6. 残念なヤツ
近くで見ると、また凄いな。
現場を前に改めて思った。
血溜まりは乾くどころか広がっていくし、咽るような熱量も半端ではない。
慣れているわけではないが、動揺していない自分に、遠い目になりそうだ。
え? ああ。臨死体験って、イロイロあるんだよ。
前ンときは調子に乗ってアチコチ彷徨ったら、見事にトラブって、大層難儀したっけ。
<河>に辿り着くまで時間がかかったから、もう死ぬのも面倒になって、こんな不届きな心構えじゃ「まだいけないなぁ」って思ったんだよ。
身体に戻ったとき、死にかけたアタマで「次に死ぬ時こそはフツーに平和にひっそり逝こう」と決めたのに。アホだろ?
自分でも思う。
ホント、なんか、もう、残念なヤツだ。
……しょうがない。開き直りでいこう。
さて、と。
子供は生きていたから触れなかったけれど、今度はどうかな、と。
ぐ、と手応えがあった。
よし。動かせそうだ。
そのまま死体を俯せから仰向かせて、見る。
無いな。
懐を探ることもせず、あっさりと次の死体に手をかけ、検分する。
この状態で便利なのは、知りたい事や欲しいものの場所を察知できるようになることだ。
ただ、フツーだったら干し草の山の中から針一本探すのだって一瞬なのだが、何故かココは手間がかかる。
見落としが無いように淡々と確認作業をこなし、ふ、と血に汚れた床に描かれた模様に気付いた。擦れて途切れているが、滑らかな曲線。禍々しいが規則的な文字の配列。
視線を上げて、地下室をぐるりと見回す。
松明の位置。その数と組まれ方。
壁に下げられたタペストリーの配置と描かれた紋様。
子供達から最も遠い箇所に、祭壇と思わしき物が組まれていた。今は打ち壊され、神器らしき道具も破損し、元の形がどうであったかは推測すらできない。
……。
……仕事で。似たようなものを、古文書で読んだことがあった。
神を乞う儀式について書かれていた。
<降臨>と記されていたが、現代日本で生きる自分にとって噴飯もののそれは、荒唐無稽な御伽話と違わない。気に入らないことに、儀式は幼子の生贄を必要としていた。
古文書をそっと閉じた後は、徹底的に無関心を貫いた。
鍵一つ探すのに手間取るはずだよ全く。
心配そうにこちらを見ていたイリイチと目が合う。
自分は一つ頷いて、作業に戻った。
イリイチが子供に触れられて、物に触れない事情が察せられた。
彼は幽霊というより、既に神霊に近い存在なのだ。だから、呪術的なこの場所では、自分よりも制約を受ける。
確認をしながら、暗澹たる気持ちになっていた。
不快な予感が的中するとは。
この状態を作り出したのは、間違いなくここで死んでいる男達だ。
降臨の儀式を執り行って失敗した。そして失敗の代償に屠られた。
それだけの話だ。
憤然としたまま次の死体に指が触れた瞬間、鍵があるのが直感で解った。ゴロリと動かし、ベルトに繋げられた鉄の鍵を見つけ、鎖ごと引き千切る。
松明の光で鍵を見て、何故イリイチが子供達を救出するより先に、枷を外したがったのかを理解した。
鍵にはタペストリーと同じ紋様が彫ってあった。
この細やかさなら、恐らく枷にも。
イリイチが救えなかったはずだ。
制限のある彼では、枷のある子供に触れられなかったのだ。手を拱いているしかない状況は察するに余り有る。
千切れて歪になった鎖を無感情に見やって床に落とした。手の中の鍵は冷たく堅い。
そこはかとない憤りを持て余して歩を進め、イリイチに鍵を見せた。
今の自分は、ホッとしたような顔をした彼と対照的な表情をしていると思った。