87. ガン見している。
ちょっと待て。
お前、服取りに行ってる間、親子を看ててくれるんじゃないのか? 大体、ドコで作業するんだよ? コンパクトに乳鉢と乳棒で圧砕するにしても、卸し金でガリゴリ削るにしても、脆い岩塩何気に硬いから音のデカさが病人に障るぞ。化学の授業でエライ騒音だったんだ。
琥珀色の瞳の主は、集まった視線にきょとんとした。
「裁断するのにハルの服をバラすだろう? 二人掛かりじゃ効率悪いし、オレかナナシノか、どっちが担当するにしろ服一着分解するにも時間が要らないか?」
あ、そういうこと。
イリイチのわけを聞いた医師が、木の小箱を引き寄せて、蓋を開ける。一通りの道具の揃った裁縫箱だった。
箱に目をやって、自分は固まった。
……。
何だこれ。留め具ナシの折り畳み定規?
スライド式でもないのに、どうやって固定してんだ。
ガン見している自分の傍で、医師の黒い瞳がイリイチを見た。
「できるだけ魔力に晒したくない。作業にはこの道具だけを使って欲しい。頼めるかい?」
琥珀色の瞳の主は、髪を掻いた。
「ナナシノ、どうだ?」
自分は、指先で針山を突いて動かし箱の中を覗き込んだ。
極細のパネル釘みたいなまち針。あ。何に使うかサッパリわからんヤツ見っけ。手の平サイズの……、ダメだ。解らん。見当が付かん。
やっべ滾ってきた。
すぱん、と背中を叩かれた。
イイ音に顔を上げたら、イリイチが半眼になっていた。
「ナナシノ、お前セトの言うこと聞いてたか?」
「作業にはセト医師の道具だけを使ってくれ?」
イリイチは鼻白んだ。
その仕草で子供の頃を思い出した。しょっちゅうキレてたクラスの女子から「ハナシ聞いてンのか」って、よく詰められたっけ。ははは。ワザとじゃないんだけどな。
笑いそうになって、ふ、と。
無表情のハルトマンに気付いた。
神殿で会ったときからずっと面白がっていた瞳が、ガラス玉のように変化している。
初めて見るその様子に、スイッチが入った。
「すまんイリイチ。つい夢中になった。気をつける。部隊長、行こうか」