24. イリイチは慎重に吟味した。
ピクリと背中が動いたように思った。
低い声でイリイチが訊く。
「……被疑者は?」
自分は嘘が吐けない。
見たままを端的に喋った。
「逮捕されたよ」
歩き続けるイリイチの、謹聴を感じて言を継いだ。
「……イリイチのいう日本人なら、長いものに巻かれたフリして時機を待つ。そして誰も死なない方法を選ぶ。それが一般的だし効率的で効果的だ。ただ、そういう気長なヤツばかりじゃない。自分は短慮だ。だから殺された。本当に――」
自分が極端なんだ、と締めた言葉をイリイチは慎重に吟味しているようだった。
しばらく黙ったままだったが、やがてポツリと口を開いた。
「ナナシノが極端なのは……」
イリイチは立ち止まったハルトマンに気付いて話を止めた。
周囲には濃紺を纏った部下が棍から槍へ武器を換え、辺りを警護している。
粉塵が落ち着いた広場にはあちこちに明かりが灯されていた。暗闇は鬱蒼と影を落とす山だけだ。
振り返ったハルトマンは、オレンジ色の光が温かそうな円形天幕の出入り口に佇んでいた。通常は見張りが立っているものだが誰もいない。
子供を抱いていない方の手の人差し指を唇にあて、それから中を指差し、ゆっくりと瞬いた。青い瞳は何を考えているかわからない。ただ、何かを心配している事は伝わった。
そっとフェルトを持ち上げ、こちらを見る。
イリイチは一つ頷いて、ゲルを思わせるその天幕に自分をおぶったまま入った。
中は広かった。
骨組みも殆どゲルと変わらない。ふかふかのクッションに座った老女と母子がオレンジ色の光に照らされて、神殿にいた時より随分と安心しているように思えた。靴を履いた子供はクッションに埋もれてぐっすり眠っていた。
そして、外にいなかった見張りは中に居た。母親と老女、眠った子供の側に一人ずつ。全員が小太刀に似た長さの剣を佩刀している。
自分達の後からすぐに入って来たハルトマンに、老女がふっくりと笑った。
「……もういいの?」
「ええ。そちらは、大丈夫ですか?」
「ありがとう大丈夫」
オレンジ色の明かりが優しく仄かだ。
裸足の子を受け取ろうと立ち上がって一歩近寄った母親から、ハルトマンは一歩遠退いた。
顔を曇らせて、老女が問う。
「どうしたの? エアは――」
「伯母上。エアと偽名を名乗るこの方には、突入時の双子への雷撃呪文の使用説明と、何故この子が痣だらけであったのかの説明をしていただかないといけません」
老女が凍りついた。
部隊長の表情は硬い。
「我々は虐待の可能性を看過出来ないのです」