54. 子供の頃から。
パチパチと竈の火が爆ぜる音が、絶句に近い沈黙を、かろうじてやわらげてくれた。
気の毒そうな声で、再びハルトマンは呻く。
その声音に面白がる風情が無いのは、自分の回復に時間がかかることを知っているからだ。
『……ナナシノお前、突然どうした!?』
落ちる直前、肩から台へと飛び下りて事無きを得た火の神はオロオロしながら言った。
水の神とイーラも突然の事に驚いている気配がするが、自分はボケッと思った。
……いつものことです。
内心で返事しても痙攣する身体は動かない。イリイチのため息が聞こえた。
「ナナシノ。ちょっと触るぞ」
悪ぃ。頼むわ。
イリイチの両腕が自分の両脇にぐっと入れられ、そのままグイと引き上げられた。ビキリと攣り、身体が更に硬直する。息を詰めて激痛に耐えるが、音がしないのが不思議だった。
四肢が完全に動かない。ズルズルと引き摺られイスに座らされたが、治まらない痙攣に堪らず台に突っ伏した。勢いがついてゴンと額を打った。何気に痛い。
ビクつく咽を刺激しないように、そっと息を吐いた。
情けない姿を曝すのが二度目ともなると、落ち込むより先にリスクが気になる。
どんな作戦になるかわからないが、こんなんで大丈夫か?
「……部隊ちょ――」
「――ナナシノ殿」
遮るように、ハルトマンが呼んだ。なんとか首を捻って見る。視界の殆どは自分の腕だったが、僅かな隙間でハルトマンをとらえた。
「……いくつか訊きたい。ナナシノ殿のソレは生前からか?」
うん。まぁ、そう。コレのせいでフられた事もあったしな。
妙な姿勢のまま、くぐもった声で返事をした。
「……子供の頃から」
ぎゅっと握り締めた自分の手から台拭きを取ろうとしていたイリイチはピタリと止まりかけ、そのまま作業を続けた。
「さっき、ナナシノ殿は湯でカップを洗っていた。……熱くはないのか?」
あ。
見てたんだ。
「……五感を切り替えれば、感じないから」
ハルトマンの眉がひそめられる。
わかりやすい表情に、自分の方が戸惑った。
え。変なコト言ってないぞ。まだ。
イリイチのため息が聞こえた。
「……五感というのは、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚を指す感覚機能のことです」
補足説明ありがとうイリイチ。
水の神の困惑した声が聞こえた。
『それは……おかしくはないかの?』
腕で見えないが、全員の注意が水の神に向けられたのがわかった。
自分も謹聴する。
『五感を切り替えられるなら、何故ナナシノはそうなる?』