28. 亡霊っぽくない。
さあ、と夜風が吹き込んだ。
焦げた臭いが散る。
澄んだ空気は良いが、ここは山に近く肌寒い。吐く息が白くないだけだ。
だいぶ動くようになった手でループを外し、ダッフルコートを脱ぐ。驚いたイリイチにコートを渡した。
「どの程度の防寒になるかわからないが、無いよりマシだ」
笑みで双子を指すと、伝わった。
パッと笑ったイリイチは、要領よくハルトマンごと双子にコートを被せる。子供達はくすぐったそうに笑った。
幽霊二人でホッとする。
こういうのは心底タイミングが重要だからな。
ふと見ると老女とハルトマンが呆気に取られていた。
老女はイリイチと自分と交互に見て、呟いた。
「……亡霊っぽくないわ」
……。
……亡霊って。
その言い方だと悪霊っぽくないか? それとも、ここではその言葉の方がスタンダードなのか?
ビミョーな気分になってイリイチを見たが、真顔で肩をすくめられただけだった。
ハルトマンを見たら、目を逸らされた。
……待て。
何故こっそり笑う。そういえばお前には脇腹ツンも含めて後で話がある。
チリ、と視線を感じて目を向ければ老女と目が合った。
下顎に手を添えて首を傾げる姿は、淑やかだ。
ぐっと詰まり、ため息が出そうになった。
そうだ。まだこの人に挨拶していない。どうしよう。さっきハルトマンが怒らせたばっかだから気まずい。
立ち上がろうとして、気付いたイリイチが手を貸してくれた。思っていたより力が戻っていてホッとする。
口角を上げて謝意を示した。
緊張するが、怒らせたのは自分達じゃないからな。開き直ろう。
真っ直ぐ立って、前開いていた上着のボタンを閉める。
ズレた眼鏡を親指と薬指で押し上げて、ポケットからフォーマルグローブを出してはめる。とりあえず体裁は整った。
イリイチと二人でハルトマンを見る。
ハルトマン。お前、紹介するか場を仕切れよ。
視線に意思を乗せたが気付かない。
いや、仄かに笑っているから、気付いていないフリか?
今度こそため息を吐きそうになった。