17. 大丈夫。とは、簡単に言えない。
残酷な描写があります。苦手な方はスルーをお願いいたします。
何度も呼びかけ、大きく手を振るが、イリイチは凍りついたまま微動だにしない。部位を踏み留めているから、自分も動けない。
……仕方ない。
パタパタと叩くように服を探り、持ち物の中でどれが適当かを検討する。よし。
ベストのポケットから懐中時計を引っ張り出し、投げつけてみた。パン、と顔の前で腕を振るようにキャッチしたイリイチは、それで我に返ったようだ。良かった。
「なんで死体と魔法は平気なのに、部位がダメなんだよ」
呆れて問うと、イリイチは強張った顔のまま身体の硬直を解いた。時計の鎖が、所在無げにぶらぶら揺れている。
「部位? その手のことか? 何なんだそれ?」
「幽霊だよ。こんなもん生物でいてたまるか。下に行って見てくるから、あと頼む」
言いながら部位を階下へ蹴り飛ばし、次に這い上がってきた別の部位を蹴り落とす。
自分の容赦ない姿勢に、イリイチはドン引いた顔だ。
「……大丈夫なのか?」
「この母子に執着しているから、さっさとココから連れ出したほうがいい。近づいて来たら今みたいに蹴り飛ばせ。触れさせるな」
問いには答えず、対処方法だけ伝え階段を降りた。
部位はフツー出ない。
大丈夫。とは、簡単に言えない。要らん心配を、かけたくないし。
下っていくうちに、澱んだ臭いが強くなっているのが分った。
自分の側を行き交う男達に変化は無い。いろいろと運び込んでいるようだが、そのどれもが見たことの無い道具で何に使うのか見当もつかない。
途中まで這い上がっている部位をいくつも蹴り落とし、地下に踏み込むと持ち込まれた道具の一つが照明であるのが分った。
松明は消されていたが、バルーン型の投光機を思わせる全方向の明るさに目が眩みそうだ。
明るい地下室は、現場保存の為か出て行ったときと様子は違わない。
ただ、細部まで照らし出される惨状は物凄まじい勢いで行われたのを知らしめた。
子供たちを上に連れて行って良かった。
心底思って、ピタリと動きを止めた。
石の壁や床から、滲み出る水のように、むっとするような熱が満ちてきた。
この不快さは忘れようがない。
岩壁の向こう側にいたはずの濁流が、こちら側へ来ようとしている。
目の下に皺が寄ったのがわかった。
儀式は失敗したのに、半端に呼び出された「神」とやらは死んだ男達ばかりではなく、生贄の子供も欲しがっている。
拙いな。
「拙いな」
自分の考えと誰かの呟きが重なって、驚いた。