47. 諦めてくれるか。
その背中が心なしか硬い。
思わず眉をひそめたが、そのまま黙って焚口に座り、火種を移した。
道具を元の場所に置き、うっすらと表面を覆っていた灰を鞴で飛ばして炭火を熾す。ポッ、と小枝に火が点り、煙と炎を出しながら緩やかに燃え上がった。
細く上がっていた煙は外付けの煙突に吸い込まれ、薪の燃える音が台所に満ちた。
立ち上がって台の上で缶を覗き込んでいる二神を見た。やはり気配が硬い。
缶の中身は茶葉のようで水の神はチラと目を上げて頷いたが、すぐに顔を伏せて香りを確認している。
火の神が肩をすくめて、チョイチョイと自分を手招きした。
イーラと水の神から少し離れた位置に移動して、火の神は唇を開いた。
『……あの親子は厄介な事になっている。お前と、もう一人の……イリイチと言ったな。ソイツに話がある』
不安になった。
何かあったのか? 特に徴候は無かったと思うが、見落としたか。
道すがらの様子を初めから思い出して、――結局思い当たらず困惑する。
イリイチがハルトマンに連れられて来た。
予め何か聞いているのか、緊張していた。いよいよ疑問に思った。
ハルトマンは台所の入り口に立ち、イリイチは自分に近い火の神の前に立つ。
ひょい、と片手を上げた火の神はあっさりとイリイチに声をかけた。
『初めまして、ピョートル・イリイチ。ナナシノから呼び名は聞いた。俺は火のと呼ばれている。あっちは水のだ。よろしくな』
簡単に挨拶した後、火の神は太刀の柄頭に手を置き、しばらく下を向いた。
顔を上げて、イリイチを見た。
『実際に会うまで半信半疑だった。……お前、たった独りで<禍神>を抑えたンだな』
よくあの親子を守った、たいしたモンだよ、と口の中で呟いた言葉は無意識だろう。その目は何も映していない。
火の神はカシカシと耳の後ろを掻いた。
そしてポツリと言った。
『あの親子は、既に呪われている。諦めろ』
神の在所で視線だけで自分を縫い止めた、火の神の力強さは無かった。
自分の眉が上がった。
腹を据える。
自分は焚書を断った時と同じように構えた。
『……<禍神>に呪われて生き延びた人間は居ない。死ぬのは時間の問題だ。双子の無事を確認するまでと聞いていたが、……無理だ。諦めてくれるか』