32. 知ったのは偶然。
残念な描写があります。苦手な方はスルーをお願いいたします。
「……お腹空いてないか? この時間、いつも何しているんだ?」
そっと訊ねた声音は思っていた以上に優しくて、一瞬、息が詰まった。
仲良く歩きながら双子は同時に答えた。
「ごはんかおふろ! おとうさんがいたら、みんなでおふろ!」
「そうか」とニッコリ笑えたのは、双子が寄せる信頼感への反射だった。おぞましさに鳥肌が立ったが、自分の返事に気を良くしたらしい子供達は次々と喋り始めた。
そしてそれは、聞いた全員が何かしらの感想を持つほど、そのままの意味で実に個性的な内容だった。
お父さんは忙しいけどご飯作りが好き、
だけどたまに岩塩と白胡椒を間違える、
ちょっと前に味見したお母さん大変だった、
お母さんはよく笑うしいつも一生懸命、
箱いっぱいのダンゴムシをプレゼントしたらビックリされた、
お父さんから虫じゃなくて別のにしなさいって言われた、
野いちごをプレゼントしたら割った中に虫がいてビックリした、
お父さん中を見ずに一個食べちゃったって泣いちゃった、
みんなで遊ぶのは鬼ごっこは良いけど隠れんぼはダメ、
引越しが多いから友達とお別れしてばかり、
木に登って採って食べる果物が好き、
本が好き、
お菓子も好き、
だけどお母さんのご飯はもっと好き、
この間みんなで釣りに行ったらお父さんが川に落ちて流されてお母さんからムチャクチャ怒られていたーー
道を歩くのに腹筋を酷使するものだとは予想しなかったのだろう。
先頭を行く人は手に持った明かりを時々震わせている。
ハルトマンの目には「……何をやっているんだ」というツッコミが浮かんでいた。自分がブン投げた時もあんなにわかり易くは無かった。
イーラは塩と胡椒の段階でリアルに想像したのか、吹き出してからずっとクスクス笑い続けている。あの感じだと、釣りの話は事件発生から説教まで一部始終を想像しているのじゃないだろうか。
そしてあれだけ母親を毛嫌いしていたイリイチも、イーラと笑いのツボが同じだったらしく「……塩」と呟いたっきり、あらぬ方を見てプルプル震えている。
……笑い過ぎだ。気持ちは解るが。
自分は夜の暗闇の中で稚い口調で矢継ぎ早に話される全部に微笑んで相づちを打っていた。
内実では、子供の口振り、態度、話の内容、指を握る手の強弱、全体の雰囲気を冷徹に見極め真偽を測る。
だから、自分の限界を知ったのは偶然だった。
双子との会話の中、笑まいと観察の裏側で、出し抜けに心臓が軋んだ。
自分の息が止まった。