44. そっと開いた唇から。
イーラの気遣うような青い瞳が真っ直ぐ自分を見、ハルトマンの視線が注がれ、イリイチの目は厳しいまま。火の神と水の神は互いを牽制しながら、それとなく自分を見ている。
全員から目を逸らしてしまった。
……めっちゃイタい。
正直もうカンベンして欲しい。
掌の二神を見た。
火の神は両腕を振り回して否とジェスチャーしていたが、水の神は自分を見上げキッパリと頷いた。
自分は心の底から安堵した。
掌を差し上げる。
いつの間にか伏せていた顔を、やっとの思いで上げた。
「……庭で“精霊”に会いました。<神降ろし>について詳細を知りたいと」
水の神にぺちりと叩かれた火の神は、諦めたように肩をすくめた。
空気が緩んだ。
結界が解けた途端に、三人の表情が固まった。
火の神は「あーあ」という顔をして、あからさまにガッカリしている。唇を尖らせて、水の神を不服そうに見ていた。水の神はツンとして取り合わない。
ハルトマンとイーラはさっと互いを見た。イリイチは固まったまま二神を見ていた。
「……そういうことなら、先にこの親子を寝かせよう。イリイチ殿、奥に部屋がある。伯母上、後は頼みます」
ハルトマンはイリイチを見た。
ハッと我に返ったイリイチは一つ頷いて、ハルトマンの後を付いていく。
二人が奥に入っていくのを見送ってからイーラは振り返った。
掌の二神を愛おしそうに見つめ、フォーマルグローブに包まれた自分の手を取る。
正確には神々の乗った手を包み込んで、笑う。
失くしたものを見つけた表情だった。
神越しに、美しい瞳を見た。
イーラは心なしか涙ぐんでいて、そっと開いた唇から優しげな言葉が零れ出た。
「お久しぶりです。水の様、火の様」
……知り合いか。
二神が掌で騒動を巻き起こした理由が解った気がした。
水の神と火の神は、照れくさそうに笑った。
「息災であったか。イーラ。何十年振りかの?」
「お前、子供ン頃とあんま変わンねーな。イーラ。……元気そうで良かった」
ほぼ同時に話し出した二神だったが、イーラには通じたようだ。
彼女はふっくりと笑って、滲んだ涙を拭った。
「本当に、何て懐かしい。もうお会い出来ないと思っていたので、嬉しいです。さあ、お茶を淹れますから、こちらへ。……ナナシノ、支度を手伝って」
イーラは自分の上着の裾を引っ張った。