49. 神は吠えた。
火の神はカッと自分を見た。
水の神とイーラは唖然とし、ハルトマンは黙っている。
イリイチが注視しているのを感じたが、まだ視線が弱かった。
『お前、……ナナシノ。俺の話を聞いた上で言ってンのか?』
苛烈な火の神の言葉に、半笑いの口角を上げる。
正念場だと思った。
「術、ありませんか。すみません。どっちにしろ諦めるの無理です」
そう告げた途端。
イリイチから儚げな気配が消えた。真っ直ぐな覇気を感じた。
間に合った。折られる前で良かった、と心底思った。
「呪いに乗じて封印するから、あの親子を見殺しにろということですが、……失敗するリスクは検討しましたか?」
チキリ、と太刀が鳴る。
火の神が鍔に指をかけていた。
『ナナシノ。それは「俺達では力不足」って言ってンのと同義だ』
火の神の言葉に、親指と薬指で眼鏡を押し上げた。
慎重になるどころか、とうに自分の目の下には皺が寄っている。神殿の地下室で拘束具を壁にブン投げた以上の凶悪な感情が胸中で渦巻いていた。
だが、そんな状態とは裏腹に自分の声は平淡だった。
「力量云々ではありません。けれど封印は、要するに<禁書>と同じヤツですよね? それなら余計にダメです」
止まらない言葉を、火の神は、しん、とした目で見据えたまま聞いている。自分が今どんな貌をしているかなんて想像も出来い。
薄氷を踏んだ時よりも危うい緊張は、突沸前の静けさに似ていた。
「そもそも……<神降ろし>を企てた連中は何者ですか? 親子を犠牲にして<禍神>を封印しても、連中が野放しのままなら無駄になりませんか? 何故なら」
不意に箍が外れた。
イリイチが咄嗟に立ち上がり自分の腕を掴んだのと。
自分の冷笑を真正面から見た火の神が絶句したのは、同時だった。
「厳重に封印された<禁書>を暴いた前例があるから、次はもっと簡単だ」
『テメェ!』
怒気も露に火の神は吠えた。