15. イリイチの日本人像。
イリイチから表情が消えた。感情を見せないまま、言葉を紡ぐ。
「知ってたのか」
気負いのない静かな声だった。
少し笑って、目を伏せて頷く。
「作曲家と同じ名か、と思ったよ。イリイチ」
ふと、途切れたざわめきが戻り、更に人の声が混ざった。
子供達が気付いたようだ。ほのかに緩んだ空気は、突入時の緊張感が嘘みたいに思える。
「……もう大丈夫そうだな」
我ながらホッとした声が出た。
ここは魔法が現存するような変な所だが、あの子らに危険はなさそうだ。
先に立ち上がって、手を貸す。イリイチは随分しっかりとした力で握り、滑らかに立った。
どちらともなく階段の方へ歩き出す。
伸びをしながら「今度こそ平穏に逝こう」と考えていたら、ぽかんとしたイリイチと目が合った。
「何だソレ?」
ダダ漏れだったらしい。
自分は苦笑って答えた。
「いや、前に死にかけた時に反省して。次に死ぬときはフツーに平和にひっそり逝こうと決めていたんだ」
「バカだろアンタ。何やってンだこんなところで」
即座に突っ込まれた。
お ま え に だ け は、 言われたくねぇよ。オヒトヨシ。
イラっとしたから、半笑いで返した。
「忠告痛み入る」
「キレんなよナナシノ」
イリイチは、なだめるように掌を向ける。
ふと、何かを思い出したように唐突にその手で人の脇腹をツンと突っついた。
自分は。
どっかに吹っ飛んでいくバネみたいに跳ね上がった。着地した場所から更に飛び退って、ーー怒鳴る。
「いいいいきなり何すんだ!」
噛んだ。
自分の反応に目を丸くした後、ニヤニヤしだしたイリイチは悪びれずに言った。
「いやぁ、ナナシノやっぱ日本人? ずっと前に、日本人って大震災でも冷静で我慢強いが、日常生活では困った時と喜怒哀楽の表情が半笑いの国民で脇腹や背中を突っつかれると飛び上がって驚く、って聞いててサ。一部は事実だろうけれども、都市伝説だと思っていたから、まさか全部ホントだったなんてオレ知らなかった」
黙れ小僧。
なんだその極端な日本人像ダレだよ知らねーよいつでも半笑いじゃねーよ大体その背中と脇腹ツンはいつの間に世界標準の噂になったんだつか検証するのにどうして被検体が自分なんだやるなら他の奴でやれというかそもそもーー
「ーー何でそんな楽しそうなんだよ!」
じりじりと退きながら全身の毛を逆立てて喚いたが、ゴツイ美形が満面の笑みを浮かべてにじり寄って来る姿に、嫌な予感しかしない。
柱にあたって退路は断たれた。
ビクリと戦き反射で振り仰いだ視線を慌てて戻す。目の前にイリイチがいた。
美人の笑顔が不吉過ぎる。
思わず吠えた。
「ちょ、寄るな!」
「まあまあまあ。そんな怒ンなよ、な?」とか言いながら、イリイチは逃げる自分の背中をツンした。