67. 提案という名の。
土の神の名乗りに、ハルトマンとイリイチは何となく察していたようだ。
然したる動揺もなく受け入れられる様子に、こっそりヘコむ。
<井戸>でパニックになった自分とは全然違う。なんでだ。
「はじめまして。土の様。火の様と水の様よりうかがっております。どうぞ、ハルと呼んで下さい」
首を伸ばしていた山岳馬が、顎をそっと引いた。
静かに佇んで待っている。イーラが良い馬達と褒めていたが本当だ。賢い。
自分は唇を開いた。
「……部隊長、手綱を。厩には自分とイリイチが連れて行こう」
ハルトマンの青い瞳が自分を射た。
思わず動きが止まる。他意はないだろうが、目力強ぇ。
提案という名の指図になったが、仕方ないだろう。それとも神を待たせんのか。
目を見たまま馬の手綱を握ると、ハルトマンが手を差し出した。
土の神が移動し、口を開く。
『早速だが、ハル。ギルバートとイーシャを見なかったか? 転移には失敗したが、直前まで一緒にいたんだ。馬がここに居るということは近くに落ちた筈なんだが』
……。
……それで降って来たのか。
騒動の始まりを思い出して動物達に同情した。
つい馬の顔を撫でて脚を見る。二頭とも目立つ外傷は見当たらなかった。
良かった。
「岳人と世捨て人の二人は部屋に案内しました。荷物を運び込み中身の確認を急いで貰っています。実は、双子とその母親が」
ハルトマンがチラリと自分を見る。
青い瞳を見て土の神から目を逸らしたんだと、気が付いた。
「<禁書>に呪われました」
土の神の槍が微かに動いた。一瞬どこか遠くを見て、視線をハルトマンに戻した。
『今すぐに火のと水のの所へ案内を頼めるか』
土の神を真っ直ぐに見て、指揮官は頷いた。
イリイチが引く馬が鼻腔を鳴らした。ハルトマンがこちらを見た。
「その二頭は親子なんだ。房は隣同士に入れてやってくれ。小屋は牧柵の側にある。慣れた者をすぐに行かせる。世話は彼らがやるから、姿を見られる前に双子のところへ戻って来て欲しい。医家に初期の病状も伝えて貰いたいから」
「わかった」
返事をして、慎重に歩き出した。イリイチも手綱を引いて、自分の横を歩く。
パカパカと長閑な音がし出すとハルトマンと土の神は家のほうへ向かった。