74. 誘ったのは。
ちょっと離せ。イリイチ。
ぺしぺし、と甲を叩く。
面白くなさそうに目を眇めて、琥珀色の瞳の主は手を離した。
離す瞬間、指を捻って頬っぺた弾いたのは、アレか。納得なんかしてないって事か。
ジンジンする両頬を指で触って、ため息が出そうになった。もう序でだから幽霊タブーについて話す事にする。
「……これ、あっちではするなよ? 何が禁忌か解らんから」
「あっち?」
まじまじと自分を見る琥珀色の瞳の主に、説明する。
聖域や神域の不可侵の「場」の事、それらにフツーは関わらないこと、ただ「魔法のある世界」に自分達がいられるのは双子の無事を確認する迄で、ソレが済めば速やかに立ち去ることが前提であること。あとイーラの手首を掴んで袖を捲くりあげた事。
手首の件で、イリイチは半目になった。
「それセクハラじゃないか」
ズバリと指摘されて、ふい、と視線を外した。
もう思い知ってるよ。
双子くらい小さな子供ならまだしも、成人にすることじゃないくらい。
ボソボソと言葉にした。
「態とじゃない。それにイーラにはちゃんと謝った」
イリイチは鼻から息を吐いて顔を背けると、チラリと自分を見て胡散臭そうに言った。
「ナナシノは……。まぁ、いいや。わかった。気をつける」
……ちょっと待て。
いま何を言いかけた?
イリイチを見たら何かを考えているようだった。
その静かな様子に黙る。彼は流れを目で追い、口を開いた。
「……言ってない事がある」
言葉を切って、イリイチは目を伏せた。唇を引き結んでいる。
話すのを躊躇う内容なのか。
「事情があるなら、ムリして話す必要は無いぞ」
そっと制した。どっちにしろ、もう時間が少ない。
イリイチは両手を背に回してこちらを見た。決心した顔をしていた。
……話すのか。
胡坐をかいた脚に肘を乗せ、合掌した手を唇に当てて待った。
話を聞くときの自分のクセだ。
「天幕で」
ポツリと言葉が始まった。
「母親がオレを見て<禍神>と言ったろ? ……アレには根拠がある」
眉が上がったのがわかった。
……そうだ。あの時、母親は青ざめた顔でイリイチを見ていた。
「向こうから頼みに来たんだ “双子を助けて” “儀式を止めて”って」
予想もしなかった。
じと、と汗が浮かぶ。
……ちょっと待て。
それは、
自分の動揺を知らずに、そっと息を吐いた琥珀色の瞳の主はアッサリと言った。
「オレをあそこへ誘ったのは<禍神>なんだ」