94. イリイチが二手に分かれた。
イリイチが、二手に分かれた自分を交互に指差した。指先が震えている。
……おい。
おい、大丈夫か?
「え? ええ? これって魔法か? あっち? が、本物?」
「……どっちも自分だよ」
「……どっちも自分だよ」
思わず両方で突っ込んだ。
琥珀色の瞳の主の顔が強張る。
しまった、と思ったがハモった言葉は引っ込められない。もう序だ。確認する事にした。
ジャパニーズ・ホラーが苦手なくらいだから、絶対知ってそうだ。
元に戻る。
服を整理する自分だけになると、ドン引き一歩手前だったイリイチが目を瞬かせた。
呆気に取られたふうのゴツイ美人を、自分は、ひたりと見据えた。
「今の、なんちゃって〝分身の術〟というのだけど、幽霊なら出来るんだ。イリイチ……お前、忍者って知ってるか?」
カッと目を見開いたイリイチの反応に、内心ビビる。
来日したての愛好家ソックリで、尋常じゃない迫力だ。琥珀色の瞳が爛々と燃え盛っているように見えるのは気のせいじゃない。
しまった。
火が付いた。こうなった彼等は、もう止まらない。
信じられないバイタリティを発揮して、極東の島国に来るくらいはアッサリやってのける。戦いた自分は、グビリと唾を飲み込んだ。
……唐突な自分の質問に、戸惑うよりも食いつくとは。
やっぱ二次元ハンパ無ぇ。
「……ニンジャ?」
疑問に思ったらしいハルトマンの言葉に、頷いて答えた。
「今はどうか知らないが、昔いたんだ。隠密活動を職業にする個人もしくは集団のことを指す名称で、……詳しくは医師に尋ねてみるといい。知ってるハズだから」
因みに、仲間の殆どは今でも忍者がいると信じている。
自分はイリイチを振り返った。
「モドキ忍法だけど、他にもイロイロあるんだ。水の上を歩くとか。良かったらイリイチやってみ――」
「――やる」
速ぇよ返事。
何するのか解ンねーのに、ちっとは躊躇えよ。
最早、自分が二人いた怪奇現象も「そういうものだ」と思うことで吹っ飛んだみたいだ。
まあ、いいか。これで大概の心霊現象を克服できそうだし。
安堵のあまり溜め息が出そうになって、自分はそっと息を吐いた。