61. 遅れて聞こえた金属音。
動物の行動描写があります。
苦手な方はスルーをお願いします。
枕元で膝をついたままのイーラに椅子を勧めた。
しっかりとした作りの割には意外と軽く、座面と背凭れの布の地模様は何かの動物が戯れる意匠で美しい。
洗面器に布をひたすと彼女は浅く腰掛け、ベッドの上の二神を見た。
「火の様、水の様。岳人と世捨て人というのは、ギルとイーシャのことですか?」
二神は顔を見合わせた。
火の神は肩をすくめたが、水の神はすまなさそうに唇を開いた。
『――すまぬ。連れて来るのが土のである故、誰かまではわからぬ』
イーラの青い目が伏せられ「そうですか」と紡がれた言葉は、ド派手な落下音で掻き消された。金属製の収納箱が荷崩れた音に似ていて、窓の外ーー庭から聞こえたように思えた。
しん、と部屋の中が静まり返る。カン、と遅れて聞こえた金属音に、自分は後発の予感がしてゾッとした。
庭へ走り出ようとして脚が利かずに膝が抜ける。無様に這い蹲って二神をギョッとさせたが、次の瞬間には嘶きと野太い叫び声が降って来た。
刹那。
とんでもない破砕音が響き、同時に悲鳴じみた怒声が上がった。
ハルトマンが「伯母上はここに」と言い置いて部屋を飛び出した。
一緒に駆け出そうとしたイリイチへ、咄嗟に『使うな』と思念を飛ばす。振り返った琥珀色の瞳の主は、銃のジェスチャーで納得したようだ。目顔で頷き、ハルトマンの後を追って行った。
「……イーラ」
自分は手足を動かして、どうにか身体を起こす。間を置かずに届いた断続的な破壊音と嘶きが壮絶で、パニクった馬が暴れて何かを蹴ったんじゃないかと思わせた。
「……なに?」
こたえる声が硬い。イーラと二神の視線は、カーテンに閉ざされた窓に向けられたままだ。
この騒動でも親子は眠ったままで、その状態に複雑な気持ちになった。
「……ひょっとして、ギルさんとイーシャさんは馬で町へ?」
人が駆け回る足音と怒号の他に、ガツンと何かが蹴り飛ばされる音が聞こえた。ガン、ゴロゴロゴロとけたたましい余韻から、金属の桶か何かか。おまけに家畜小屋に入れられているだろう羊の絶叫と、鶏達の物凄まじい鳴き声と羽音が屋内に居ても聴こえ、それが馬のパニックに拍車を掛けているのが察せられた。
ガード下も真っ青な騒音だ。
心配のあまりイーラは緊張している。
「……ええ。とても可愛がっている山岳馬で出かけたの。農耕馬より大人しい性格で……二頭とも普段はとても良い馬達なの」
彼女なりのフォローなんだろう。
それには曖昧に笑って、自分は内心で頭を抱えた。
馬 が 二 頭 ?
ため息が出そうだ。
立ち上がった自分を不思議そうに見た二神に告げる。
「ちょっと出て来ます。動物達を落ち着かせないと」
イーラはパッとこちらを見た。自信は無かったが、少し笑って見せた。
馬はムリでも小屋の動物達は何とかしてやりたい。
「……餌を少し下さーー」
尋常じゃない嘶きと大声が窓の外から聞こえた。
言葉を打ち切り、さっと窓へ向かい壁を透り抜ける。
自分は混乱の真っ只中に出た。
次話まで動物の行動描写が続きます。
また、パニックを起こした動物の苛烈さは素人がどうこう出来るレベルではありません。リアル遭遇した時は、くれぐれも近付かず安全な所まで待避して下さい。