65. 小屋の中から観測できる。
一応家主に、餌を貰うと言ってはいたが、緊急だったからドコまで通じているか解らない。それでも納屋の穀物箱から飼料を一握り掴んで戻ったのは正解だったと思う。
外から見た羊小屋の中は、葉っぱやら木の小枝やらが散乱していた。
巣箱に敷き草を使っていた鳥小屋とは全く違う様子に驚く。藁の代わりにしてもおかしい。強烈な違和感に眉をひそめそうになるが、それらをくっつけた綿羊が二頭、大音声で鳴いていた。
……番いの騒音力ハンパ無い。
幽霊を見ても、羊は雌鳥と同じようにスルーした。
戸を開けて入る。餌箱の中にザッと砕かれたデント・コーンをバラバラと落とした。生身の人間にはわからない穀物特有の香りが暗がりでも匂い立つ。
エサの香りと音で、一呼吸だけ間が空いた。
その隙を衝いて、牡羊のフカフカな首に腕を回し手の中に残したエサを鼻面に押し付けるように口を塞ぐ。抵抗は一瞬だけで、羊はモゴモゴと食べ始めた。よしよし。そのまま鎮まれ。
黙々と食べている羊をそろりそろりとエサ箱へ誘導してから、腕を放した。手の飼料を食べつくした牡は餌箱のコーンも食べ始め、牝羊も寄って来る。
モコモコした羊が並んでエサを食べる様子に、そっと胸を撫で下ろした。
おおおイイ音がする。
いつも思うが動物って実に美味そうにモノを食うよな。
羊の気が逸れている間に、せっせと背から葉を掃い小枝を取り除く。
だから気付いた。
モフモフした背中から、小枝と小さな脚が二本、突き出ていた。
シュールな光景に、自分は思考停止に陥る。開いた口が言葉を紡いだのは、習慣だったとしか言いようがなかった。
「……何なさっているんですか」
土の神が羊の毛に埋もれていた。
身動きが取れなかったという事情もあるだろうが、神はくぐもった声で答えた。
『……壁があって、ぶつかって、ココに落ちた』
壁?
指を動かして、羊毛に絡まった土の神を解放した。
ぶは、と息を吐き出して神は暫く羊の背で胡座をかいたまま、ジッとしていた。ミッシリした毛の中に潜り込むように埋まっていたからか、顔が火照ったように赤い。
……そりゃそーだ。毛糸の原材料に持ち主の体温付きだ。
確か羊は三十九度だったな。うお。自分なら脱水症起こしている。
土の神はやおら立ち上がると、一緒に埋まっていた小枝を両手で引っこ抜いた。槍だった。穂先は木鞘に守られていたが、その柄は途中から無くなっている。
神は無残な槍を見た後、嘆息し、顔を上向けた。
つられて目線を動かした自分は、小屋の中から観測できる見事な星空に絶句した。夜空の縁取りのように黒々と見える木々から、パラパラと葉と小枝が落ちてくる。破損した天井が、やけに寒々しく目に映った。
空を見上げたまま尋ねた。
「ぶつかって……落ちたんですか?」
土の神はボソッと答えた。
『……落ちた。羊には悪い事をした』
……。
……突き破って壊した屋根はイイんだ。