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83. ポイ捨て<降臨>の迸り。

 イリイチが、さっと自分を見た。

黒い瞳が、彼の視線を追い自分を探す。飄々(ひょうひょう)とした医師らしからぬ()(ぐさ)()(まど)うが、生者(ヒ ト)は言葉を続けた。


「魔法は便利だが、その反作用が(のろ)いだ。風土病である(まじな)い中毒は慢性疾患で、根本療法が難しい。だが、アンタの場合は違う。<降臨(こうりん)>を(ひもと)いたせいで、元の世界には無い魔法を受け止める破目(は め)になったんだ。経過は呪い中毒の症状そのものだ。……よく身が持ったとしか言いようがない」


 ポツリと言われて納得した。

医師の所見に数年分の疑問が解消され、ストンと力が抜ける。

 そしてポイ()て<降臨>の(とばっち)りがハンパない事に、溜め息が出そうになった。

巻き込まれた医師の心情を思えば、神々を「精霊共」と呼称するのも仕方ないし無理もない。

自分ならキレて口論(ケンカ)するレベルだ。

 後ろ首に手が伸びたところで、ほとほと、とベッドの側のドアがノックされた。


 医師が唇を引き結ぶ。

ガチャリとドアが開いて、イーラが隣の部屋に滑り込んだ。フワリと樟脳(しょうのう)(にお)いがして、自分はハッとして身体ごと向き直った。


 イーラは()(たた)まれた布を(かか)えてランプを指に引っ掛けていた。樟脳(防虫剤)は布から匂っている。

片手は自由なままでドアを閉めた彼女は、医師を見ると柔らかく()んだ。沈んだ空気が、イーラの穏やかな気配に(ほど)けて消えた。


「……イーシャ。良かった、ここに居たのね。前に」


 彼女はランプをテーブルの上に置くと、抱えていた布を差し出した。

自分の眉が上がり、隣のイリイチから感心したような吐息が()れた。

布は、黒に近い紺地に、意匠化された植物の白抜きが美しい浴衣(ゆかた)だった。


貴方(あなた)から(もら)ったユカタなんだけど、持って来ていたの。……これをバラせばサイズも()い方も解るんじゃないかしら」


 彼女の言葉に、ピシリと固まった。

こちらを見たイーラが「ダメ?」というふうに目顔で問う。自分は一つ(まばた)いて、フリーズ(思 考 停 止)した脳を、どうにか動かした。


 ……ダメじゃない。

が。

男が女に衣服を贈る意味を知っている幽霊(こっち)(たま)らない。


 恐る恐る振り返った。

医師は書庫の(くら)がりで、うっそりと落ち込んでいた。


 イリイチは複雑な表情を浮かべ、自分は気の毒すぎて目を()らす。

幸か不幸か、明かりの(はず)れにいる男三人のビミョーな(ふん)()()なんてイーラに届かない。一呼吸の間の後、気持ちを切り替えたらしい医師は、ぎこちなく唇を動かした。


「……アンタが(かま)わないのなら。むしろ母親と()格好(かっこう)が似ているから裁断の参考にできる。助かったイーラ」


 野太い声は落ち込みを感じさせない。

モヤっとした顔のイリイチが、イーラから浴衣を受け取るのを見て、自分もモヤっとした。


 ……ホントに良いのか? 

一遍(いっぺん)バラすと復元に時間がかかるぞ?


 昔お掃除ロボットを分解したのが忘れられない思い出になっているんだ。

(バツ)として、直す(まで)ムダに古い実家の納屋(な や)や貯水槽とかを整備をしたんだが毎回イロイロあった。作業も終盤(しゅうばん)になるとトラウマ通り越して達観(たっかん)し、度肝を抜かれることも少なくなった。

 (ちな)みにバラバラになったロボットの第一発見者は祖母で、しこたま怒られたのはここだけの話。


「……浴衣は、イリイチさん達が縫う。ワシは調剤に入る。……もうすぐ、幻と森人が着くだろうから、アンタはアンタの仕事(シゴト)にかかれ。それが治療に役立つ」


 泰然(たいぜん)とした声で医師は続けた。

けれども。

ちょっと涙目になりかけているのを見て、自分は思わず天井を(あお)いだ。


 これ、ダメなヤツじゃないか。

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