91. パッと見は黒衣。
イヤな予感に、服とハルトマンを交互に見てしまう。
着替え終わった指揮官は、衣類を示しながら説明した。
「格闘着の上下に、頭巾と手甲と脚絆。形としては鎧と変わらない。聞き入れて貰えないか」
渋面になった。
要するに、夜中に動く人体模型や骨格標本と同じじゃないか。
こっちの世界は学校の怪談か。
ハッキリ言って、自分はイヤだぞ。二度目の超常現象で手一杯なんだ。
「それに」
言葉が続く。
渋い顔のまま、自分はハルトマンを見た。
「馬騒動の後、小屋に向かったナナシノはともかく庭に残ったイリイチは俺の部下全員から把握された。慣れたから見えるようになったとしか言いようがないが、初見のヤツが殆どで、パニックになったんだ」
……うわあ。
リアルに想像できて、内心で頭を抱えた。
自分も経験した。
真夜中だった。
どっかの山中で肝試しの連中と遭遇し、出会い頭で絶叫されたのは仕方ない。こっちは初めての幽体離脱で勝手が分からなかったし、半狂乱になって逃げ出した彼らを見て、気の毒に思ったくらいだ。
ハデにすっ転んだ人に手を貸そうと、肩ポンしたら失神され、地味に傷ついたのはココだけの話。
つか羊小屋の前で合流した時イリイチの様子がおかしかったのは、それが原因か。
「今は見られていないナナシノも<禍神>対策でイリイチと連携を取る以上、何れ俺の部下に把握される。……あの混乱は一度でいい」
わかるだけに、ふいと目を逸らした。
琥珀色の瞳の主との訓練について念を押された、とまではいかないにしろ効果は抜群だ。
自分は、腕の服に視線を落とした。
濃紺だけどパッと見は黒衣の衣装。黒衣は、舞台上〝見えない者〟だが、真逆の意味で身につけるとか……何の冗談だ。
断りたいのに、諸々の感情を呑んで漸く言葉にした。
「親子の看病がどうなるか分らないから、医師に相談してから決める。それまで服は預かっておく」
あああ。何て言い草だ。
溜め息を吐きそうになる。指揮官の眉が、ヒョイと上がった。
「ソレは、検討はして貰えると考えて良いか?」
自分の時が止まった。
思いがけないハルトマンのオヒトヨシさに、気が動転する。
……幽霊手玉に取れるヤツが、何で足元掬わないんだ。
殆ど反射で思った。
ボケッとした自分に、付け入る連中は子供の頃から巨万といたが、実直な奴はそうはいない。
動揺を抑えるために、そっと息を吐いた。呟くような返答になったのは仕方なかった。
「いいよ」
両手が塞がっているから、眼鏡を外して顔を擦れない。
指揮官は、キョトンとした。ほぼ初めて見る表情に力みが抜け今度はフツーの声が出た。
「医師の許可が下りたら、この服を着よう。約束する」
ぶっちゃけ、医師が反対しなければコスプレする幽霊の誕生だ。
心の中で、ひっそり落ち込む。ホントもう何やってんだ自分。
こちらの内心を知ってか知らずか、ハルトマンは笑った。
「イリイチやナナシノの嗜好品が、こちらにあれば取り寄せよう」
……取り寄せって、そんな大袈裟な。
ゴメン。あるなら番茶ちょっと飲みたい。