63. じっと立って静かに。
思っていたよりも人懐こい性格に安堵し、目でイリイチを探す。
少し離れた所でもう一頭の山岳馬の手綱を掴んだ幽霊が、力づくで命令をきかせていた。彼の反対側では、馬の首に鞭を搦めたハルトマンが同じように抑えつけている。
見事な連携動作だった。
……すげぇ。
アレもう「気が合う」っていうレベルじゃねぇ。
素人を訓練するよりお前らで組んだ方が良いんじゃないか、と本気で思いながら馬をひいて二人の傍に来ると、イリイチは片手で馬を抑え、もう片方で脇腹を押さえていた。
あ。蹴られたんだ。
自分は空いた手でイリイチの手綱を握り、彼に退くように目顔で促した。
イリイチが離れた瞬間、馬はパッと首を上げ後退ったが、ハルトマンの鞭が張ってロープのように動きを制する。
緊張が高まったが自分が引いてきた馬が静かに喉を震わせると、その場で動かなくなった。
馬達は互いに鼻を寄せて首を擦り合わせ始めた。
さっきまで暴れていた二頭は辛そうだ。出来るなら、脚や蹄に怪我をしていないか見てやりたいし体も拭いてやりたいが、飼い主がどのように世話をしていたか解らない。
ふと、庭の隅からヨロついて出て来た人の姿に眉が上がった。
パッと見は、小柄。だがゴツイ。ずんぐりむっくりというよりは引き締まっている感じで、どこかの民族衣装を纏い、それが良く似合う。山に住むのなら寒くないだろうと思わせる頑丈さを感じた。
束ねた濃い茶色の髪と髭に、葉っぱやら土やらがついている。そして驚きに見開かれた目は黒い。実直な顔付きに似つかわしくない表情で、ああ。そうか、外目には一瞬で大人しくなったポニー達のせいか。
では、飼い主の一人か。多分、ギルと呼ばれていた岳人というのが彼だろう。
馬の首から慎重に鞭を外したハルトマンに二頭分の手綱を渡すと、自分はイリイチを見た。
彼はじっと立って静かに呼吸している。
「……だいじょうぶか?」
「……ああ。うん。多分」
琥珀色の瞳の主は、手を当てたまま囁くように言った。
昔、自分も蹴られた事があるから、その痛みが解る。幽霊同士だから<擦りつけ>を応用した<肩代わり>も出来なくはないが、今は生きている方を優先しないと間に合わない。
「後で見せてくれ」
「……わかった」
馬が小柄な男に気付いた。静かに前脚を掻く。
ハルトマンが男に手綱を渡すのを見届けてから、そっとその場を離れた。