45. 地味に痛い。
頷くと、すぐ側の出入り口へ自分の背中を押した。
入ったところは広いダイニングルームだった。暖炉に火が入っており、暖かい。木の燃える香りが懐かしかった。
奥まったところに台所と裏口への扉。この平屋は思った以上に広いのかも知れない。
二十人は座れそうな大きいテーブルをイーラと二人、迂回して台所へ入った。
ザワ、と肌が粟立つ。
自分の背中越しに、イーラが呪文を唱えた。壁の照明器具に光が灯る。
……。
……いきなり魔法はやめて欲しい。うあ、鳥肌たった。
オレンジ色に照らされた台所は、ちょっとした厨房を思わせる規模だ。
掌の二神は、中央に据えられた台にピョンと着地した。慣れているようで驚いた。
支度を手伝う為に、上着のボタンを外して裏返しに脱ぐ。
肩を仕舞い込みイスの上に置いて、ふと、風と土の神の言付けを思い出した。
「……イーラ、伝言が」
彼女は袖を捲っている手を止めて、自分を見た。
張り切っているようだが、貫頭衣の袖が、下の服と噛み合ってボタンを巻き込んでしまい、あまり上手くは捲れていない。
思わず嘆息した。
モコモコして、あれじゃそのうち鬱血してしまう。内出血が地味に痛いのを経験で知っていた。
シャツの袖を、アームガーターでたくし上げながら台を回り込んだ。
四苦八苦していたイーラの手首を取る。
グチャグチャの袖を真っ直ぐ伸ばしてから、ボタンを外し、そっと捲り上げる。
「……庭で会った精霊から。森人、幻、岳人、それに世捨て人を連れて、部隊長の話を聞きに来ると。要望は、<幻に驚かないで欲しい>と<岳人と世捨て人の酒を準備して欲しい>の二点でした。彼らが喜ぶそうです」
片方が終わって、もう片方の手首を手に取ったとき、真っ赤になったイーラと目があった。顔を上げると、自分以外の全員が自分を見ていた。
視線が地味に痛い。
……ひょっとして、しくじったか?