強に打ち込んだ。その結果、受ける予定だった大学よりもワンランク上に受かったのはある意味彼女のおかげかもしれない。

思えばずっと彼女のことばかり想ってきた。初めて見たときから、ずっと。

結局初恋は実らない。告白する勇気でもあれば別なのだろうけど、生憎そんな勇気は無かった。

それに何より上手くいくとも思えないし。

明日は彼女の姿を見ることが出来る最後の日。卒業式だ。明日なんて来なければ良いのに。願いは当然、叶う筈もなかった。




日付は変わって、ちゃんと朝が来て。卒業式は終わった。

本当に全部終わったんだな、と空虚な気分になる。まるで夢でも見ているような、そんなぼんやりとした世界だった。

グラウンドには生徒がごちゃごちゃと騒いでいて、おめでたいやら悲しいやら、何とも言えない状況だった。

後輩達に挨拶も済んだし、帰ろうかと思った瞬間、人混みの中に彼女を見つけた。

声をかけたら別れづらくなる。分かっているけどどうしても、最後に彼女と話がしたくて彼女の肩を叩いた。

「ちょっと、いいか?」

驚いた様子の彼女を連れて校舎裏へ行った。二人っきりになりたかったから。

彼女の正面に立ち、出来る限り平静を装って言う。

「……一年間、つって一年でもないけど、ありがとな。助かったし楽しかった」

すると彼女はぺこりと頭を下げた。俯いた彼女の表情は見えない。

「……私も、色々勉強になりました。楽しかったです。ありがとうございました」

「そんな畏まるなよ」

礼儀正しいな、と苦笑する。本当、彼女はいい子だな、と思った。

「……それじゃあ、元気でな」

今なら触っても不自然じゃないかも知れない。思い、そっと彼女の頭に手を置いた。彼女の髪の毛は柔らかくさらさらとしていて、とても心地良かった。ずっと触っていたいけどそういうわけにはいかず、すぐに手を離し、背を向けた。

数歩、歩いた所で背後から声が飛んでくる。

「……先輩も、お元気で!」

思わず振り向く。彼女の姿を見られるのは本当にこれで最後かと思うと涙がこぼれそうになった。けど彼女の前でそんな情けないところは見せたくなくて。

精一杯、笑みを浮かべて卒業証書の入った筒を軽く掲げた。

さよなら、初恋。

格好良く去っていく先輩の役は演じ切れただろうか。

いつの間にか頬を伝う涙を拭うこともせず、俺は真っ直ぐに歩いて行くのだった。





終.

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