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7. 人生初の体験。

 床に膝をつき、枷の鍵穴に差し込み回す。

金属的な開閉音がして錠が外れた。

布も噛ませずに直着けされた枷が子供の柔肌を傷付けていた。痣も幾つか確認した。


 拘束具の血を見た途端、カッとなって壁にぶん投げた。

石と金属のぶつかり合った凶悪な音が、今の自分の内面を表しているように感じた。


 冷静でいられなかった。

大きく深呼吸して、少し瞼を閉じた。


 目を開けると、イリイチは器用に子供二人を抱き上げるところだった。


「ここから出よう。手伝って欲しい」


気遣わしげな視線を投げて、歩き出す。

自分は荒れた感情をどうにか鎮めて、しばらく黙ったままついて行った。


 子供の頃から、どうしてもなれなかった。

自分には、集団の中で生きていく人間に絶対に必要な「何を見ても怺え、長いものに巻かれる」という忍耐が無い。


 これは短所だ。

自分は、堪え性が無かった。だから殺された。

ため息が出そうだ。「死んでも直らない」というのを実感するのは、一度だけで沢山だ。


 上への階段の近くまで来たイリイチは、突然、自分を振り返った。

琥珀色の瞳が、射抜くようにどこかを見ている。


「この人を上まで運んで欲しい」


 視線の先には、蹲った女がいた。

黒茶の髪にイリイチと同じ肌色。フード付きの外套がマントのように見える。

 呼吸はあるが、ケガをしているようで血臭が酷い。

そっと観察した手は、爪が縦に割れ甲には細かい裂傷がいくつもあった。自分で引っ掛けた傷というより、死んでいた男達の傷と似ていた。


 ビクリとも動かないところをみると気絶しているようだが、自分は女の顔を見て思わず眉をひそめた。


 似ている?


 目顔で問うと、イリイチは冷たい声で言い捨てた。


「この子達の母親だ」


 ぎょっとした。

イリイチとは会ったばかりだが、分かったことがある。

 彼は峻厳ではない。穏和だ。更に、かなりのオヒトヨシだ。

美人で厳つい外見と優しい内面のギャップが凄まじいが、他者に対する気遣いは本物だ。

それが、どうして。


 イリイチ……お前、なんて顔をしている。


 唖然とした自分から気まずそうに目を逸らし、イリイチは一歩を踏み出した。


「すまない。頼む」


そのまま階段を昇っていく。母親には一顧だにしなかった。


 まじか。


 取り残された自分は途方に暮れた。


 どうやって運べと?


 イリイチと違い、生きた人間に触れない自分には困惑ものの頼まれごとだ。

とりあえず目に付いたマントみたいな外套の端を持ち上げてみた。


 お、上がる? コレいけそう?


 フード付きの外套で良かった。

肩布を引いて仰向かせる。両腕を腹の上に置き、外套のフードと胸ぐらを掴んで上半身を階段に乗せた。次に、裾で包まっている下半身を同じ段に上げる。

 

 特に問題なく横たわった。

だが、たった一段で気持ち的にグッタリとした。


 あー。コレまどろっこしいかも。

肉体的疲労が無いのが救いだけど、ケガをしているから急がないとヤバそうだしな。


 ……背負うか。


 ちょっと覚悟が要った。

重くは無いだろうが、負担が大きいだろう。

多分、容赦なく気力を削られる。


 ネットで臨死体験談を検索したときに、読んで思わず仰け反ったエピソードがあった。

それは、指揮の不手際で死にかけた兵が幽体離脱し、上官の寝袋をポルターガイスト現象によって眠っていた持ち主ごと蹴り飛ばした、という書き込みだ。


 事実かどうかはともかく、生きている動物は例えマウス一匹持ち上げられなくても、マウスの入っているケースは運べる事になる。


 袖を持ち上げて、母親の腕を自分の片腕に乗せてみる。透過しなかった。良かった。

全身を覆わんばかりのファッションに感謝だ。

外套を掴んで母親の腕を自分の首に回す。段差を利用し、寝返りさせる要領で背負った。


 衝撃が全身を貫いた。

反射で強張った四肢を、意識して解す。

ーー驚いた。


 あんま大丈夫じゃなさそうだな。


 予想よりも大きいダメージに焦る。

とにかく上まで運ばないと傷の具合もみられないが、何かの拍子に気力が尽きると、石段に叩きつける結果になりかねない。這うように階段を昇った方が無難だな。


 ……はぁ。匍匐前進なんて人生初だよ、オイ。

 これはあれだ。無心で手足を動かすのが効率的だ。


 首筋にかかる息を無視して、石段に前腕をかけた。



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