5. イリイチの頼み。
小さな子供が二人。
年齢は四歳から五歳くらいに見える。黒茶の髪と顔の造作が同じことから、双子だと思った。
肌色はイリイチと同じだが、随分と様子が違う。
壁に背を預け、手足を投げ出し、寄り添うというよりは互いに寄り掛かっている。眠っているのではなく、気を失っているようだ。
お揃いの貫頭衣を身につけ、複雑な織りの帯を横締めに結んでいる。
一人は靴で、もう一人は裸足。
裸足の子の手足に鉄枷がはめられているのを視認した瞬間、ゾワリと憤怒が湧き上がった。
イリイチはさっとこちらを見たが、今の自分がどんな貌をしているかなんて構っていられなかった。
枷を外せないか。
反射で思った。
子供の傍らに立つとイリイチは腕を放してくれた。頓着なく座り込み枷の造りを検分する。
今の自分は、身一つといっても裸ではない。
昼休みにコンビニに出かけた、そのままの姿だ。スーツにダッフルコート。眼鏡。
上着の内ポケットの手帳からクリップを取り出して一部針金にし、鍵穴を探ってみた。が、ダメだった。
クソ。南京錠はコレで開けられるんだけどな。
ポルターガイスト現象は概ね無敵だが、できないこともある。
子供に触れようとして、躊躇った。経験則で知っているからだ。
覚悟して手を伸べたが、案の定、指は子供を素通りした。
どうする。
子供達に死体を見せたくないから、できれば目を覚ます前に連れ出したい。だが、枷も気になる。
逡巡しているとイリイチが肩を引いた。何だ。この非常時に。
「枷を外せないかだろうか?」
は? 今の見ていなかったのか?
自分の表情を読み取って、イリイチは慎重に続ける。
「枷の鍵は死んだ連中の誰かが持っている。オレは物に触れないが、子供になら触れる」
よしきた。
イリイチへ、手に持っていた針金クリップを指で弾いた。次いで立ち上がる。
驚いた彼が慌てたのは一瞬で、さっと広げた掌にクリップはポトリと落ちた。
目を見張ったイリイチに口角を上げると、自分は死体の方へ向かった。
クリップという<質>があるから、今度はイリイチもついて来ない。
彼が自分の腕を放さなかったのは、逃げられたときに追いすがる手段が無かったからだ。自分が逃げても、イリイチの呼び出しを無視してしまえば、それで終わる。
だが、質があれば例え自分が<河>に引き返していても、呼び戻すことができる。
イリイチの視線を背に感じながら、死体の傍で立ち止まった。
松明の揺らめきの中、自分の影が落ちない現実と凝った闇の濃さに、夢のようだと思った。