50. 冷めた目で葛藤する。
ガン、と音荒く踏み込み太刀に手をかけた火の神は、抜刀しなかった。
構えたまま、何かを逡巡するように自分を見据えている。普段だったら気圧されそうになる自分が冷めた目で葛藤する火の神を見た。
玄関では水の神相手にあっさりガチンコ勝負していたのに。
目を逸らさずに思った。
息を吐いて、表情を消す。
ふ、
と。
自分の中の風景の星が、瞬いたように思った。
遠い蒼穹へ光がのぼっていった光景が心に浮かんだ。
<河>に関する事は、できれば誰にも話したくなかったのに、言葉が勝手に零れ出た。
「九人です」
『何だと?』
火の神が眉をひそめた。
荒ぶる気配はそのままだが、それよりも唐突な言葉に戸惑ったようだ。
ハルトマンとイリイチは、さっと自分を見た。あの場を知る二人は、数の意味が解ったようだ。
「神殿の地下室で<禍神>の傷を負って死んだ人間は九人です。亡霊になって襲ってきたので、そのまま――」
自分は、<河>、と口にしたくなかった。
言葉を濁して話を続ける。
「ーーあの世の入り口まで連れて行きました。そうしたら、あっさり逝きました。見送ったので確かです。多分、<禍神>も連れて行けると思います」
ぽかん、とした空気が台所に漂った。
パチパチと竈の火が爆ぜた。
火を見ないと危ない。イリイチの手をポンポンと叩いて解放してもらった。掴まれた腕は痺れていた。
自分は焚口まで引き返して、火バサミで微調整してから、薪を足し、大鍋を見る。
白い湯気が温かそうだ。
手を洗って、準備されていたカップに熱々の白湯をいれて、全員の前に置いた。
ぼうっ、としたまま水の神が自身より大きいカップに口をつけ、火の神は黙ったままカップの縁に手をかけ顔を突っ込むように白湯を飲んだ。
イーラがカップを両手で包み込むように持ったところでハルトマンとイリイチもカップを手に取り、三人はほぼ同時に白湯を啜った。
しばらくしてビミョーな空気を破ったのは、イーラがぼんやりとカップを台に置く音だった。彼女は呆然としたふうに、その唇を開いた。
「つまり、……どういうことになるの?」
それを自分も知りたい。
そう思って冷めたカップに口をつけようとしたら、全員が自分を見ていた。
集まった視線で、自分の動きが止まった。
……。
……人が飲み食いする時に全員注目とか、ほんとヤメテ。