26. 騒々しい光景の中で。
閃光と衝撃と轟音の後。
は
と、息を吐けたのは小さな雷が消えたからだ。
ほとんど剣に縋りつくような姿勢でキツかった。なんとか指を柄から外して離れようとしても硬直が解けず、ちっとも動かない
自分が今どんな有様になっているのかなんて想像もできなかった。
咄嗟に踏み込んで、ああ。そうだ。イリイチは直撃と間接と、二度もコレを食らったのか。
よくキレなかったな。すげぇよイリイチ。
引き攣る四肢を伸ばそうとして、諦めた。
傾いだ自分に剣が耐えられず、その場に崩れ落ちた。
『ナナシノ!』
イリイチが吠えた。
煩い。感情の振り幅デケェよ。今しんどいンだ。思念でなくて言葉を使え。
戦慄く瞼を抉じ開けた。
天幕の中は惨憺たる有様だった。屋根は吹っ飛ばされているし、壁なんか骨組みごと焦げて布が垂れている。よく全焼にならなかったな。
視線を彷徨わせて、周囲の混乱に気付いた。
老女は厳しい顔で何かを指図し、保護されていた双子はそれぞれハルトマンと部下に抱きついて泣き、奔走している男達は厚手の毛布や棒で小火を消している。
すげぇ。完璧な初期消火だ。
母親は羽交い絞めにされて口を塞がれていた。三人がかりか。男相手に力負けしていないってマジか。すごいなクソ女。自分じゃムリだ。
瞬いて、ようやく気付いた。
この混乱が無音だったことに。
風邪で死にかけて以来の状態に驚いた。あの時は結構な騒ぎだったな。
焦げた地面に膝をつき顔を覗き込んだイリイチを、とりあえず安心させるために笑おうーーとして失敗した。
『ナナシノ無理するな。アレを食らったら、しばらく耳も身体も利かないんだ』
そうか。わかった。だから、そんな心配そうな顔すんなよ。
瞬きで返事の代わりにした。
イリイチは明らかにホッとした顔になった。
視界の中にハルトマンが入って来た。振り返ったイリイチが場所を譲る。
ハルトマンが真剣な表情で何か話しかけてきた。が、悪い。思念はともかく生身の声は今ちょっと解らない。
ところで、お前の後ろで母親が半狂乱になっているぞ。
その子とイリイチが近いのがマズイんじゃないのか?
塞がれた手を振り切って何かを叫んだ母親を、ハルトマンとイリイチは同時に振り返ってキッと睨んだ。
お前ら相当気が合うな。ホントに今日が初対面か?
羽交い絞めにしている男達が何かを言って、母親が激昂して、老女が間に入って、子供が泣いて、あああああ。何やってンだ。いい年齢した大人が揃いも揃って。
唇から空気が出た。
「……神じゃない」
脆弱な自分の声が。
騒々しい光景の中で、どんなふうに届いたのか無音の自分には判らない。
ただ、ピタリと母親の動きが止まった。
ハルトマンとイリイチ、それに老女が自分を見た。
「……イリイチは、アンタの言う<禍神>じゃない。力があって美人だが、フツーの人間だ」
即座に母親が何かを言った。
厳しい顔でどこかを睨みながら無音で話している。
……。
……えー、なんだ。解らん。スマン。しかもアンタ、声は聞こえているのに姿が見えていないのか。
どんだけホラーだ。心中察するよ。ホントに。
仕方がなかった。
こちらに気付いて欲しい時のやり方を応用する。
静かに見つめて、彼女が自分を<見る>のを待った。
さほど時間はかからなかった。燃えるような新緑の瞳とかち合った。
その目が驚きに見開かれる。
どの言葉を選ぶべきか迷ったが、見たままを話した方が良いと思った。
『……初めまして。こんな格好ですまない。イリイチと同じ元はフツーの人間で、つい数時間前に死んだばかりだ。ご覧の通り幽霊やっている。自分の事はナナシノと呼んで欲しい』