表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/106

84. 軋む表情を変え。

自分は溜め息を吐きそうになる。誤魔化(ご ま か)すのは苦手だが、上手(う ま)くやれ自分。

後ろ首を()でつつ向き直った。


「イーラ」


 青い瞳が自分を見た。意識して口角を上げた。


「……ありがとう。イリイチも自分も素人(シロウト)だから、お手本があるのは助かる。ホントに。完成時の参考にしたいから、バラすのは別のにしたいんだけど、……セト医師にきいて(もら)えないだろうか? できれば男物の方が、自分達には()(やす)いんだ」


「そうなの? わかったわ。……イーシャ、ナナシノが」


 イーラの声を聞きながら、少しネクタイを(ゆる)めた。

()(まか)せに心臓が(きし)む。表情を変えず、呼吸を止めたまま待った。


 彼女の浴衣は使えない。

ヘコんだ医師を見ていられなかったのもあるが、(かす)かに(にお)樟脳(しょうのう)が病体に(さわ)るからだ。

 申し出を聞いた医師は驚いたように顔を上げた。

さっと喜色が浮かぶのを見て、ホッとする。良かった。伝わった。

 彼は(あわ)てた様子で反物(たんもの)(した)()きになっていた布ーー光沢のある黒の薄物(うすもの)を引っ張り出して言った。


「今()(もと)にある単衣(ひとえ)の男物はコレだけなんだ。使えそうかい?」


 ……なんでこうなる?


 涼しげな()の着物を見て、自分は真顔になった。

間違えた(たた)まれ方もアレだが、それ()(もん)入りのヤツじゃないか。

 もうこれで解った。長く住んでいると言っていた医師は、恐らくイリイチくらいの年齢(ト シ)でこっちに来たのだろう。和服に馴染みのない人が数年かけて(そろ)いの着物をちぐはぐに保管するのは、ある話だ。

 つか、浴衣は無いのか浴衣は。礼装バラして元に戻せなかったらどうするんだ。この(さい)普段着であるなら、(あわせ)でもいい気がしてきた。


 もだもだ考え始めた自分を見たイリイチが口を開くより先に、ほとほと、とノックの音がした。返事の前にガチャリと書庫のドアが開き、ハルトマンが顔を(のぞ)かせる。特に意識していなかった濃紺の衣が視界に入った瞬間、カッと目が見開いたのが自分でも解った。


「伯母上、幻と森人のサムが風の様とともに着きました」


 急いで談話室へ、と続けたハルトマンに近付いてガッシと腕を(つか)んだ。

医師以外の全員からギョッと見られたが、夏物の正装を分解するかしないかの瀬戸(せ と)(ぎわ)だ。構っていられない。


「部隊長。すまないが仕立て物の素人の幽霊が、親子の()()きを縫い上げるのに裁断(さいだん)参考用にバラす着物を探しているんだ」


 (いっ)()に説明した後、自分は慎重に息を吸った。

青い瞳から目を()らさずにいられたのは、苦手な針仕事のプレッシャーが要因だろう。

 腕というより、衣の(そで)を指し示す。


「この装束(しょうぞく)筒袖(つつそで)だが、コレ(・ ・)が良い(・ ・ ・)。貸してくれれば非常に助かるし縫い終わったら復元するから、四の五の言わずに協力してくれ下さい頼むから」


 ストレスのあまり変な言葉(づか)いをした自分に眉を(ひそ)めたハルトマンは、目線を動かして医師の絽とイーラの浴衣を見る。

 そして、何かを(さっ)したように溜め息を吐くと「予備がある」と言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ