29. どこのホストだ。
ハルトマンをほっといて、老女の側に赴く。パーソナルスペースを十分に開けた間合いで静かに片膝をついた。
……どこのホストだ。
和室だったら正座でいいのに。
畳じゃないから分らん。そもそもニガテなんだよ。慣れないこと。
一呼吸おいて慎重に口を開いた。
「……初めまして。我々は、元は人間ですが死亡しているので、亡霊というか幽霊という存在になります」
老女は穏やかな様子で口上を聞いてくれた。
目顔に促されて、そのまま名乗る。
「自分はナナシノ、双子の側にいるのが」
自分を指した手を、そっとイリイチへ向けた。
琥珀色の瞳が真っ直ぐに老女を見た。気負いの無い立ち姿は、どこか洗練されている。
「ピョートル・イリイチという呼び名です」
イリイチは目を伏せて会釈した。実直な動きに優美さがあった。
……さっきも思ったが、何気にスペック高いなイリイチ。後でコツをきこう。
自分は老女に向き直り、威圧的にならないよう注意を払った。
「こちらには数時間前に参りましたが、用が終われば直ぐに戻ります。それまでどうぞ、よろしくお願いします」
老女はふっくりと口唇を上げた。嬉しそうに。
居住まいを正し、やわらかく笑む。
「こちらこそ、初めまして。ご丁寧にありがとう。わたくしはエイレーネー。イーラと呼んで。貴方達とお知り合いになれて嬉しいわ」
イーラが手を差し出した。
微妙な距離を自分の方から詰める。目を伏せてそっとその手を取り、銀の指輪に触れるだけの口付けをした。
半呼吸おいて、滑らかに手が引き抜かれる。
自分は普通礼のまま元の位置まで下がり、一呼吸おいて静かに立ち上がった。
そして、振り返ってビクリとした。
ハルトマンと双子と、イリイチまでが目を丸くして驚いていた。
……待て。
そんな目で見るな。
特にイリイチ。お前にそんな顔されると、ガチでヘコむ。