22. ソレは致命的だった。
驚く間もなく、身体が跳ね上がった。飛び退って距離をとったが、堪らず膝から崩れ落ちる。
その場に蹲ったまま振り返った。
地下室でブン投げた部隊長が片手で裸足の子供を抱き、もう片方の手を上げて立っていた。
どうやら、その手でツンしたらしい。
「っ! ……っ!!」
鳥肌が治まっていなかったから突かれた脇腹が硬直し、ビキビキと引き攣った。痙攣する半身を反対の手で抑えようとしたが、涙目だ。
確かに次は止めろと言ったが、お前がやっていいとは許可してないぞ部隊長。
つか、ホント、やめて。
目を丸くしているイリイチに、部隊長は上げた手だけで挨拶をし、次いで頭巾を取った。
銀の短髪が夜に鮮やかに光った。
自分より若く、イリイチより年が上に見えた。
部隊長は首を傾げ、薄い唇を開いた。
「さっきは華麗なる一本をどうも、ナナシノ殿。俺はハルトマン。とりあえず、ありがとう? 結果的に全員が助かった。ただ、突入前と撤退後に何があったのかを知りたいので、そちらの御仁と一緒に来てもらえると助かる」
滑らかに言い切った言葉は、命令と変わらない。
棒立ちだったイリイチは、一呼吸の後には厳しい顔になった。
ハルトマンとの間合いを確認すると、ぐっと唇を引き結ぶ。
そしてあっさりとすぐ側を通り抜けた。自分の傍まで来て片膝をつき、覗き込むために大きな身体を小さく屈めた。
「だいじょうぶか?」
気遣わしげに言葉をかけながら伸べようとした手を、はっと気付いて引っ込める。
……触らんでくれて、ありがとう。マジ助かる。
口角を上げて、謝意を示す。
それからビクついた咽喉をごまかす為に息を吐き、目を閉じて瞼を開けた。
傾いだ視界の中で、ハルトマンは待っていた。
ああ。クソ。マジか。幽霊から事情聴取て、正気か。
未だ痙攣する半身のベストから時計を取り出し、立ち上がる。
ごく普通に手を貸そうとしてくれたイリイチの掌に、手の中に隠した懐中時計を震える指で押し込める事が出来た。
外目には、やんわりと断った仕草に見える。イリイチは時計を隠し、取り繕う。
「……本当にだいじょうぶか?」
屈んで、そっと自分の耳に唇を寄せて状態を問うたイリイチに他意は無い。
が。
ソレは致命的だった。
耳に息を吹きかけられた自分は、べしゃりと崩れ落ちた。