21. 幽霊でも見たような顔。
『ナナシノ!』
必死な様子で呼んだイリイチの背後に立ってしまったが、仕方ない。
そのまま返事した。
「なんだ?」
『うおあ!』
飛び退って驚かれた。
そんな幽霊でも見たような顔すんなよ。イリイチ。
ズレた眼鏡を、親指と薬指で押し上げて尋ねた。
「だいじょうぶだったか?」
もうもうと立ち込める粉塵の中、真っ青な顔をしたイリイチを真正面から見て、周囲を見回した。
今いる場所は、扉の内側から見た公園のような広場だった。
振り返った神殿は自重で崩壊したような有様になっていた。
「……随分ハデに崩れたなぁ」
地下室での地鳴りを思い出し、ボケっと呟いた。
中からは解らなかったが、かなりデカイ建物だったんだな。
「ナナシノ、……どうやって」
はくはくと言葉を紡ぐイリイチのポケットを、自分は指差した。
イリイチの目が指を追う。
懐中時計の鎖が、頼りなく揺れていた。
「それ持ったイリイチが自分を呼んだからだよ」
イリイチの動きがピタリと止まる。
次に盛大なため息を吐いて、「……そうか」とだけ呟いた。鎖を引っ張って出した、振り子のように揺れる時計を眺め――ひょうっ、と投げて寄越した。
上に向けた自分の掌に時計が納まった。
イリイチは、ニッと笑った。
思わず笑い返しベストのポケットに時計をしまっていると、さあ、と風が吹いた。
粉塵が流れ、視界が晴れる。
風の先には、大きな空が迫っていた。
日本の夜空とも<河>の宇宙とも違う星空は、美しく瞬いていた。
イリイチは落ち着いた声で話し始めた。
「子供たちは無事だ。どうやって連れ出すか迷っていたら、地下室から出てきたコマンダーが掻っ攫うように避難してってくれてな。……アレは、アンタが?」
同じ空を仰いだイリイチに見えはしないだろうが、一度唇を引き結んでから口を開いた。
「<部位>はフツー出ないんだ。間に合って良かったよ」
視線を感じて振り向いた。
イリイチは真顔で自分を見ていた。
「何で神殿は崩れたんだ?」
……うおう。直球だな。自分だって推測だし、解っちゃいないんだが。
説明するのに逡巡した。
首の後ろに片手が伸びる。悩んだ時や困った時に出る自分の癖だ。
首を撫でて答えあぐねていると、背後から脇腹をツンされた。