38. 神はちょっと笑った。
神の反応は『やはりダメか』とあっさりしたものだった。
だが、もにょもにょと動く手が諦めきれていない様子だ。
『ナナシノ、……そなた仲間内から「融通が利かない」とか言われぬか』
『……よく言われます』
神は複雑そうに、しばらく自分を見上げていたが、やおら目を逸らしてポツリと言った。
『そんなんじゃモテぬぞ』
ほっといてくれ。
心の中で、即座に突っ込んだ。
いくら神でもやめて欲しい。ヘコむから。
神は不意に、ここではないどこかを見た。形の良い唇からため息を吐き、――項垂れた。
あまりに鬱々とした様子に、何か言おうとした途端、
『水のー!』
自分は大音声と共に後ろから蹴り飛ばされた。
重心を前に移していたから、勢いがついて二度三度転がり、止まる。蹴られた背中と、神を庇って咄嗟についた手が痛い。
『火の……そなた今』
『水の、水の、聞いたか? 知ってるか? 俺さっき風のから聞いてビックリしたんだけど異界から<禍神>が来たって? <神降ろし>だって? どうする? もしかしなくても禁書が暴かれたんじゃねーか? ヤバくね?』
自分を蹴り飛ばした存在は、ふ、と跳ねるような気配を潜めた。
『水の、コレは何だ?』
“コレ”って。
俯せからどうにか座り直していると、神は蹴っ飛ばされた自分と闖入者を交互に見て、オロオロしていた。
神の前に立っていたのは、同じくらいの存在だった。
ただしこちらは勇壮な出で立ちだ。眉をひそめて自分を見ている。
『火の、その者はナナシノという異界の文殿の官吏じゃ。ナナシノ突然すまぬ、こ――』
『――はっ! すげぇな! 現存していたのにも驚いたが、お前、<本>に触れたのか! 年齢いかねぇで死んで残念だろうが、よく来た! 俺も水のと同じく人から精霊と呼ばれているが、仲間からは“火の”と呼ばれている。よろしくなナナシノ!』
水の神の紹介を遮って自己紹介をした火の神は、ぴょんぴょん跳ねて近寄ると自分の前に立った。
そして、射抜くような視線を向け、唇を開く。
『それはそれとして、<本>を始末してくれるなら、お前を生き返らせてやる。頼まれてくれるか?』
しん、とした瞳が自分を刺し貫き、思考の一切を縫い止めた。
自分は答えた。
『無理です』
『……そうか。悪かったな』
あっさりした声に驚くと、火の神の沈んだ瞳とかち合った。水の神と同様、諦めていない事を悟った。
火の神は嘆息すると、ふいっ、と顔を背けて唇を尖らせた。
拗ねた子供のような仕草だ。
『ところで、お前「要領悪ぃ」って仲間内から言われたこと無ぇ?』
『……よく言われます』
正直に答えると、火の神はちょっと笑った。
『お前モテないだろう』
……ほっといてくれ。