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27. 「……初めまして」

 母親は愕然とした様子で、穴が開くほど自分の顔を見ていた。あまりに真っ青な顔で凝視するものだから、眉をひそめてしまう。


 ……まぁ、幽霊なんて生きていく上でフツーに接点無いからな。ハッキリ言って不快だが、初対面で食い入るように見られても仕方ないっちゃあ仕方ない。

 あ。

失神した。


 ……。

 は? ちょっと待てクソ女。人のツラ見て失神とかマジふざけんな。


 糸が切れたように「落ちた」ものだから、取り押さえている男達が(あわ)てた。

老女が、度肝を抜かれた男共を蹴散らす勢いで割って入り、その細腕に母親を抱く。慎重に揺さぶって呼びかけているみたいだが、彼女が目覚める気配は無い。


 ……うあ。ホンキで腹立つ。いつ以来だこのムカつき。


 老女は(しばら)く頑張っていたが、やがて何かを(あきら)めたふうに溜め息を吐いた。

そっと母親を横たえ、そして、ゆっくりとこちらを振り返る。

 ゾワリと鳥肌が立った。


 ハンパない威圧感に、ハルトマンとイリイチと自分はビクリと(おのの)く。青い瞳に責められているような気がした。


 老女は姿勢を正した。


 何故だ。

小柄でたおやかな女性に見えるのに、逃げ出したいくらい怖いのは。


 第三者の自分ですらそうなのだから、見据えられたハルトマンには同情する。というか目線の先が自分でなくて良かった。

老女は厳しい表情のまま何かを話し、ハルトマンが憤然と何か言う。

ひとしきり遣り取りが続き、ハルトマンが何かを言った瞬間、


「いい加減にお止めなさい!」


 老女の大喝とともに、自分の聴覚(おと)が戻ってきた。

キー……ン、と耳に痛い残響が、精神と鼓膜を直撃した。


 か、雷より効いた。今の。


 そして、一喝され、顔を(しか)めたハルトマンは、ハンドサインを出した。

さっと部下が散る。子供を抱いた部下から片割れを受け取り、その部下も天幕の外に走り出た。天幕にはハルトマン、老女、母子、イリイチと自分だけになった。


 幕内に残されたオレンジ色の光の中で、両腕に双子を抱いたハルトマンが、地下室から子供達を連れ出したイリイチの姿とダブった。


 そっと息を吐く。

少し指を動かしてみた。握り締めていた柄から、手が離れる。

焦げた地面に落ちた剣が鳴った。金属的な音は小さかったが、よく聞こえた。


 痛む身体を起こそうとして、イリイチが手を貸してくれた。ゆっくりと動かされたが、腹筋が()りそうになり思わず呻く。

 どうにか座り込んで、注意深く深呼吸をした。


 顔を上げると、失神した母親以外の全員が自分を見ていた。

泣き止んだ双子の、海を思わせる綺麗な蒼い瞳が二対、真っ直ぐに自分に向けられていて、訳も無くザワつく。涙に濡れて傷ついている様子に()(たま)れなくなって、それとなしに目を逸らした。

 その途端、双子は泣き出しそうな顔になりーー自分はひどく狼狽(うろた)えた。


 ああ、マズい。

子供が泣くのはホントにダメなんだ。ああ、待て。待って、頼むから。


 何か喋ろうと強迫観念に襲われて、口を衝いて出た言葉は、情けないくらいオロオロした声での挨拶と懇願と謝罪と自己紹介だった。


「……初めまして。あの、……泣くな。泣かないで。こんな格好ですまない。ゴメンね。自分のことはナナシノと呼んで欲しい。幽霊だけど、ヨロシク」


 我ながら苦笑した。「ゴメンね」って十何年振りだ。

自分の苦笑いにつられたのか、双子もちょっと笑う。

(いとけな)い表情に、顔が(ほころ)んだ。

今度は少しマシに笑えた。

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