70. こっそりと。
琥珀色の瞳の主は呆然としていた。
まあ、そりゃそーだ。
自分の時は逆パターンだったが、ビックリしたのを覚えている。
「そうか。じゃあもう痛くないな。自分はコレを<肩代わり>と呼んでいる。裏技なんだ」
「……けれど、それじゃ、ナナシノは痛くないのか?」
イリイチ本当にハンパ無いな。知ってたけど。
安心させる為に自分は少し笑った。
天幕の時とは違い失敗しなかった。身体状態を言わないまま口を開く。
「五感切り替えれば大したコトないし?」
「……そうなのか?」
尋ねたイリイチに肩をすくめて、水勒を拾う為に膝を曲げる。それとなく外した視線の先で、ポニーと目が合った。
自分を見る雰囲気が何気に険しい。うおう。馬には感づかれてんだ。
ヒヤリとする。
馬が目線を外した。こっそりと前脚を掻こうとする仕種で、イリイチへの告げ口に気付いた。
……待ってソコの山岳馬。
黙っててくれ。バレたら多分、イリイチは面倒臭い。
視線に乗せた意図が伝わったのか。
馬が顔を背けたまま、チラリと自分を見て前脚を静かに下ろし、鼻から息を吐いた。
良かった。ありがとう。
協力的な動物はキライじゃない。
琥珀色の瞳の主に気付かれる前に水勒を持って立ち上がった。
「イリイチ。やり方を教えるから、この馬の鞍を外してくれるか?」