36. 神はいきなり落ち込んだ。
先程の森厳さはどこへやら。
軽やかな声音と砕けた口調で言葉をかけた神は、その場に膝を抱えて座り込んだ。カシカシと頭を掻く仕草が、子供のようだ。
畏まっている自分に、重ねて『楽に、楽に』と言ってパタパタと手を振った。
『少しばかり確認しておきたいだけじゃからの』
『……私に答えられる事なら、なんなりと』
つられてしまいそうになるが、どれだけ相好を崩そうが相手は神である。正座を解かず、礼を失しないように心掛ける。
神は『もう一人の方は後から本人を訪ねよう』と言い、自分から目を逸らして口を噤んだ。それから一呼吸おいて、そろそろと視線を持ち上げて、ようやく唇を開いた。
『ナナシノは……文殿や書庫の官吏であろう?』
予想していなかった確認内容に、きょとんとしてしまった。
文殿や書庫とは図書館を指し、官吏というのは職員の事になるが、わざわざ神から尋ねられる仕事ではない。
『はい。しばらく離れておりましたが、最近になって戻りました』
言い当てられ「さすが神」と思うより先に、ボケッと反応してしまった。
自分は内部告発した後事務方から古巣の部署に配置換えになった。
午前は館内配架、午後からは奥で稀少本を扱う予定で、フォーマルグローブを持っていたのは、その為だ。
だが、そう告げた途端、神から沈痛な表情をされた。
ぱっと立ち上がり、オロオロと右往左往しはじめたかと思えば、唐突に立ち止まって自分を見上げ、その小さな手が今度はもにょもにょと動きだす。
『あー……。そなた、病で死に掛けた事があったじゃろ?』
ゆるゆると不安が這い上がってきたが、自分は努めて平静に答えた。
『はい。風邪で。一週間ほど生死の境を彷徨いましたが、……それが何か?』
なんだろう?
残念なのは自分でも解っている。まさか神からダメ出しか。
突然、神から表情が抜け落ちた。
もにょもにょしていた手が、ぷらんと身体の脇に垂れ下がった。
黙ったまま、しおしおと両腕を持ち上げ、掌に顔を埋める。
ほどなくして両手でぱちんと頬を叩くと眦を決し
神はいきなり落ち込んだ。
『すまん。ソレ、我等のせい』
……。
は?